今日のラッキーナンバーを教えろ

嬉野K

ラッキーだったね

「7という数字に気をつけな」人の少ない道を歩いていたら、ローブをかぶった怪しげな老婆に声をかけられた。「そこの可憐なお嬢さん。あんたに言っておるんだ」

「……私?」可憐なお嬢さんとは……なんとも似合わない呼称だ。「それとも、私になにか取り憑いてます?」


 私に取り憑いている幽霊が可憐なお嬢さんとか。


「いいや。霊の類は見えないね」つまり私のことを可憐なお嬢さんと呼んだわけだ。「いいかい? 7だよ。7という数字はラッキーセブンなんて呼ばれてるが……今日のあんたにとってはアンラッキー7セブンだ」

「へぇ……そりゃ怖いですね」まったく信じていないけれど。「私……名前に漢数字の七が入るんですよ」

「じゃあ……今日はあんた、不幸に見舞われるよ。というより、あんたが不幸を撒き散らす。怖いなら、家でガタガタ震えてることだ」

「残念ながら、今日は用事があるんです」

「どんな用事だい?」

「スポーツ観戦ですよ」好きなスポーツの観戦に行くのだ。「応援してるチームの大事な試合なので……どうしてもみたいです」

「じゃあ、あんたの応援してるチームは負けるだろうね」

「……」そこまで言われると、カチンとくるな。「……あなた、占い師か何かですか? 悪いですけど、私は占いとか――」

「占いではない」老婆は得も言われぬ迫力の目で、「それは今日のあんたの運命なんだ。7という数字、あるいは文字列……それはあんたおよび、あんたの周りの人間を不幸に叩き落とす」


 ……なんだこの老婆は。私は売らないなんてまったく信じてないけれど、気圧されてしまう迫力がある。


 とにかく、このままビビってやるのも気に障る。


「それは残念ですねぇ……じゃあ今日は、7周年を迎えた小説投稿サイトも読めないわけだ。とある理由で777文字の物語が、たくさん投稿されてますからね」


 7周年のキャンペーンの一環でアンラッキー7というお題を提示してくるセンスは好きだけれど。


 ともあれ、今日の私にとって7という数字がアンラッキーならば、その小説投稿サイトも読めないな。投稿することもできないかもしれない。さらば皆勤賞。さらば私の300リワード。


