04

 そのまま二時間くらい、俺は提出期限が迫った課題をやりながら友花里の目覚めを期待したけれど、ついぞ起きないまま、俺は病室を後にした。

 そろそろ空さんから連絡が来るはずだ。空さんは大体一時間くらい泳ぐらしい。途中で別れてからの移動や着替えや準備体操の時間を考慮して、大体二時間前後、という統計が取れているので間違いない。

 俺は流石にスポーツジムに入会出来るほど小遣い貰ってる訳じゃないから、ジムの中での空さんを護衛する事が叶わないのだけど。それだけは残念だ。

 だってプールだぞ。つまり水着なんだぞ。どんな水着かは知らんけど。

 空さんは私服もメンズものばっかだし中性的過ぎて性別が迷子みたいなところあるけど、流石に水着は女性用を着るはずだし、そんな濡れた肢体を惜しげもなく曝け出し綺麗なフォームで泳ぐ麗人の艶姿……(俺の想像)、そんなの、見初められない訳がない。

 あぁ~。空さん今日も無事かなぁ。ナンパとかされてねーかなぁ。されてるに決まってるよなぁ。いつもみたいに適当にあしらっててほしい。マジ心配。

 ちなみに俺は小三から家で筋トレ始めて、受け身の取り方と柔道は親父に習った。

 中学上がってからは、親父の年齢と俺の成長期の関係で、親父の勝率もグッと下がったけど。でもこの歳になっても、未だに油断すると綺麗に技決められちゃったりするんだよなぁ…。柔道って年齢あんま関係ねーんじゃねーの?

 俺は技巧より力業に頼っちゃうんだよなどうしても。デカく育っちまったからついな…。

 もうすぐスポーツジムに到着する、という頃になって、スマホが鳴った。LINEの画面には『これから着替える。』とだけ。…つまり、今は更衣室か…。

 空さんって実際、ジムのプールではどんな水着で泳いでんだろ。空さんの水着姿って、俺の中では小六のスクール水着が最後なんだよな。中学からはやっぱ思春期だからか、プールだけ男女別になって、だからまぁ下世話なの承知でアレだけど、空さんの女体としての成長具合もいまいち判らない。

 胸は潰してる…んだろう、多分。サラシとかナベシャツとか、そういうアイテムで。

 だってアレ、夏になると薄着になるから余計肉体の線が判り易いけど、胸の部分が女子とは思えないくらい平たい。まな板というか崖というか。そりゃ、昔からほっそりしてて、肉感的とかぷに子とかマシュマロさんっていうよりは、スレンダー、ほっそり、着せ替え人形、みたいな単語の方が空さんって感じなんだけど。あんなに絶壁だと、逆に素胸とは思えん。

 何つーか、華奢なハト胸男子、って感じの胸部なんだよな。シャツの上から見ると。肩幅多少あるっつったって元々の体型が細身の女子だからやっぱどっか華奢だし。うっかり手を伸ばしたくなるけど触れ難い美少年、っていうのを空さんは体現しているからな。

 よく考えたら、そんな清潔感醸し出しながら女子が群がり易い気さくな面も上手に出してる空さんって凄くね?

 あの、美少年の中に女の部分があるような、美少女の中に男の部分があるような、言葉にするのは難しい空さんの妖しい魅力が男も女も狂わせるのか…?

 ジムに着いたけど、会員じゃないから中には入らず外で待つ俺。

 暫くすると、ヤツが近付く音がしてきた。…オイ、こっち来んな! クソ、玄関ホールからの照明で結構明るいっつっても外は完全に夜だからな、追い払うっつーか仕留めたいけどしっかり見えん。……あっ、痒い痒い! クソ刺された! オイ馬鹿やめろって! ……次は首かよ!



