医療魔法の限界

 人体に魔法をかける医療魔法には医師としての知識が不可欠だ。宝石修復師が宝石の知識を必要とするように、身体の仕組みや構造を知っていなければ上手く魔法を作用させることが出来ない。


 それ故、星療協会に所属するには医師免許が必須とされていた。医薬学校は他の学校と比べると学費高い上に在籍期間も長い。それだけのコストをかけて卒業した医師がわざわざ奉仕活動に近い星療協会を就職先として選ぶことは極めて稀だった。

 普通の医師として診療所や大きな病院に勤めた方がずっと稼ぎが良いからである。


「貧しい人々を助けるなんて尊い仕事じゃないか。普通の医者を雇えないような、そんな人達の命を救っているんだろう? もっと自信を持ちな!」

「うん……」

「そんなんじゃご先祖様に顔向けできないよ!」


 ゲルタが強い口調でそう言うと、リチアはハッとして俯いた。


「あの、星療協会の医療魔法って皆様のご先祖様が作られた魔法なんですか?」


 リーシャが女性に尋ねると、ゲルタは誇らしげに頷いた。


「そうだよ。あたしたちのご先祖様が手元にある薬を最大限活用するために生み出した魔法さ」

「確か回復速度を速めたり薬の効果を増幅させる魔法でしたっけ」

「ああ。元々放浪の身分で裕福ではなかったから、限られた薬をいかに有効活用するか考えた結果、身体の回復能力を上げて薬の効果を高めるって方法に行きついたんだ」

「薬草を摘んで売ったりしていたのである程度薬学や医学に関する知識があったようで、自然回復出来ないような重い病気やケガは治せなくても軽い風邪や軽い怪我ならば医療魔法で治せたようです。

 お金が無いご先祖様にとって旅を続ける上でなくてはならない物……必然的に生み出された物だったのだと思います」

「画期的な魔法だとは思うけどね。でも、酷い病気やケガが治せないから普及はしなかったんだ。結局使うのにも医学や薬学の知識がいるし、風邪が治る程度の効果ならば市販の薬で十分だから」


 魔法や魔道具は「便利」でなければ普及しない。魔道具が広く使われるようになったのも、魔力を注ぐだけで誰でも魔法が使える利便性故だ。専門知識が必要となる魔法はそれだけで使い手が限られ、学ぼうとする者も少ない。


 リーシャが使う宝石修復魔法のように稼ぎの種になる物ならば新たに門戸を叩く者も居るが、ろくに稼げない、需要の少ない物を苦労して学ぼうという物好きな人間はごく僅かだ。


「医療魔法も一時期は期待されていたんだ。戦争や紛争、大きな事故が起きたりした時に、医療魔法があればすぐに人命救助出来るんじゃないかってね。

 でも駄目だった。ご先祖様方も医療魔法で必死に治そうとしたけれど、限界があったんだ」

「……魔法は万能ではない」


 ゲルタの話を黙って聞いていたリーシャはぽつりと呟いた。


「以前、オスカーに水魔法について話したことがあったでしょう」

「ああ」

「それと同じです。魔法は。欠けたものを作り出したり、無い物を生み出す事は出来ない」

「そういうことだね」

「……?」


 要領を得ていないような顔をしているオスカーにゲルタは語り掛ける。


「腰に剣を下げているのを見ると、あんた騎士か何かだろう。でもそうか、ここ最近戦争なんて滅多に起きなくなったからねぇ」

「帝国と冠の国位だろうか」

「あんなの戦争には入らないよ。ともかく、昔の戦争っていうのは沢山人が死んだんだ。でも、死人以上にけが人が多く出た。体のどこかしらを失くしてしまった、死んだ方がマシだったんじゃないかと思えるような連中がね」

「……!」

「医療魔法に一番期待されていたのは、そういう連中を治す事だったんだよ」

「……無から有を生み出す事はできない、か」


 失われた物――つまり、欠損した手足や臓器を再生する事は出来ない。だが、それこそが人々が医療魔法に一番望んだ物だった。


「人体構造は複雑ですから、再生や修復は難しいでしょうね。修復するにしても材料を揃えるのは不可能ですし」


 宝石修復の理屈と同じだ。修復するためには知識が必要だ。人体を修復するとしたら、人体の全て、下手をしたら細胞の一つ一つまで知っていなければならない。それに、知識はどうにかなったとしても修復には素材が必要だ。


「その場合の素材とは……」

「欠損した箇所と同じ物。つまり、人間の一部です。適合性を考えると本人の物、もしくは血縁者の物であることが望ましいでしょうね」

「倫理に反している」


 オスカーは口元を覆った。


(でも、そう考えたら不可能はなさそうだ)


 リーシャは直感的そう感じた。難易度は極めて高いだろうが、不可能ではない。やっている事は宝石修復と同じだ。欠けている部分に足してやればいい。

 素材を手に入れるのだって、やりようは幾らでもある。


「もしも素材があれば……欠損を治す事も可能という事ですか?」


 強張った表情のリチアは恐る恐るリーシャに尋ねた。


「……現実的に考えれば無理でしょう」


 少し考えてからリーシャは答えた。


「人体を完璧に再現出来るような知識を人が持ち得るとは思えません。断面と断面を貼り合わせるだけでも、細胞一つ一つの繋がりを理解し、再現しなければならないんです。

 人の臓器や部位を患者個人に合わせて細胞一つ残さず完璧にイメージし、再現する。そんな事が出来ると思いますか?」

「……そうですよね」


 リチアは安堵したようだ。


「もしもそんな事が可能になってしまったら、恐ろしい事が起こるんじゃないかと思って……」

「人の手足を生やせるなんて神の所業だよ。あたしらには医療魔法が使える位で丁度良いのさ」


 ゲルタの「神の所業」という言葉にオスカーはごくりと唾を飲んだ。

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