第16話 孤独なヴァンパイア

「リズっちファイトー!」


「あ、メアちゃん!」

 

 赤紫髪のヴァンパイア、シグレアメアちゃんもこっちへ来た。

 

「とちゅうから話聞いてたよ! リズっち魔導書つくるんだ!」


「うん。そのリズっちってなに?」


「えー、リズっちはリズっちだよ〜」


「そういえばリズはセアン先輩にもリズっちって呼ばれてたね」


「そうなんだ! やっぱりリズっちはリズっちなんだね!」


「まあ別になんでもいいけど」


「え〜リズっち〜!」


「エルフィーはやめて」


「はい」


「それでシグレ……メアはどうしたの?」


「んー? メアはおともだちに話しかけにきたんだよ!」


「ああそうなんだ。何か会議で思いついたのはある?」


「うーん、とくにないかな〜」


「メアちゃんっていつも何作ってるの?」


「メアはね、魔法陣をつくってるよ! あそこのすみっこで一人で」


「あ! そうなんだー! 私、魔法陣とかよく知らないから、どんなものか見せてくれない?」


「うん! いいよエルフィー」

 

 メアちゃんが地面に手を向けると手の先の魔素が光りだし小さな円形に並ぶ。

 円はさらに多くの魔素を取り込み徐々に大きくなっていく。

 五秒ほどで一匹の丸っこいコウモリが現れた。

 片耳には赤いリボンがついており、召喚されるやいなやメアちゃんの腕にくっつく。

 

「これ、メアのペットみたいなもん。

 いちおう名前がついてて、丸っこいからルマっていうんだ」


「魔法陣、初めて見た」

 

 リズが驚いた表情でそう言った。

 私も魔法陣は初めて見た。

 正確には体育祭の魔法綱引きで見たことあるが、あれは別次元なのでカウントしない。

 

「魔法陣ってあんまり見ないよね〜。

 メアがこの学院でこれだしてるの見たのって生徒会長さんか先生とかくらいだもん」


「魔法陣って授業でも取り扱わないよね。魔法陣部とかもないし」


「そう。でも生徒会長が魔法陣をここでつくってるってきいたからここにはいったんだ」


「魔法陣って、どういう仕組みなの?」

 

 新しい魔法に興味津々なリズが質問する。

 

「しくみー? あんまり気にしたことないけど、ルマ来てーっておもって魔素を丸くおくかんじ?」


「うーん……。見た感じ手から魔素を出してるから、メアって相当魔力多い?」


「ヴァンパイアは体内で魔素がつくられるからね。

 夜なんて大変だよ! 魔素があふれてどんどん出していかないとはれつしちゃうもん!」


「そうなんだ。体内で魔素を生み出せるんだ」


「そうそう。体内で魔素を生み出せるのってメアたちヴァンパイアとエルフくらいだからよくうらやましがられるんだけど、こっちも溜めすぎないようにしないとなんだよね」


「確かに羨ましいって思ったけど、そっちもそっちで大変なんだね」


「まあ、もうわりきっちゃってるけどね!」

 

 メアちゃんは変わらず笑顔でいるが、私たちはその事についてあまり深くは聞けなかった。

 

「なんか、ヴァンパイアってほんとにコウモリ出すんだねー!」


「うん。生まれたときに一匹もらうんだ。血がおなじだかなんだかいうんだけど、むずかしくてメアにはわからないんだよね」


「へー! みんな持ってるんだ! 触ってみてもいい?」


「うん、だいじょうぶだぞ」

 

 ルマと呼ばれるコウモリを触ってみると意外ともふもふだ。

 

「かわいいねー」


「まあね〜」


「というか私ヴァンパイアに会ったのすら初めてだよ」


「うん。メアの村でもどこでもヴァンパイアはきほん生まれた村のしゅうへんでみんなすごすからな」


「じゃあメアちゃんはどうしてレジェロに?」


「……それは……」

 

 メアちゃんは顔を俯かせてしまった。

 

「あ、ごめん! 話したくなかったらいいんだけどね!」


「いや、たいした理由じゃないんだ。なんていうか、魔法をまなびたくなったから……だな!」


「なるほどー! 私もだよ! なんたってここは大陸最大の魔法学院だからそうだよね!」


「うん……」

 