「お話はそれだけですか? バスの時間があるんで、私は行きますね」

「そのバスは……ジャックされるだろう」

「そうですか」


 占いなんて迷信だ。私が信じていなければ関係がない。バスジャックなんて起こるわけがない。今日、私はスポーツ観戦をして、家に帰ってから小説投稿をするのだ。


 そしてバスに乗ってしばらくしてから、思った。


 まったく……


 あの占い師、何者だよ。





「おい」その男は運転手の頭に拳銃を突きつけて、「止まるなよ。そのまま走り続けろ」


 一瞬バスは静寂に包まれた。乗客は私を含めて5人しかいない。田舎町なので、通学時間以外のバスはガラガラだ。


「お前らも動くな」バスジャック版は私達にも拳銃を向けて、「死にたくなければ大人しくしてろ」

「死にたい人は暴れていいんですか?」私の近くに座っていた少年が、いきなりそんな事を言いだした。「全員が希望に満ちて生きてると思わないでくださいね」


 よく見れば、少年の表情は暗かった。未来に希望なんてない。絶望しか感じていない、みたいな表情。目の下にくまがあることを考えると、あまり眠れていないのかもしれない。


「お、おい……」背の高いスポーツマン風の男性が、「あんまり刺激すんなよ……殺されるぞ」

「別にいいですよ」

「お前は良くても俺たちは良くねぇの。大人しくしてな」


 そうして少年は男性になだめられていた。中学生くらいの少年に見えるけれど、世知辛いものだ。


「……なんか変なやつが混じってるようだが……まぁいい」バスジャック犯には言われたくないと思うけど、「お前ら……外部に連絡できるものをすべて出せ」


 というわけで、スマホを奪われてしまった。これでいよいよ小説投稿サイトが見られなくなってしまった。


「よしお前ら」バスジャック犯は私達に向かって、「今日のラッキーナンバーを教えろ」

「え……?」反応したのは、気弱そうな女性。「ラッキーナンバー?」

「ああ。テレビとか朝の占いとか……いろいろあるだろ。それを教えろって言ってんだ」

「……なんでそんなこと――」

「いいから教えろ!」バスジャック犯がイスを蹴りつけて、乗客の数人が体を震わせた。「早くしろ。あんたからだ」

「……えっと……テレビのですけど……8……」


 というわけで気弱そうな主婦から時計回りにラッキーナンバーを公開していく。8、9、1、32……


 ……なんでみんなラッキーナンバーなんて把握しているのだろう。そんなに占いがブームなのだろうか。


「次……お前だ」


 私の番になったので、


「……ラッキーナンバーはわかりませんけど……アンラッキーナンバーは7らしいですよ」

「アンラッキー……?」

「私に言われても……ローブをかぶった謎のおばあさんに言われただけですよ」

「ローブ……」私の言葉を聞いて、バスジャック犯が顔色を変える。「なぁ……お前も出会ったのか?」

「え……?」

「ローブを着てる小柄な老婆だよ。ほら……話してるだけで呪われそうな雰囲気の」

「呪われるかは知りませんけど……まぁ、雰囲気のあるおばあさんでしたね」

「なぁ……」バスジャック犯は私の方をつかんで、必死の形相で、「どこにいるんだ? どこで婆さんと会った?」

「どこって……」この人は、なにをこんなに慌てているんだろう。「少し行ったところの路地裏で……結構時間が経ってるので、もういないと思いますけど……」

「……」バスジャック犯は舌打ちをする。舌打ちしたいのは私なんだけど。「クソ……あの婆さん……」


 そうしてバスジャック犯は私を突き飛ばすようにして離れていった。このままだとやられっぱなしなので、話しかけてみる。


「あのおばあさんと、知り合いですか?」

「知り合いじゃねぇよ……」バスジャック犯は不機嫌そうだった。どうやらあまり老婆に良い印象はないらしい。「そいつに言われたんだ……今日、このバスをジャックしろって。そうじゃないと、死ぬって」

「へぇ……」なんだ、そんな理由か。「……それでバスジャックを?」

「そんな程度の理由で、と思っただろ?」図星です。バスジャック犯は自嘲気味に笑って、「俺も最初はバカバカしいと思った。だけどな……あの婆さんの占い、当たるんだよ。恐ろしいほどにな」

「それはたしかに。私も……私の乗るバスがジャックされるって言われましたよ」


 実は……あの老婆の言葉を受けて、バスを一本遅らせた。時間的には余裕があったので、それでも間に合うはずだった。こんなことになるなら、事前の予定通りのバスに乗るんだった。


「とにかく……占い師のおばあさんに『バスジャックしろ』と言われた……」そこまではわかった。「なら、目的達成じゃないですか。もうおろしてくれてもいいのでは?」

「……最近のガキは度胸があるんだな」これでも最大限に怖がっているけれど。「そういうわけにもいかん。バスジャックするだけじゃ、俺の不幸は終わらないらしい」

「では、なにをすれば?」

「乗客のラッキーナンバーを聞き出す」それからバスジャック犯は私を見て、「あの婆さん、言ってたぜ。1人だけアンラッキーナンバーを答えるやつがいるって」

「ふぅん……」なんとなく答えが見えてきた。「じゃああの占い師のおばあさんは……ただの仕込みだったわけですね」

「は?」

「あなたはおばあさんに言われたから、バスジャックをしたのでしょう? そして私にはバスジャックが起こると予言する……そりゃ予言できますよね。バスジャックをしろといったのはおばあさんなんだから」


 マッチポンプもいいところだ。バスジャック犯を自分で作り出して、他の人にはバスジャックが起こると予言して見せる。なにが占い師だ……って、占い師は私が勝手に言ってるだけだった。


「あ、あの……」気弱そうな女性が言う。「そのおばあさん……私もあったかも……」

「え……?」

「……私も言われました……」

「バスジャックにあう、ですか?」

「いえ……その……今日、死んでしまうって……」ごめんなさい、と女性はなぜか謝る。「占いなんて信じてないから……関係ないと思ってたんですけど……」


 ふむ……あの占い師、適当に予言して回ってるのか。迷惑な人だ……なんて思っていると、


「僕も言われたよ」さっきバスジャック犯に歯向かった少年が、「今日、僕は死んでしまうんだって。まぁ、別に死んでもいいけどね」

「……俺も言われたな……」スポーツマン風の男性が頭をかきながら、「……占いなんて信じてないから忘れてたが……」


 他の乗客も同意する。どうやらこのバスに乗っている全員が、あの占い師もどきの老婆と知り合いらしい。知り合いというより、彼女にあって予言を食らっているらしい。


 その予言の内容は同じ。というもの。私だけはそんな事言われてないけれど……アンラッキー7か……その不幸が呼び寄せた結果かもしれない。その結果私も死んでしまうのかもしれない。


