背中の温もり

 王は二人を自分の元へ呼び寄せるとオスカーに告げた。


「オスカー、良い機会だ。リーシャ殿と一緒に諸国を回り魔道具と魔法について勉強をしてくると良い」

「……ち、父上?」


 突然の通告に動揺するオスカーを尻目にリーシャは平然とした顔をしている。王は慌てふためいている息子とは対照的に「肝が据わった女性だ」と心の中で密かに感心した。


「これからは我が国も周辺諸国に遅れを取らぬように魔道具を積極的に取り入れていこうと思っている。だが、それにはあまりにも知識と技術が足りないのだ。

 今回のような事態を避ける為にも『先導者』となる者が必要だ。お前にはその役目を担って欲しいと思っている」

「しかし、リーシャに迷惑を掛ける訳にはいきません。我が国の事情に巻き込むことになります」

「そのことについては……リーシャ殿、ひとつ『依頼』という形で受けては頂けないだろうか。オスカーは剣の腕も立つ。護衛としても少しは役に立つと思うのだが」

「『依頼』ですか……」


 突然の提案にリーシャは少し迷うような素振りを見せた。王はそれを「脈あり」と捉えたのかこっそりと耳打ちをする。


「勿論、礼は弾ませて貰おう。リーシャ殿への礼の他に依頼期間中はオスカーの『生活費』も支給するつもりだ」

「依頼期間中とは……再びこの国に帰って来るまでの期間を指すのでしょうか」

「その通りだ。定期的に組合を通して支給しよう。如何かな?」


 そう言って王はニヤリと笑う。つまりはオスカーを連れて行けば「リーシャの旅が終わるまでの資金援助をしよう」と申し出ているのだ。そうともなれば断る理由なん

てない。


「分かりました。お受けします」

「良かった。オスカーを頼む」


 隠しているつもりだろうが嬉しさが滲み出ているような表情を浮かべている息子を見て王妃がほっとしたような表情を浮かべた。リーシャは魔法の腕が確かなだけでなく強かで逞しい。

 王の前だというのに堂々と仕事を成し遂げてみせた胆力は見事な物だ。「迷うような素振り」を見せて王から金を引き出した時はクスっと笑いそうになってしまったが、そんな女性だからこそどこか頼りないオスカーにはぴったりかもしれないと王妃は思った。

 それに何より、オスカーに「指輪を嵌めさせた」女性である。


(この場には王族とその関係者が集まっている。皆口には出さないけれどオスカーの指輪に釘付けだわ)


 この国において「男性が指輪を嵌める」ということはそれ相応の意味を持つ。オスカーが手袋を取った時の皆の顔と言ったら……。「オスカーが指輪を嵌めていた」という噂はあっという間に広まるだろう。オスカーもそれを拒んでいる様子はないのを見ると、リーシャは「やり手だ」と王妃は直感していた。


「リーシャさん、オスカーをお願いしますね」

「はい。王妃様」


 知ってか知らずか王妃の言葉にリーシャはニコリと笑みを浮かべる。祝勝会はオスカーの思わぬ旅立ちの送別会へと姿を変え、夜遅くまで盛り上がり続けたのであった。


* * *


 数日後、王宮の正門にリーシャとオスカー、そして王と王妃とその家族の姿があった。餞別としていくつかの魔道具と食料、必需品と金貨が詰まった革袋を受け取ったリーシャはホクホクした顔をしている。


「オスカー、貴方からもちゃんと渡さないと駄目よ」

「ん? 何の話だ?」

「指輪よ! ゆ・び・わ!」


 シルヴィアが念を押すように言う。


「翡翠の指輪でないといけませんよ、お兄様!」


 マリーの追撃にオスカーはたじたじだ。マリーがやたら「翡翠の」と強調するので鈍いオスカーでもその意味は嫌でも分かる。つまりはオスカーと「揃いの指輪」を用意せよということだ。オスカーは「善処する」と小さな声で答えた。


