隕石の加工場

 翌日、リーシャとオスカーは食堂で朝食を取ったあとリチアが待つ星療協会の支部へ向かった。昨晩リチアに聞いた隕石の加工場を見せてもらうためだ。


「おはようございます! 昨晩は晴れていたので星も綺麗に見れたでしょう?」

「え、ええ。凄く綺麗で感動しました」

「……?」


 支部の入口で合流したリチアはどことなくぎこちないリーシャの表情に不思議そうな顔をする。


「今日は隕石の加工場を見せて頂けるんですよね?」


 話題を変えようとしたリーシャはすかさずリチアに今日の目的を確認する。


「はい。この支部の中に加工場があるのでそちらを見学して頂く予定です。隕石の在庫が無い日には作業をしないのですが、丁度最近仕入れがあったようで良かったです」

「仕入れというと?」

「いくら隕石が落ちやすい場所と言えど、年がら年中落下してくる訳ではありませんから。大体は他所からの輸入品なんです」

「なるほど」


 コミュニティは隕石が良く落ちる場所に作られている。とはいえ、良く落ちると言っても年に一、二度コミュニティのある平原に落ちる程度だ。同じ土地に何度も落ちるのが珍しいだけで、鉱山のように大量に採取できる訳ではない。

 その為、普段は鉱物商から買い取ったり別の場所に堕ちた隕石を譲って貰ったりしているのだという。


「では、こちらへどうぞ」


 協会の支部がある石造りの建物に入るとまず受付がある。その後ろに事務所があり、受付の右手に加工場として使われている小さな小部屋、左手に面談室がある。

 都市部のギルドと比べると随分と簡素な平屋作りだ。


「失礼します。お客様をお連れしました」


 ルチアが加工場の扉をノックすると中から返事が聞こえた。


「いらっしゃい。小さい作業場だけど見て行ってね」

「お邪魔します」


 加工場の中には中年の女性が二人、それぞれ作業台で作業をしていた。部屋の中には隕石をスライスするための切断機とブローチを作るための作業机が置いてある。丁度隕石をスライスし終えた所らしく、切断した隕石をブローチに加工している所だった。


「こんな作業を見てもつまらないでしょう?」


 切断機の掃除をしている女性――エリデが隕石の粉を履き出しながら言う。


「いえ、とても興味深く拝見させて頂いています。隕石を加工するなんて珍しいなと思いまして」

「そうよね。今時隕石なんて……ねぇ」

「今時?」


 エリデの言葉にオスカーは疑問を持ったようだ。


「まるで流行り廃りがあるような言い方だが」

「隕石はから人気が無いのよ」

「魔法を寄せる……?」

「ほら、魔道具は宝石に魔法を纏わせて作る物でしょう? 何故だか分からないけれど、隕石は魔法を寄せ付けないの」

「今は蒐集物コレクションとしてというより魔道具に使う核としての価値が重視されがちですからね。魔道具に使えない隕石はどうしても価値が低く見られがちなんです」

「私達としては安く手に入るから良いんだけどね」


 もしも隕石が魔法に親和性がある物質だったらタダ同然で譲って貰うことなど不可能だろう。経営が厳しい星療協会にとっては有難い事なのだとエリデは笑った。


「だから私も仕事で扱う機会がなくて、隕石を間近で見るのは久しぶりなんです」

「そうだったのか」

「あら、お嬢さんはなんのお仕事をされているの?」


(しまった)


 つい仕事の事を口にしてしまった。面倒事に巻き込まれるのが嫌で道すがら知り合った人には身分を明かさないようにしていたのだが、気が緩んでいた。


「えっと……実は宝石修復師をしています」

「まぁ! お若いのに立派なお仕事をされているのね!」

「リーシャさん、宝石修復師さんだったんですか?」

「……はい。隠していてすみません」

「いえ! 私も自分から尋ねなかったので気にしないで下さい。色々と事情もあるでしょうし」

「ありがとうございます」


 自分から名乗らなかったという事は何か事情があるのだと、それ以上リチアが宝石修復師の話題に触れる事はなかった。旅をしていれば様々な人に出会う。皆理由や事情があって旅をしているのだ。それを詮索するのは野暮だとリチアは良く知っていた。


「こちらではブローチの製作をしているんですよ」


 リチアは作業机に向かって作業をしている女性――ゲルタの近くへ行くとリーシャとオスカーに向けて手招きをする。


「ふふ、そんなに大した事はしていないけどねぇ」


 ゲルタは眼鏡を指でくいと上げると彫刻台に固定されているブローチの土台にスライス加工された隕石を嵌めた。


「隕石のスライス片は一つ一つ大きさも形も違うからそれに合わせて一個ずつブローチの土台を作るんだ。それが手間と言えば手間かね」


 星の形をしたブローチの土台は石の形に合わせて一つずつ手作りしているらしい。量産出来ないので全て手作業で行っているようだ。


「この星の意匠、素敵ですよね」

「星療協会が出来た時から使われているデザインでね。複雑な形じゃないから慣れれば作るのも簡単なのさ。新しい人間が増えるのも年に数回だから、この作業はあたし一人で事足りちまうのさ」


 ゲルタはブローチの土台についている爪を小さな金槌でゆっくり叩いて寝かせる。四辺にある爪が全て倒れると隕石のスライス片が固定される仕組みだ。


「こうして新しい物を作っているという事は、新人が入ったのか?」

「はい。アルバルテの医薬学校に通っていた子が帰って来たんです。協会員になるには医師免許が必要ですから、大抵皆町の医薬学校に通っていて、それを収めてから協会へ登録に来る形ですね」

「それは大変だな」

「そうなんですよ。学費も安くはありませんから……。彼らは普通のお医者さんにならずに医療魔法の道を選んでくれる貴重な存在なんです」

「普通の医者か……」

「正直、普通のお医者さんをしていた方が稼ぎはずっと良いですから。星療協会は貧しい地域へ派遣される上に旅費もほぼ自分持ちでしょう? お給料も雀の涙だし、選ぶメリットが無いと言いますか……」

「こらリチア、そんなことをお客様に言うんじゃないよ!」

「ご、ごめんなさい……」


 ゲルタが作業の手を止めてリチアを叱る。ほぼ無償労働、奉仕活動に近い星療協会は長年人手不足に悩まされていた。

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