 そんなこんなで見えぬ蚊と戦ってベチベチ肌を叩くけど一向に殺せず惨敗している俺に、フワフワがいつもより大人しい濡れ髪も艶やかな水も滴る美少年が優雅な足取りで出てきた。ちょっ、誰アレどこの国の貴公子様!? ……あ、空さんだった。


「……? 何してるんだ元春」

「蚊に刺されまして…」


 つい癖で刺された部分を爪でバッテンするけど、これって意味あんのかな。

 キッチリ制服姿の空さんは、しっとりと水気を含んでいるせいで余計に妖しげな艶が漂っている。何だかまた不安になってきた。ただでさえ、友花里の事で不安定になっている時に、空さんの妖香に惑わされた不埒者の事とか、想像もしたくない。

 昼間、空さんには色気がないとかクソ失礼な事を俺に言ってきたあの女は空さんの実力を判ってない。空さんは王子様やってる時、当然だけど清潔感と高貴さを前面に出してんだよ。王子様ってのは何かそーゆーイメージだろ。綺麗で不潔じゃないキラキラしい感じが重要なんだろ?

 そもそも、一応空さん女子だから。同性相手に必要以上の色気とか出してたら逆にヤバいだろ。ただでさえ今の段階でも同性から熱烈にキャーキャー言われてるのに、色気出したら取り返しのつかない事にならねーか…?


「空さん。帰りましょう」

「うん。お前も過保護だよな。律儀に迎えに来なくても良いんだけど」

「そういう訳にはいきません」


 アンタ、何度もストーカー被害に遭ったり思い込み激しい他校生におかしな妄想されたり、一度なんて誘拐されかかった事もあるくせに(アレは今思い出してもマジで肝が冷える…)、何でこんなに平然としてられんだ。もう少し用心してくれよ。俺の方が気が気じゃなくなってくる。

 誘拐に偶然居合わせたお陰で未遂で済んだって事から、空さんのご両親にはメチャクチャ感謝されちまったし(俺としては、誘拐される前に防げるもんなら防ぎたかったので、感謝されても素直に喜べなかった)、それ以来、何か俺が護衛として空さんの傍に居る事をご両親が望んでらっしゃるんだよな。

 まぁ、空さんのご両親公認で空さんの傍に侍る正当な理由っつーか大義名分が出来て、俺としては有難い話ではあるけど。

 塩素の匂いを纏う空さんは医者の娘なだけあってか、そういう薬品っぽい匂いも凄く似合う。目が充血してるから、後で目薬点してあげないと。


「あ、また髪の毛、全然拭いてないじゃないですか」


 いくら六月で初夏っつったって、朝夕はまだ風も冷たい。いつも言ってるのに、空さんは毎回頭ビショビショのままジムから出てくる。

 何で乾かすのは難しいかもしれないにしても、ちゃんと拭くって事をしないんだこの人は。風邪ひきてーの?


「だってお前、もう待ってるじゃないか」


 俺の為に急いで出てきたって遠回しにデレられると面映ゆいけど、俺は別にただの下僕であって、従者であって、護衛であって、何かそういう……空さんに気を遣わせる立場ではないんだよな。何ならもっと偉そぶってくれても良いんだけど。

 いつもみたいにもっとこう、皆に愛想良くて完璧で、後ろを歩く俺を振り返ったりしない王子様してくれよ。


「俺なんて友花里と血が繋がってるのが不思議なくらい頑丈なだけが取り柄なんですから、いくらでも待たせておけば良いじゃないですか」


 そう言いながら、俺と違って「頑丈」という単語とは無縁の妹の、今日の様子を思い出して一気に落ち込む俺…。


「確かに友花里ちゃんの壊れそうなくらい儚げで守ってあげたくなる感じは、元春には微塵も見当たらないな。精神は逆だけど」

「えっ…、それどういう意味…」


 精神は逆? あの可愛い友花里がか弱い心臓でありながら折れないアイアンハートの持ち主なら、無口無愛想無表情がデフォルトの仁王像系男子な俺の心がガラス細工で壊れそうなくらい儚げで守ってあげたくなるって事? 否、流石に空さん、冗談キツいぜ。