「お前は?」バスジャック犯は運転手さんに銃を突きつけて、「お前は、占い師っぽい婆さんにあったことあるか?」

「……」


 無言だった。怯えて声も出ないのかと思ったが、


「おい、聞いてんのか?」バスジャック犯は銃口を近づけて、「答えないなら撃つぞ」

「撃ったら事故りますよ」口の減らない少年だった。「まぁ、いいですけど」

「じゃあ口を出すな」それももっともだ。「おい運転手……聞いてんのか……」


 言いながら、バスジャック犯は運転手の方を揺さぶる。そして、


「は……?」頓狂な声を上げた。「お、おい……」


 バスジャック犯の呆然とした声。そして私もその光景を見て驚いた。


 肩を揺さぶられた運転手さんが、そのまま倒れたのだ。ハンドルから手を離して、アクセルからも足を離して。


 これでバスを運転している人は存在しなくなった。


 なのに、


「なんで……なんで止まらない……?」バスジャック犯も当然、そのことに驚く。「おい……止まれよ……止まれ!」


 言いながら、バスジャック犯は乱暴にブレーキペダルを踏みつける。


 しかし、


「止まらねぇ……なんで……」バスは止まらない。それどころか、「……スピードが上がって……」


 バスはなぜか加速する。下り坂でもないのに、アクセルも踏んでいないのに、ハンドルは誰も触っていないのに、まっすぐに加速し続ける。


「おい……嘘だろ……?」青い顔で、バスジャック犯は言う。「俺はこのバスで……海に行かなきゃ……」

「海?」……なるほど。「占い師のおばあさんの指示ですか? このバスをジャックして、海に行かないと死ぬって」

「ああ……俺が助かる方法はそれだけだって……」ひどく狼狽しているところを見ると、占い師の言うことを本当に信じているらしい。「なんで……このままじゃ……」


 バスジャック犯含め、その場にいた全員が恐怖を感じていた……いや、あの口の減らない少年だけは落ち着いているようだった。どうやら本当に死にたいと思っているらしい。


 とはいえ、私はまだ死にたくない。しかしバスのスピードは上がり続けている。人や車の少ない道を、とてつもないスピードで走行している。

 窓の外の景色が超高速で流れていく。こんなに速い速度で流れる景色を始めてみた。


 って……なにを私は落ち着いているんだろう。外の景色なんてどうでもいいだろう。見たいスポーツの試合が見れなくて残念なんて思ってる場合じゃない。今は生きることを考えなければ。


 もはやバスの車内はパニックだった。なんとかしてバスを止めようとブレーキを踏んだりレバーを無茶苦茶に操作したりハンドルを回したり……手を尽くすが、バスは止まらない。窓を割って車外に出ようとした人もいたが、どういうわけか窓ガラスはビクともしない。


「死ぬんだ……」気弱そうな主婦が絶望の声音で、「あの占い師……本物だったのよ」


 本物……そうかもしれない。本物の……妖怪かなにかだったのかもしれない。なにが目的で、なにがしたかったのか……それはわからない。なにがしたくて予言なんてしてたのか……それもわからない。


 本当の怖い話なんて、そんなものかもしれない。相手の思惑なんてわからない。ただただ超常的な力に、私たち凡人は右往左往するだけ。妖怪の目的や動機がわかることなんてないのだろう。


 そのままバスは、岩の壁に突っ込んだ。死んだな、と思った瞬間に、私の意識は途切れた。







 そのバスの事故は、ニュースで大々的に取り上げられた。運転手が途中で意識を失って制御不能になったバスが、そのまま壁に突っ込んだと報道されていた。


 そのバスの事故で、唯一生き残ったのが私だ。大怪我はしたけれど、なんとか命は助かった。奇跡の生還とか言われてテレビで特集されるとか言われたけれど、そんなものはお断りした。そんな気分じゃなかった。


 知り合いに言われた。


「ラッキーだったね。7月7日だったし……名前の通りラッキーセブンだ」


 そんなことを言われた。その事故の日が7月7日だったことを、私は事故から生還して、初めて知った。


 ラッキーセブンか……たしかにそうかもしれないけれど、私は逆だと思う。


 アンラッキー7……そうだ。私は……アンラッキーで済んだのだ。他の人は直接的に死の宣告をされていたのに、私はアンラッキーだとしか言われていなかった。


 私はアンラッキーでとどまる運命だったのだ。だから死ぬことはなかった。それはきっと運命で決められていたのだと思う。


 ……不思議な出来事だった。あの老婆は何だったのか、なんでブレーキが効かなかったのか……いろいろと謎がある。いや、謎しかない。その謎はすべて謎のままだ。


 ……本当に怖い話なんてそんなものだろうな。事実なんて都合よく明らかになったりしない。

  

 元気になったら、このお話を投稿してみよう。私の身に起こった、変な話を。


 アンラッキーは、まだマシだ。今回のことで、私は強くそう思った。

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