第2話 お馬さんとお父さん

 お父さんが、私が好きなものを買って来たって言ってるけど、知らない。

 ちゃんと洗濯したから、とか言ってるけど、そんなのお父さんのせいなんだから当たり前なんじゃないのって思う。

 もうすぐ四年生になるのに。

 私はすごく怒ってるし、すごく恥ずかしいし、お父さんなんて嫌いって気持ちでいっぱいで、すごくイヤな気持だった。

「鍵、持ってると思ってたから」

「おとーさんが心配だから持たせたくないって言ったんじゃん!」

「えっ、そう、そうだったかな」

「お父さんの馬鹿!!」

「ごめん夕、ごめん。あの、ご飯、テーブルに置いておくから」

「うるさい!」

「でもあの、あのさ、トイレ出てくれないと今度はお父さんが漏らしちゃいそう」

 トイレのドアを勢いよく開けるとお父さんにぶつかった音がした。

 でもお父さんが悪いんだもん。

「知らない!」

 トイレから走って出て、ご飯を食べる部屋に入る。

 鍵はかからないけど、大きなテーブルの下に潜り込むと薄暗くて、なんだか少し安心した。

 トイレが流れる音がしたあと、とことことこっちに歩いてくる音がした。

 足音に背中を向けて、膝をぎゅっとしていると、お父さんは私に気づかなかったみたいで、椅子をひいて座った。

 お父さんの膝が見えている。

 じっとしていると、ぺらぺらと紙をめくる音と、なにかを書く音がした。この音、知ってる。赤い鉛筆で、こたえがあってるところでもないのに丸をつける音だ。

 もしかしたら私はお父さんが大嫌いなのかもしれない。




「今日の晩御飯は、外に行こうか」

 お父さんがそう言った。

 私がすぐ目の前の公園に遊びに行こうとしていたときだった。

 お外にご飯を食べにいくなんてほとんどないから、少し嬉しい。

「行く!」

「三時くらいまでには帰ってきなよ」

「はーい」

 お休みの日なのにお父さんはお酒を飲んでいなかった。

 珍しいとおもう。

 めーちゃんちのお父さんはお酒を飲むとすぐに怖い顔するって言ってたけど、私はお父さんの怖い顔は見たことない。お母さんの怖い顔は何度もある。宿題をしなかったときとか、給食の白衣を出すのを忘れてたときとか。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい」

 手を振るお父さんを見ないようにして、家を出た。

 家の目の前の公園には、同じクラスの男子がいた。あんまり話さない子だからよく知らないけど、鞄についてるオレンジ色の変なのは気になった。

「たかはし」

「あ、あきやまじゃん」

「これなーに?」

「これ?最近かーちゃんと見てるユーチューブのやつ」

「デブ鳥?」

「ふくろうのブッコローだよ」

「ぶっころ?」

「ブッコロー」

「へー」

「たかはしー!」

「今いくー!」

 たかはしはリュックごと走ってったから、じっくり見れなかったけど、鳥なのがわかって少しすっきりした。

 人がいっぱいいる滑り台のほうに歩いてると後ろから声が聞こえて、振り返ったら去年まで同じクラスだったともだちが手を振っていた。

 私も手を振って、駆け寄る。

 三時までずっとその子と遊んだ。




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