「王子様してくれよ」ってさっき思ったけど、そういう意味で王子様してほしい訳じゃねーんだけど。俺の事まで口説こうとしなくて良いから。王子様に徹底し過ぎるあまりの律儀さよ……。


「それに、家に帰ったらすぐ風呂に入るんだから、結局乾かし損だろ。時間の無駄じゃないか。良いか元晴。時間は万人に与えられし、数少ない平等なんだぞ。どんなに偉くて金持ちな人だって、一日二十四時間――否、正確には二十三時間五十六分四秒しかないんだから」

「そ、そうですけど」


 極論持ち出してくんなよ。風邪引いたら困るでしょ、って話なんだけど。

 でもまぁ、言ってる事は空さんの方が合理的っていうか、無駄がないんだよな、確かに……。家帰ったらすぐに風呂。頭も勿論洗う。だったら濡れたまんまで帰った方が時間短縮、っていう。合理性の塊か。理系って皆こんな風なの?

 空さんの場合、真冬でも髪の毛軽く拭いただけ、ってくらいビショビショのまんま出てくるのが俺的に困るっつーか。雪が降ってても平然と水も滴る王子様仕様で「待ったか?」って出てくるから俺が慌てるんだよ。「待ったか?」じゃねーよ。待たせて良いんだっつーの。訊かんで良いわそんなん。俺の事なんか気にすんなよ。アンタは俺の彼氏か。違うだろ。俺の幼馴染で主だろ。


「…水泳はどうでした?」

「更衣室に入ったらある女性に悲鳴上げられた。久々で新鮮だったな」

「あー…。そりゃ新しく会員になった人ですね」


 何せ女子用スラックスとは言え制服がズボンで中性的な美貌の空さんは、会員になって長いからジムではもう「男装の麗人」って有名で大抵のトレーナーや利用客に知られてるみたいだけど、やっぱり新入りには驚かれるし誤解も招く。


「水着になるには裸になる必要があるだろう? 脱いでいく内に納得してくれたみたいだけど、何故か着替えてる間、ずっとチラチラ見られたな。何度見られても私に男性器が付いてないって事は一度見れば判るはずだし、自分と同じ性別の女体を見ても性的興奮を引き出される事もないし、一応女性用の水着に着替えてるんだから、それ以上見ても私の性別は変わらないんだけど。一体何故あんなに見てきたんだろう?」

「ごっふぁ」


 空さんって医者の子だからか、結構平気で際どい発言する。

 医学的な用語だって判ってるんだけど、こんな綺麗な顔でそんな綺麗な唇から「男性器」とか「性的興奮」とか言わないでくれマジ頼む。


「どうした元春。さっき変な声が出てなかったか?」

「…気のせいです」

「え、でも、」

「気のせいです。…え、えーと、空さんってどんな水着なのかな、って思っただけです」


 誤魔化そうとして長年の疑問がつるっと口から出てしまった。

 こんな事訊くなんて俺の馬鹿! 従者が主に訊いて良い事じゃねーだろ明らかに! セクハラで訴えられたら勝てる気がしない、どうしよう。


「水着? お前、そんなの気になるのか?」

「え。えぇ、まぁ……」


 私服ですら殆どメンズ着てる空さんが、どういう水着を着用しているのか気になると言えば気になるんだよ。まぁ、あんまり女性的なデザインではないだろうな、って予想してるけど。スポーティーっていうか、ボーイッシュな感じかな、って思ってる。


「だったら、明日見せてやろうか?」

「えっ!?」


 そんなアッサリ。良いのか!? 見ちゃって良いのか!?


「今日はもう脱いだばっかの水着をわざわざまた着るのは面倒だし、濡れた水着なんて着辛いから着替えるのは嫌だけど、洗濯して乾いたら着てみるから、見たかったら来れば?」

「え、え?」

「お前が期待するほどのもんじゃないけど」

「否、その、そんな、期待だなんて」


 そんなん、めっちゃしちまうだろーが!


