第27話 魔物

「dusm! dusm!(敵! 敵!)」

 

 島も見えてきたというところで緑色の文字。

 前の方を行くリズが魔物を発見したそうだ。

 戦闘に備えて背負っていた魔弓を取り出す。

 足を閉じてカメから離れないように絡めておく。

 遠くの影は次第に大きくなっていき、ゴーグルによって見える光で眩しくなってくる。

 湖の底から水面まで届く大きな巨体と、そこから生える何本かの触手。

 巨大なイカの形をした海の魔物――クラーケンだ。

 メインとなる二つの太い触手が獲物の到着を待つかのように構えられている。

 

「怖い」

 

 心の声が口から出そうになる。

 口を開ければ水が入ってくるため開けることは出来ない。

 目の前に集中しながらも、アメを舐めることも続けなければならない。

 クラーケンは二つの触手を縦横無尽に動かし水を押し出す。

 魔弓を持っていない手でカメの甲羅を掴み振り落とされないようにする。

 しかし、これでは魔弓を放てない。

 魔弓は両手を使う必要があるのだ。

 幸いにも前衛にはリズやメアちゃんがいるので一旦距離を置くことにする。

 魔素語なんて送信してる暇もないので、独断で後方へ移動する。


 クラーケンから離れると水の動きは緩やかになってきた。

 前方ではリズとメアちゃんが応戦している。

 我がエルフィー討伐部隊の主戦力はもちろん、メアちゃんだ。

 メアちゃんが右手をクラーケンに向けると手のひらの辺りに黒い何かが集まってきている。

 何かは球状となり、ところどころ赤い閃光を放っている。

 そしてそれがそのままクラーケン目掛けて発射される。

 私たちの知るところでいう、魔弾だ。

 しかしあんなにも黒く、そして何かを放っている魔弾は見たことがない。

 魔弾はクラーケンに直撃し眉間の中央部分に穴が開く。

 内蔵がむき出しになっていてあまり直視したくない。

 

「もうメアちゃんに任せておけばいいかな」

 

 なんて思っているとリズがすごい睨みつけてくるので、私もしっかりと戦う。

 リズはリズで魔導書から四方に刃のついた円盤を召喚している。

 水の中関係なく高速で回転して先についた包丁のようなものがクラーケンに切込みを入れる。

 魔導書ってそういうのも出せるんだ。

 と、感心している場合ではない。

 後ろの方で攻撃が来ないからと他の人をただ観戦していてはいけない。

 攻撃が来ないのだから、今のうちに攻撃しなければ。

 

 フィリオ――魔弓に流れる魔素を感じ取る。

 マギナ――メアちゃんが開けてくれた穴に向かって矢が入り込むことを想像する。水中であろうと関係ない。矢の軌道を考えて詳細に予測する。一秒で着弾するほど速く、矢の頭からおしりまですべて入り込むほど強く貫く。

 アルパ――実現する。引き絞った弦から手を離す。

 放たれた魔弓の矢はおよそ一秒でクラーケンの内蔵へ突き刺さる。

 

「qwreeee」

 

 クラーケンがうめき声を上げる。

 振動がこちらまで伝わってくる。

 一旦魔弓を構えるのをやめてカメにしがみつく。

 リズもメアちゃんも両手でカメの甲羅を掴んでいる。

 クラーケンの二本の大きな触手のうち、右側の触手が大きく後方へ持っていかれる。

 かと思えばメアちゃんめがけて薙ぎ払われる。

 その太さ、長さは大木のようであり、そんな大木がムチのようにしなりを帯びて高速で迫る。

 

「メアちゃん!!」

 

 声は届かないが心の中で叫ぶ。

 無情にもメアちゃんは触手に叩きつけられカメからずり落ちてしまう。

 まずいまずい、島はもう見えてるので底はそんなに深くないがそれでも湖の中。

 幸いにもメアちゃんのゴーグルやブーツなどの装備は外れていないようだが、相当な打撃を受けてしまったはずだ。

 しかしここで攻撃を続けなければ今度は自分たちの番だ。

 

 フィリオ――第二の矢を構える。魔弓に流れる魔素を感じ取り、マギナ――さっきの穴を……と、太い触手の左側で隠されていて直接狙えない。

 ならば触手を切断するしかないか――

 

「ARUPA」

 

 ゴーグルに突如現れた緑色の文字。

 arupaアルパ――実現すること。

 これは……そのまま狙えということなのか?

 ならば……

 マギナ――さっきよりも強く、内蔵を貫通するほど強力な矢の威力を想像する。

 アルパ――矢から指を離して発射する。

 先程と同様に矢は内蔵へ向かってに進んでいるが、これでは触手が邪魔して――矢の到着よりも速く、刃を纏った円盤が道を切り拓く。

 僅かな隙間ではあるが、矢の一本くらいは通れる大きさだ。

 針に糸を通すように矢が駆け抜けていきクラーケンの内部へ侵入する。


「QWREEEE」


 よし!

 もはや矢は目視出来ないが、クラーケンがわめき騒いでいるため命中したのだろう。

 クラーケンの動きが遅くなってきたので攻撃を畳み掛ける。

 第三の矢も同じところに放ち、内部を集中的に狙う。

 魔物学の授業によれば、魔物は基本的に内部に強力な思念魔素が溜まっている。

 これらに攻撃して分解することで機能を衰えさせたり倒すことが出来る。


 私とリズで何回か攻撃をしてようやくクラーケンは動かなくなった。

 トドメはリズに任せて、湖の底に沈んでいくメアちゃんを救助しに行く。

 細かい機動はカメでは出来ないのでカメから降りてブーツを活用する。

 足を進行方向の逆側に伸ばして思念魔素を発動させる。

 ブーツの底から水が噴射されて体は前の方へ進んでいく。

 メアちゃんを抱きかかえて自分のカメのところに戻る。

 意識はあるようで、二人でブーツから水を噴出して急いでカメまで泳ぐ。

 

「paxto」

 

 ――破壊。

 リズからのメッセージだ。

 クラーケンがいた場所を見ると姿は無くなっていた。

 体育祭の時もそうたったが、魔物は倒すと跡形もなく消え去る。

 魔物を構成していた思念魔素が霧散して、通常の魔素となり周辺に溶け込むそうだ。

 

「倒せ……ふがっ!」

 

 忘れていた!!

 そういえば水の中だった!

 クラーケンの討伐に安堵して口を開けたら水が入り込んできた。

 抱えていたはずのメアちゃんが慌てた様子で今度は私を抱えて水上へ全速力で昇っていく。

 

「ぷはーっ」

 

 水面から顔を出す。

 息ができるって素晴らしい。

 ブーツを真下に向けて、顔が水面に浮かぶようにしておく。

 

「だいじょうぶ? エルフィー」


「ありがとうメアちゃん。息が出来たらもう大丈夫だよ。

 って、メアちゃんこそ大丈夫?」


「ああ、ちょっとくらっただけだし、もんだいないな」


「そう? 痛かったらちゃんと言ってね?」


「うん。……まあちょっといたいけど」


「やっぱり? もう島に着くから、私がおんぶしてあげる!

 連れて行ってあげるから!」


「わかった」

 

 背中にメアちゃんが乗るのを確認して、私もカメに乗る。

 三段重ねであと少し、水の中を移動する。

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