 メアちゃんはどこか歯切れが悪い返事をした。

 

「メア?」

 

 リズが何かを察してメアちゃんの背中に手を置く。

 

「……なんともないよ……」


「…………」

 

 三人の間に重い沈黙が訪れる。

 

「まあ、それぞれ色々あるだろうし、なにか作ろうか!」


「エルフィー、リズ……」


「どうしたの?」


「どうした?」


「……私ね、生まれつき魔素の生成量が異常におおくてね」

 

 メアちゃんがゆっくりと口を開く。

 

「毎晩こうやって魔法陣をなんこもつくって魔素を消費してたの」


「……うん」


「でもある日の夜、どうしても抑えることができなくて」


「うん」


「それで……」


「うん」


「村を……しちゃって……」


「うん……」


「……」

 

 顔が下を向く。

 

「もう、村の中はあるけなくなっちゃって……」


「うん」

 

 メアちゃんが重々しく過去を語ってくれる。

 

「みんなヴァンパイアなのに、私のこと『悪魔』だっていうの。あは、わらっちゃうよね」

 

 メアちゃんが顔を向け無理に口角を上げる。

 

「うん……」


「それで、レジェロのことを教えてくれたひとがいたの」

 

 メアちゃんは部室の一角を見る。

 そこには黙々と作業をしているキバマキ生徒会長がいた。

 

「ここなら、レジェロなら私の魔力も受けいれてくれるとおもってきたの」


「うん」


「でも、こんなだから、やっぱりだれも話してくれなくて……」

 

 先が三角の赤いしっぽを弱々しく動かす。

 

「ずっと……さみしかったんだ……」


「うん……」


「そしたら……この前のうちあげで、たまたまエルフィーと話せて、とってもやさしくて」


「うん」


「リズっちだって、メアのこと怖がらないし……」

 

 私たちの顔を見ると、ルビーのように赤く綺麗な瞳から大粒の涙がこぼれる。

 

「ぅぐっ……ごめんっ……」


「うん」


「だから、ありがとうって、ぅぐっ……っ……」

 

 メアちゃんをリズと力強く抱きしめる。

 二年前に起きたヴァンパイアの『うわさ』は知っていた。

 でもだからといって、いま目の前にいるこんなにも苦してんでいる彼女が悪魔だなんて私には思えなかった。

 ただひたすらに、私は胸の中にいる少女と一緒に居たい、そう思った。

 

「大丈夫だよ。私たちは友達なんでしょ?」


「ぅぐっ……ありがとうっ……エルフィー、リズ……」


「こちらこそありがとう。話してくれて、ありがとう」


「うん、よくここまで頑張ったね」

 

 メアちゃんが泣き止むまで、その涙を全部、床に落ちぬよう二人で必死に受け止めていた。

 

 しばらくするとメアちゃんの涙も収まり、さっきよりも、初めて会った時よりもとびきりの笑顔となった。

 

「メア、もうだいじょうぶ! もう全部がだいじょうぶになった!」


「うん。そうだね!」


「うん、良かった」


「メアちゃん、今日はこのあと何するつもり?」


「あんまり決めてないけど、いつもみたいにルマとあそぼうかなーって」


「じゃあさ、もし良かったら私と一緒に魔法具作らない?」


「え! いいのか!? でも、あんまりやくにたたないと思うぞ?」


「いいってー! 私も一人じゃまだ何も作れないから!」


「リズっちとは魔法具つくらないのか?」


「リズは魔法具というより魔導書っ子なんだよねー」


「そう。魔導書には無限の可能性があるからね」


「もちろん、メアちゃんが魔導書作りたいならリズの方に行ってもいいよ?」


「いや……エルフィーと魔道具つくるよ!

 というかつくりたい! リズっちはごめんね!」


「私は全然構わないよ。どうせ文字書いてるだけだから」


「じゃあメアちゃん、早速作りに行こうか! リズもなにか出来たらすぐ呼んでね。リズの魔導書楽しみにしてるんだから!」


「任せて」


「メアちゃん? どうしたの?」


「ううん。エルフィー、リズっち、ありがとう!」


「どういたしまして!」

 

 今日は魔創部で友達を作れた。

 ちっこくて、明るくて、可愛い――孤独ヴァンパイア。

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