「じゃあ、明日な」

「え、はい」


 今夜ってあまり天気良くないけど、一晩で乾くのか?



 翌朝、俺は結局終わらせられなかった英語の課題を今日こそ終わらせようと胸に誓い、いつものように隣の豪邸って感じの真北家にインターホンも鳴らさず玄関のドアを開け、「お早う御座います」って入った。

 従者やり始めて暫くは律儀に毎朝インターホン鳴らしてたんだけど、その内「元晴君なら勝手に上がってって良いから」って言われてしまい、インターホン鳴らす過程はショートカットした。しかも裏口の合鍵まで渡される始末。

 俺って信用され過ぎだろ…。裏口の合鍵貰っちゃってるんだぜ。あんま使わないようにしてるつもりだけど。


「おはよう御座います」

「おはよう、元春さん。今日は朝ご飯食べていくの?」


 空さんのご両親は昔から多忙の為、真北家は通いの家政婦さんを雇っている。それがこのほっこりした初老のご婦人、宮野みやのさんだ。

 今日もふくよかな体型と穏やかな空気が母性の塊みたいな笑顔に、こっちまで心がほっこりする。ウチの母親とは違う意味で「母ちゃん」って呼びたくなる感じ。


「ご相伴に預かります」


 家政婦なだけあって、宮野さんの飯はいつ食っても美味い。今朝の献立は洋食で、オムレツからはチーズの匂いがした。

 殆ど毎日食わせてもらっているが、家で朝飯食ってねーのか、って言われるとそんな事はない。ちゃんと食ってる。ただ、これは畏れ多くも宮野さん及び真北家の御厚意なのだ。

 綺麗過ぎるあまり、昔から偏執的な輩にも好かれ、ストーカー被害にも何度か遭っている空さんのボディーガードも兼任している俺は、俺の意思でそうしてるだけなんだけど、ご両親としては「元晴君のお陰で今日もウチの子は無事です、有難う」って感じなんだろう。

 真北家の御厚意は友花里の事で既に頭が上がらないというのが本音なんだけど、遠慮し過ぎると却って「元晴君がウチの好意を受け取ってくれない…!」とこの世の終わりみたいなショックを受けて気にされてしまう事を過去で経験済みな為、図々しいのは承知で甘えさせて頂いている。

 何で俺、こんなにご両親に引き立ててもらってんのかな。有難いんだけど素直に謎だ。幾ら父親同士が仲良いからっつったって、娘の幼馴染に過ぎないってだけのガキなのに。


「空さんも元春さんもたくさん食べるから、作り甲斐あるわぁ」

「宮野さん。空さんはまだ部屋ですか?」

「そうなの。いつもならもう食べに降りて来ている時間なのに。具合が悪いのかしら。…元春さん、今手が離せないから、代わりに様子を見てきてもらえる?」


 宮野さんの要望に俺はすぐさま頷く。正直、妙齢の女子の部屋へ男が入室しても良いのかっていう葛藤はあるんだが、空さんが本当に具合悪くしてんなら、一刻も早く確かめたいという欲求が勝った。

 やっぱり風邪引いたんじゃ…。濡れたまま帰るから! タオルドライくらいしてくれよ。

 つーか空さんの為に髪を伸ばしている俺は、ヘアケアとまではいかないが、それなりに髪の毛には気を遣っている。俺の髪は俺のものであって俺のものではない。空さんと友花里のものだから。

 だから髪の毛って、実はドライヤーで乾かした方が自然乾燥よりダメージ掛からないって知って、ちょっと意外だったしな。ずっと濡れたまま放置してるよりは、早く乾かした方が髪の毛には良いらしい。

 空さんって少なくとも最低週に二回は髪の毛濡れてる時間が長いって事になるんだけど、そのくせ傷んでるように見えないし、触ってみてもフワフワのツヤツヤのサラサラってどういう事なんだ…。美貌に死角がなさ過ぎる。


