依頼と契約

「オスカーの依頼としてなら受けます」

「……」


 突拍子もない言葉にオスカーは暫しの間沈黙する。


「私には拒否権が無いのですから『対価』位は要求しても良いですよね?」

「……まぁ、それもそうだな」


 オスカーには返す言葉が無かった。今回の件に関しては完全にリーシャを巻き込む形になってしまった。フロリア公国へ立ち寄りたいと提案した手前、リーシャの要求を突っぱねる理由が無い。


「依頼料は?」

「金貨100枚です」

「100か……」


 結構な大金だ。普段受けているの相場は金貨40枚前後で、指名ではない単発依頼ならばもっと安い、せいぜい多くても金貨20枚程度だ。

 そのうち組合に持って行かれるのが3割、残った7割のうち2割分がオスカーの手元に渡る。貯蓄もあるので護衛の仕事で得た給金で支払えない訳ではないが、ぽんと払える額でもない。


(だが、一国の王子の婚約者という重責を負わせるには安すぎる)


 己の目をまっすぐ見据えるリーシャの瞳から目を反らさずにオスカーは頷いた。


「分かった。だが、100ではなく200でどうだろうか。本当はもっと払うべきなのだろうが、今俺自身が用意出来る金はそれが限界なのだ」

「……分かりました。では契約書を交わしましょう」


 横に置いていた収納鞄からなんてことは無い紙を取り出し筆を執る。いつもは依頼書と言う形で組合から受け取る契約書をリーシャはその場で仕立て上げた。仕事内容と金額を確認してそれぞれ署名をする。依頼料は仕事を終え次第支払う事とした。

 金額の書かれた依頼料を満足げに眺めるリーシャにオスカーは複雑そうな表情を見せる。


(リーシャはこれで良いのか?)


 例え「ふり」であってもリーシャが婚約者となってくれるのは正直嬉しい。だが、「こんな形」でと言うのはオスカーの本意では無かった。


(母上はリーシャを手放したくないのだろうが、もう少し俺を信用してくれても良かったのではないか)


 そんな考えが頭を過る。母である王妃はリーシャを相当気に入っていた。父親である王もリーシャを気に入っていたが、それ以上である。だからオスカーからリーシャが離れて行かないように外堀を埋めにかかったのだ。その気持ちは分かる。

 だが、もう少し時間をかけて、こういう無理矢理な形ではなく自らの言葉でリーシャに伝えたかったのだ。


「そういえば、昨日大公妃様にお城の保管庫へ連れて行って頂きまして」


 契約書を収納鞄へしまったリーシャは煩悶とするオスカーに別の話題を切り出した。


「『蒐集物』が一つ見つかったんです」

「おお、それは良かったな」

「はい。少し思い入れのある石だったので嬉しくて。将来的には髪飾りにするらしいので、大公妃様へそのままお預けしてきました」

「ん? リーシャはそれで良いのか?」

「ええ。大公妃様からこの国の『風習』について伺いました。母から娘へ贈られる髪飾り……そんな素敵な物に使われるならば、一生を棚の中で過ごすよりも石にとっては本望だろうと思ったのです」


 リーシャにとって祖母の「蒐集物」は何よりも大切な物だ。それは「冠の国」で「鳩の血」を取り返そうとした時に良く分かった。そんなにも大事な物を「石にとってはその方が良いから」と簡単に手放してしまう。


(リーシャは本当に宝石が……『石』が好きなのだな)


 単なる物として扱うのではなく、「石」一つ一つと向き合い「石」にとってより良い選択をする。石と人との繋がりを大切にする、そんなリーシャの考え方をオスカーは尊重し、大事にしたいと思った。


「リーシャ様、失礼致します」


 話がひと段落ついたのを見計らってか、侍女が「歓迎会」の打ち合わせをしにやってきた。身に着けるドレスや宝飾品についての相談だ。


「身に着けたい装身具等があればそれに合わせたドレスをご用意する事も可能ですが」

「装身具ですか」


 侍女の提案にリーシャは手持ちの宝飾品を思い浮かべる。夜会の為に作った宝飾品は様々あるが、この場に相応しい装身具は限られる。まず、大公妃並びに大公女と被らない色であること。彼女たちの紋章に使われている花のモチーフや色を使ってはいけない。


 そして地味な宝飾品を避けること。オスカーの顔を立てるならばそれに相応しい衣装を身に纏うべきだ。オスカーの婚約者たる装いに相応しく、「フロリア公国での夜会」で身に着けるべきものと言えば……。


 リーシャは収納鞄から二つの木箱を取り出した。一つはオスカーの母であるローザから貰った薔薇を象った血赤珊瑚と真珠のかんざし、もう一つはヴィクトール・ウィナーから贈られたラベンダー翡翠のかんざしだ。


「あら? このかんざし……」


 二つのかんざしを見た侍女は驚いたような顔をする。


「このかんざしについてご存知なのですか?」

「こちらの赤いかんざしはローザ様が作られた物ですよね。こちらの紫色のかんざしは……もしかしてラベンダー様の物でしょうか?」


 侍女の返答にリーシャとオスカーは顔を見合わせた。ラベンダー。それがヴィクトール・ウィナーの母親の名なのだろうか。


「分かりません。実は、こちらの紫色のかんざしは『偉大なる帝国』のウィナー帝に頂いた物なのです」

「まぁ! そうだったのですね。でも、どうして『偉大なる帝国』の皇帝陛下がラベンダー様のかんざしを?」

「そのラベンダー様と言うのは?」

「大公妃殿下のお母上、先代大公妃下の従妹のご息女です」


 大公妃の母、即ちオスカーの母ローザの母である先代大公妃の従妹の娘。オスカーにとっては祖母の従妹の娘という遠い親戚に当たる人物だ。


「私も指折るほどしかお目にかかったことはございませんが、そのかんざしはそのように見えます」

「そうですか」


 やはりヴィクトールはオスカーの血縁者なのかもしれない。


「そういえば、招待客リストの中に皇帝陛下のお名前があったような……」

「え?」

「少々お待ちください。リストをお持ち致しますね」


 侍女はパーティーの招待客リストを取りに駆けて行く。


「どういうことでしょう。このタイミングでパーティーに参加してくるだなんて」


 リーシャは首を傾げた。


「形だけの戦争とはいえ、戦後処理で忙しい時期なのでは? そんな時に異国の、しかもただの『歓迎パーティー』に足を運ぶなんておかしいとは思いませんか?」

「それもそうだが、そもそも伯母上はヴィクトールと面識があったのか? 周辺諸国というには少し離れているし、知り合いでもなければ招待状など送らない立地だぞ」

「……確かにそうですね」


 フロリア公国と偉大なる帝国は隣国と言うには遠い場所に位置している。オスカーの話によると大公妃が招待状を送ったのは普段から親交のある周辺各国のみらしい。となると、一体どうやって強運皇帝はパーティーへの参加券を得たのだろうか。


「お待たせ致しました! こちらです」


 駆け戻ってきた侍女はテーブルの上に招待客リストを広げるとある一点を指さす。そこには確かに「ヴィクトール・ウィナー」の名があった。


「皇帝陛下が参加するというのは本当のようですね」

「……」


 オスカーはおもむろに嫌そうな顔をした。何せ、リーシャに「求婚」をした男だ。今回の目当てもリーシャに違いない。そんな余計な事まで考えてしまう。


「これは一度、大公妃様に事情を伺った方が良さそうですね」


 今回のパーティーを仕切っているのは大公妃だ。リーシャは侍女に大公妃へ取り次いで貰えるよう頼んだ。

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