「リーシャさん」


 息子たちが盛り上がっている横で王妃はリーシャに声を掛けた。


「修復のお礼がまだでしたね。良ければこれを受け取って下さい」

「これは?」

「実家から持ってきた髪飾りです」


 渡されたのは美しい螺鈿細工が施された小箱だ。蓋を開けると中に滑らかな布で包まれた髪飾りが入っていた。美しい透かし細工の真ん中に真っ赤な珊瑚で作られた薔薇の彫刻が留められており、周囲には真珠が散りばめられている。


「こんな素晴らしい物……宜しいのでしょうか」


 「血赤」と呼ばれる希少な珊瑚、それもこれほど大きな薔薇を彫れるほどの「枝」を利用した逸品だ。戸惑うリーシャに王妃は「貴女に持っていて欲しいの」と言った。


「もうすでに沢山お持ちかもしれないけれど、夜会や会食の時に使えるでしょう。こういうものはいくら持っていても損は無いと思うの。受け取って下さいな」

 確かに、依頼によっては貴族や王族から夜会に招待されたり食事を共にすることもある。その際に身に着ける正装や装飾品を用意はしてあるものの、その国の文化や風土に合わせることを考えると「あればあるだけ良い」というのはその通りだ。

「ありがとうございます」


 リーシャは素直に王妃の好意を受け取ることにした。王妃は満足そうに頷くと「きっとリーシャさんを守ってくれると思いますよ」と微笑んだ。


 別れの挨拶を終えた後、オスカーとリーシャは王宮を後にした。


「次に戻れるのはいつになるか分かりませんよ。もっとゆっくりお別れしなくて良かったんですか?」

「昨日の宴席で十分話したから大丈夫だ。それよりこれからどうするつもりだ」

「そうですね。組合への報告が終わったらまずはこの中から一番近い依頼を受けようかと」


 リーシャは収納鞄から依頼書の封筒の束を取り出した。どれもリーシャ宛の個人指名として届いた依頼書だ。個人指名の依頼は依頼料が高く地位のある人物からの依頼が多い為、蒐集物やその情報が得られやすいのだ。


「この中だったらこれが一番近いな。少し離れた場所にある貴族の館だ」

「では、そこに向かいましょうか」


 旅立つ前に首都のギルドへ寄って宝石修復師の組合に今回の顛末を報告する。魔法師が捕まったこと、そして行方不明になっていた修復師の安否について。


「……修復師の方々には申し訳ないことをしたな」


 行方不明になっていた修復師達は庭の片隅から発見された。恐らく「蒐集物」の変色効果を見て修復を拒否したか、王宮の異様な雰囲気を前に逃げ出そうとして殺されたのだろうとリーシャは推察していた。

 魔道具が壊れかけていることを察知されるのを恐れた魔法師は王宮の関係者を一か所に集めて幽閉しており、魔法で操られていた兵士も記憶が無いようなので誰もその真相を知らないらしい。


「彼らもお金に釣られて自滅したような物ですから、気にしない方が良いですよ」


 「自分のせいで犠牲が出てしまった」と悔やむオスカーにリーシャは言い含める。組合の職員は口うるさく止めたはずだし忠告もしたはずだ。それでも金貨5000枚という破格の報酬に目がくらみ、行方不明者が出ているとしりつつも足を運んだのは彼ら自身なのだと。

 目的地方面へ向かう馬車を手配して首都を離れる。ガタンゴトンと揺られながら遠くなっていく首都をオスカーは寂しそうに見つめていた。今回は逃亡劇ではなく自分の意思で生まれ故郷を離れるのだ。リーシャの蒐集物リストを見るに、次に戻るのはいつになるのか分からない。そう考えるとやはり寂しいものがある。


「寂しいですか?」


 心の内を見透かしたようなリーシャの言葉にオスカーはドキッとする。


「まぁ、次にいつ帰れるか分からないからな」

「そうですよね」

「リーシャは……」


 その先の言葉を言うのをオスカーは止めた。リーシャはあまり故郷のことを語りたがらない。そこに踏み込むのは無粋だと思ったのだ。


「私は……もう何十年も帰っていませんからお気になさらず。でも、オスカーがそうならないように善処しますね」

「ああ」


(ん?)


 何も考えずに相槌を打った後、リーシャの言葉に違和感を覚える。「何十年も帰っていない」とは?


