翡翠の加工と魔法の欠点
「オスカーに渡した指輪は『くりぬき指輪』と言って、スライスした翡翠の板から切り出して作られた物なんですよ。
簡単そうに聞こえるかもしれませが、翡翠は硬い上に粘りがあるので加工するのが大変なんです。その指輪一本作るのにも膨大な時間と手間がかかっているんですよ」
「全て手作業で作っているのか」
「ええ。魔法を使えば一瞬で形は変わりますが、それと同時に価値も変わってしまいますからね」
「何故だ?」
「それはですね、魔法の仕様上そうなってしまうのです」
リーシャは収納鞄から模様の入ったガラス玉を取り出した。
「修復魔法がどんな魔法か覚えていますか?」
「確か、石の破損個所に魔法で修復素材となる石を流し込む……だったか」
「そんな感じです。実際には修復する石と同じ種類の石を魔法で分解し、修復箇所に流し込んで再構築する。そんな作業を行っているんです」
「修復素材が光の粒になって消えるのは分解しているからなのか」
「ええ。流し込んだら接着面を溶かし一体化させればどこが壊れていかのか分からなくなります。勿論、この技術を使って『アクセサリー』を作る事は可能です」
リーシャは手に持ったガラス玉に修復魔法をかけ、小さなリングを作って見せた。ガラス玉が光の粒になって解けたかと思うと、あっという間にリング状になり指輪が現れる。その光景を目にすると、翡翠の指輪を作るのも容易い事のように思えるが……。
「ですが、これには一つ問題がありまして」
「特に問題があるようには見えないが……」
掌の上で完成した指輪を滑らせる。真円で幅も均等、特徴的なガラスの模様もそのままだ。
「修復作業をする時にお客様に『完全に元に戻る訳ではない』と説明することがあるでしょう? 物の形状を変化させる魔法の特徴でもあるのですが、一度分解してしまうと元の組成をそのままそっくり再現する事が出来ないんです。
例えば中に含まれていた内包物や表面の模様を同じ配置で再構成する事が出来ない。ぱっと見て表面上は分解する前と同じように見えても、細かい模様は変わってしまうし内包物の配置も変わってしまう。特に透明石で内包物や模様に価値がある石だった場合、それだと魔法を使う意味がないんです」
「なるほど。手作業の方が価値を損なわずに加工出来るのか」
「はい。一般的に魔法を通して作られた石は手を加えていない天然物よりも価値が低いとされています。『魔工宝石』として区別されているのもその為です」
「そうだったのか」
端材や削り粉を魔法で再構築して作る人工宝石は「魔工宝石」と呼ばれて工業製品などに多く使われている。魔法によって精錬された魔工宝石は天然物よりも不純物が少なく美しいが、ジュエリーやコレクションとしてはあまり好まれない風潮がある。
人々が何に価値を感じるのか。それは時代や国、文化によって異なるが、「自然が作り出した芸術品」という点に魅力を感じる者は多い。
天然物で傷が無く、色が濃く、透明度が高い物はなかなか採れないが、その希少価値こそが人々を惹きつけるのだ。
故に、高い石や思い出深い石程その希少価値を駄目にしてしまう魔法での加工を避ける傾向があった。
「魔道具や魔法が発達して暫く立ちますが、天然石の加工はまだまだ手作業が主流でしょうね。翡翠に関しても同じです。自分で拾った石が全く違う模様になってしまったら嫌でしょう」
「……そうだな」
確かに苦労して拾った石が違う模様の指輪になって帰ってきたらがっかりするだろう。翡翠愛好家の中には自らの手で加工をする強者もいるが、ほとんどは石細工の職人に加工を依頼するのだという。
「では、リーシャへ贈る指輪もどこかで翡翠を調達して職人に依頼を出す形が良いのだろうか」
「それが良いでしょうね。選ぶときは私もついていきますね。結構紛らわしい石が多いので」
「そうなのか?」
「初心者を騙そうとする悪い大人もいますから」
最近は大きな産出国である大陸中央の国々で翡翠が採れる量が減ってきている為、偽物や類似石を「翡翠」だと言って売りつける悪徳商人も増えてきているそうだ。
「昔依頼を受けた方の中にも偽物を『本物だ』と言って買わされた方がいらっしゃいました。その方は有名な蒐集家だったのですが、知識があって目が慣れていても見抜くのが難しいような石もあるのです」
「恐ろしい……」
愛好家すら見抜けないような物をオスカーが判別できる訳がない。
「なので、買いに行く時は声を掛けて下さい。ある程度目利きには自信があるので。加工もおすすめの職人さんを紹介しますよ」
「ありがとう。心強いよ」
本来ならば、リーシャに隠れてこっそりと指輪を用意して洒落た店の一つでも予約するのが良いのだろう。
(だが、リーシャはそれを『良し』としないだろう)
その道のプロ相手に『サプライズ』は分が悪すぎる。仮に偽物を掴まされたら? 適正価格だって分からない。加工の工賃やどの職人に頼めばいいのかも知らない。
自分の力でなんとかしようと思えば出来なくはないだろうが、最も良い方法を知っている相手が居るのならば頼るのが一番だ。
「二人で身に着ける物ですし、二人で選ぶのも悪くは無いのでは?」
余程複雑そうな表情をしていたのか、オスカーの内心を察したリーシャがフォローをする。
「……そうだな」
(イオニアでは……どうだったか)
「結婚」という物を意識したことが無いと言えば嘘になるが、今まで武芸一辺倒だったオスカーにとって「指輪」は最も縁のない物だった。
イオニアの男は装飾品を身に着けない。唯一身に着けるのが妻帯者の証である「指輪」であり、まだ国が出来る前に遊牧民をしていた頃の古い習わしの名残だった。
昔は妻を娶るのが「一人前の男」の証であり、妻や子を養う財力や地位を持つ証として指輪を嵌めていた。今は一般市民も自由に結婚をすることが出来るが、そうでない時代もあったのだ。
(確か、指輪は男の家が用意して嫁いできた妻に渡す物だったような)
兄であるジルベールの妻はイオニアの生まれだが、指輪を持参してはいなかった気がする。婚姻の儀式の際にジルベールが用意した指輪を嵌めていた。それも「女が男の家に入る」という古い習慣の名残だ。
だからこそ、リーシャが言う「二人で選ぶ」という言葉がとても新鮮に感じたのだ。
「不思議な物だ。私が指輪を付けているとは」
自分には一生縁がない物だと思っていたそれが嵌った指を撫でる。
「私がオスカーを拾ったお陰ですね」
自慢げに言うリーシャに「その通りだな」とオスカーは笑った。
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読んで頂きありがとうございます。6章は書きあがり次第投稿致しますので今しばらくお待ちくださいませ。
また、当作品はカクヨムコン参加作品です。お気に召しましたら星やブックマーク、♡や感想などで応援頂けますと大変嬉しいです。
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