「元春です。支度は出来てますか?」


 空さんの部屋まで行き、ノックしてからドアの前で訊ねる。

 反応がなかったらドア開けて入ろうと思ったが、


「あ、元春。今水着に着替えたばっかだから、見るなら今ちゃっちゃと見ろ」

「え。」


 俺はドアの前で固まった。

 てっきり放課後とかに着てくれるんだと思ってた。朝っぱらからかよ…。流石迅速果断の空さんは何でもかんでも早い。つーか水着もう乾いたのか。空さんの水着なだけあって(?)、迅速だな。乾くの早ェ。


「…では、失礼します」


 まさか小六のスクール水着でストップしていた俺の中の空さんの水着姿が、ここにきて更新されるなんて…一体誰が予想しただろうか。昨日の夕方までは俺も予想してなかった。

 ダララララララララ、と心が期待と緊張のドラムロームを奏でる中、俺は水着に身を包んだ王子様系女子の玉体を拝むべく、意を決してチョコレートブラウンのドアを開けた。

 ――ガチャ…、


「…………空、さん」


 シンプルでスタイリッシュな家具で統一された綺麗な部屋――でも骨格標本がオブジェのように置かれていたり、人体模型図のポスター貼ってあったり、普通の女子高生の部屋とは言い難い――の中央に佇む麗人の姿を一目見た俺は、ドアを開けたポーズのまま硬直した。


「だから言っただろ。期待するほどのもんじゃないって」


 俺の瞠目に不敵な笑みを返した空さんはいつも通り隙のない美しさ。美しいが。

 ――胸が……肝心の胸がない…!? 否、あるけどない!?

 驚愕の事実――否、真実に俺は戸惑いを禁じ得ない。

 タンキニは予想の範囲内だった。鮮やかなスカイブルーの幾何学模様は白い肌と淡い髪色によく似合っていて、流石空さんのセンス、と感心しきり。

 スラリと伸びた手足はしなやかで、腰骨の位置も高く、顔は小さく姿勢も良い。そしてキラキラしい美貌を縁取るフワフワした薄茶の髪が窓からの朝日に煌いて、後光が差しているようにしか見えないってどういう事なの。骨格も体型も顔立ちも、マジで洋風の美人なんだな、って納得した。どう見ても等身大の着せ替え人形…。リアルでリカちゃんやれるヤツじゃん…。

 我が肉体に無駄な脂肪などなし、と世紀末覇者みたいな文句が浮かぶほどのスタイルの良さは、モデルだって夢じゃないと思う。筋肉の付き具合と肌のハリ艶が十代らしく健康的で、ほっそりした腹部や柳腰、首筋から鎖骨のなまめかしさたるや尋常じゃない色気。鎖骨だけで凄い色っぽいって正気かこの人。日頃は隠している色香の実力が凄まじ過ぎて、俺は僕は私は。

 タンキニは確かにデザインによっては身体のラインが出難いものもある。けれど、空さんのタンキニは。

 別に胴回りを隠してスカートタイプに、とかそういう事はない。普通にシンプル、身体にピッタリ、ボクサーショーツかって感じのビキニの上はブラジャーとタンクトップの中間、って感じのデザインで、あんまり誤魔化しが利かないデザイン。

 当然、胸の大きさも大体判ってしまう。スレンダーだから貧乳かもしれないと思ってはいた、いたけどこれは……な、なさ過ぎるだろ…!!

 谷間なんか出来た試しがない、ってくらいなだらかな胸部。膨らみらしきものはある、一応。健康的でなめらかな素肌は白く眩しいほどだが、ここまで胸が控えめだとは…! 何でだ!? 今年十八歳になる女子の胸の大きさとして、適切なのか!? 個人差があるっつったって、えぇ~?