「リーシャ、答えたくなかったら答えなくていい。旅を初めて何年になるんだ?」

「……」

 オスカーの問いにリーシャは気まずそうな顔をして黙っていたが、目をそらしたまま恥ずかしそうな表情をして小さな声で答えた。

「……数十年です」

「ということは」

「……実はオスカーよりも年上なんです。正確な年月は数えていないので分からないですけど」

「信じられん……」


 「隠していた」という罪悪感よりも「年上なのがばれてしまった」という恥ずかしさがリーシャの顔に滲み出ている。不覚にもその恥じらう様が「可愛らしい」と感じてしまったオスカーは動揺していた。


「それも魔法で……?」

「まぁ、そんな感じですね。これ、『お守り』だって言ったでしょう?」


 リーシャはマントの下から太陽を模した柘榴石のペンダントを取り出す。


「これは祖母が作らせた強い回復魔法の魔道具で、身に着けていると『即死』以外のダメージなら大抵回復出来てしまうんです。回復魔法が強すぎて、どういう訳か身に着けていると老けないのでご覧の有様で……」

「そんな魔道具があるとは……。大丈夫なのか? 喉から手が出るほど欲しい連中が沢山いるのではないか?」

「ええ。だから基本的には見えない場所に身に着けて、効能も他人には教えたりしません。バレると面倒ごとに巻き込まれるので」

「ではなぜ俺には教えてくれたんだ?」

「それは……」


 リーシャは抱いた気持ちをどう表現しようか迷った挙句、シンプルな言葉を選んだ。


「オスカーを信用しているからです」

「そうか。ついに信用してくれたのか!」

「……はい。それに、これからずっと一緒に旅をするんですから知って置いて貰った方が良いかなと」


 リーシャはこのペンダントのお陰で即死以外ならどんな怪我をしても生き延びることが出来る。今まで何度も危険な目にあって来たが、こうして五体満足でピンピンしているのはペンダントのお陰だ。

 もしも今後旅の途中で厄介ごとに巻き込まれた際にリーシャを庇ってオスカーが怪我を負うようなことがあってはならないとリーシャは思った。大抵の怪我は治るのでそのための犠牲は必要ないのだ。


「……という訳なので、私を庇って怪我をするようなことは止めて下さい。滅多なことでは死なないので」

「分かった……が、いざそういう場面になった時に冷静でいられる自信は無いぞ」


 リーシャが死にそうな目に遭った時に果たして放っておけるだろうか。「死なない」と分かっていても勝手に体が動いてしまうのではないか。オスカーにはそう思えてならない。


「仕方ないですね。ではオスカーの防御魔法をもっと良い物に変えましょう。そうすれば怪我をさせないで済みますし。あと、魔法もいくつか教えますね」

「ありがとう」

「貴方が死ぬのを見るのは嫌なので」


 少しだけ顔を赤くしながらそう言ったリーシャの言葉に「そうか」とオスカーは嬉しそうに頷いた。


「リーシャ、旅が終わったら何処へ行きたい?」

「いつ終わるとも分からない旅の終わりの話をするんですか?」

「二人旅なら一人旅よりも早くリストを埋められるかもしれないだろう」

「……そうですね。まずは貴方を故郷に送り届けます」

「なっ!」


 思わぬ回答にオスカーはショックを受ける。


「まさか、俺を置いて何処かへ行くつもりか?」

「お父様とのお約束ですし、旅が終わったら一度故郷へ顔を出すのが筋でしょう。今後のことはそれから考えましょう」

「……リーシャ」

「貴方の故郷の方々が健在なうちに旅を終えるのは難易度が高そうですが。二人なら早く終わるのでしょう?」

「……ああ、そうだ! 早く見つけて一緒に帰ろう」


 ガタンゴトンと揺れる馬車の中で二人は始まったばかりの旅路の終わりを語り合う。果たして蒐集物を全て見つけ、「故郷」へ帰る日はいつになるのか――。


(二人での旅も悪くない。これからはもう、一人じゃないんだ)


 オスカーに背中を預け、リーシャは新しい相棒の温もりを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る