∞の愛
宮塚恵一
本編
──今日もご馳走になってごめんね。
彼女はそう言って、はにかんだような笑みをぼくに見せた。
──全然、良いよ。
ぼくはそんな彼女ににっこりと笑う。彼女が帰り支度をしている間に、ぼくは会計を済ませ、彼女の荷物を持ってやる。
毎月、給料日の1週間前にこうやってご飯を食べるようになって長い。
──それじゃあこれ。
ぼくは半ば無理矢理、彼女に封筒を握らせた。
──ありがとう。
はじめのうちは、彼女も遠慮がちに、そんな悪いよと突き返す流れをしたものだけれど、最近はこうして素直に受け取ってくれる。
──それじゃあ、ね。
──それじゃあ、また。
ぼくは帰り際も、彼女に対して満面の笑みで見送る。
彼女が、迎えに来た恋人の車に乗り込むのを見て、ぼくは鼻を鳴らした。
昔一度、あの恋人とは喧嘩になったこともあるが、今はこうして遠目に見るだけだ。
安月給の中、シングルマザーの彼女を支え切れるだけの稼ぎもないから、ぼくとの付き合いを続ける彼女にも、ぼくに対しても、あいつは強気に出ることができない。
それで別に良い。
ぼくが好きでやっていることだ。できることなら、当然、彼女と一緒になりたいけれど、そうなる未来が訪れないことくらい、ぼくもわかっている。
それでもこうして、ぼくが彼女に手渡す、彼女の毎月の収入があるから、彼女は生きていける。
そんな現実に、ぼくは勝ち誇る。
帰りに、観たい映画の上映時間にヒマがあることに気づいて、ぼくは映画館に寄った。
一度だけ、彼女と一緒に劇場に来たこともある。
まだぼくが彼女に封筒を手渡すような関係じゃなかった頃。
彼女の障がい者割引があったから、二人分でも一人で見るのとそう変わらない値段で映画を見ることができた、
その日観たのは、心の病になった女とそれを支える男との純愛ストーリーだった。
女は仕事に就くことも困難な中、彼女を愛している男の献身的な愛に支えられる。
そうして最後は、女も自分が必要とされてることを悟って社会への一歩を踏み出し直す、そんなお話。
ぼくはそれを見て、ほくそ笑む。
現実、そううまくは行かない。人間一人、いやそれ以上を支えながら生きていこうなんて、気持ちだけじゃ土台無理なのだ。
だから、ぼくは彼女との繋がりを保っていられる。
一度だけ彼女と寝たことはある。本当に一度ぎり。
まだ、彼女もあの恋人と暮らし始めるようになる前だから、本当に昔の話。
それだけでは彼女との繋がりは不十分だった。
それよりも、こうして援助を惜しまない方が大事だ。
貧しさの中、助けを振り解こうとするのは、暴力を振るわれて逃げるよりも大変だから。
彼女が必要とする限り、ぼくはこの無限の愛を注ぎ続けるだろう。
映画を観終えてスマホをチェックすると、彼女からの連絡が届いていた。
──今日はありがとう。また、よろしくね。
ぼくはそれを見て、安堵と愛しさのない混ぜになった息を吐く。
──じゃあ、また今度。
ぼくもまた、いつものように彼女に返事をした。
∞の愛 宮塚恵一 @miyaduka3rd
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