「ガッカリするのは良いけど、ありのままの姿見せてるからな。――まぁ、期待を裏切られた分は、お前の部屋の本棚上から四段目の奥に隠してある殿堂入りにでも慰めてもらえ」

「な、何で知ってるんですか!?」


 思わずギョッとして変に声が裏返ってしまった。咄嗟過ぎて流す暇もなかったわ。

 恐るべし真北空。俺の厳選コレクションの在り処を何故スリッとまるっとゴリッとお見通しなのか。今すぐ隠し場所変えに家に戻りてぇ~!

 ……待てよ? 今俺は、重大な事実に気付いてしまった。

 空さんっててっきりサラシとかナベシャツで胸潰してるんだと思い込んでたけど、これが本来の大きさって事は…つまり、常に空さんは素胸って事なんじゃ…。否、下着くらいは着けてるだろうけど。

 空さんは男装の麗人だし女子にあり得ねーくらいモテるけど、必要以上に男らしさを演出しない、自身の「女」という性別を否定しないで、その上で王子様をやってる。

 だから素胸で普段生活してるってのは、ある意味非常に空さんらしいって事だ。俺は長年傍に仕えているのに、何で今までそんな事に気付かなかったんだろう…。

 自然体で王子様をやっている美少女。それが空さんなのだ。自分の性別を蔑ろにしてない空さん。胸を潰すとか今考えると本当ありえねーな。解釈違いってヤツだわ。俺は今まで空さんの何を見てたんだ…クソが。俺のクソ野郎が。

 水泳だって、肩幅が広くなるとか泳ぐのが好きとかなんて理由は二の次で、本命の理由が体力作りの一環だってちゃんと判ってんだよ。医者になるには、勉強出来るだけじゃ駄目なんだってさ。それもそうだ、病人によっちゃ何時間も手術する場合だってあるし、集中力と体力って絶対必要だ。

 こんな脳みそでよく俺、空さんと同じ学園受かったよな。正直、当時の担任には「無理ではないが、厳しいぞ」って言われてたし受験も確かに厳しかったけど。女子用スラックスの為にランク少しだけ下げてくれた空さんのお陰だわ…。



 AA通り越してAAAカップなのでは? って感じのスレンダーボディを拝見した俺は、「見たならもう着替えるけど、お前いつまで見てるつもりなんだ?」と素朴に訊かれて、慌てて退室した。

 本当に空さんって無頓着っつーか、俺がドア開けたポーズで硬直したままだっつーのに平気で上脱ごうとしたぞ…。所詮下僕でしかない俺如きに裸を見られてもCHA-LA-HEAD-CHA-LAなのかもしれないが、俺がヘッチャラじゃねーかんな! 顔に出てねーかもしんねーけど、俺だって一応高校三年生、思春期大爆発なんだからな!

 全くもう…、空さんは王子様やり過ぎて感覚麻痺してんのか? 女っていう自覚に欠けてる節があるよな。

 あんなに美人なくせに、自分の容姿だって理解してるくせに、何であんなに平然としてられるんだ。俺の前で水着を脱ぐ事に躊躇いがないって、まぁ俺の事、男として見てねーんだろうな、って再認識させられた訳だけど。女子っていうか、空さんが判んねーぜ……。

 一番長く傍に居るのに、幼馴染なのに、未だに空さんの事が判らないってのが、俺にとっては悲しいし悔しいし屈辱でもある。

 空さんはマイペースで天然で天才気質だから、掴みどころがねーんだよな。従者としては何やらかすのかって気が抜けねーけど、振り回されるのも何だかんだで面白いから許せるっつーか。

 俺は朝っぱらからドッと疲れたような気分を味わいながら階下に降りてダイニングテーブルに就く。

 しかし中学の制服を除けば、何年か振りに見た空さんの女性らしい格好と水着という露出度の高さとスタイルの良さや普段見せない部分の肌の美しさまでしっかりばっちり記憶してしまった俺は、本棚四段目の奥に隠してある(次はどこに隠そう…)コレクションの中から新たに貧乳ものを削除する事に決めたが、所持している貧乳ものがメチャクチャ好みの作品なせいで、処分するか否かの葛藤のままに宮野さんの朝食を頂くのだった。

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