「真夜中に果実を喰らうアタシ」

@m_y0i_love0x_no

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お気に入りのパン屋の

バナナデニッシュを食べながら、クラナッハの絵画展があることをTwitterで知った。

「クラナッハ展、始まるんだってさ」

「うそ、どこで?行かないとじゃん」

午後十七時を知らせる町のBGMを片耳に

なんて平和な会話なんだ、と思いながら、

他のパンも食べてみる。

アタシたちは大学の同期。

建築学科でデザインを専攻していたこともあって

お互いアートには敏感だった。

足を運んでは作者の伝えたい感情やどんな意図が隠されているのか、なんてことを考えてしまう。特にワタシは全てに意味という価値をつけたがる。


そんなアタシたちは、

カップルという価値を持たない。

流れるままに不思議な愛の形を創っていった。

”夢心地 ”とでも呼称してやろう。

もちろん、一線なんてものは語らずとも引いている。キス以上はない。

身体を重ねることもなければ、

絶頂を超えることも、もちろんない。


夢心地になる少し前、アナタは、

「居たいから、僕はここに居るんです〜」

なんてぬるいセリフを吐いて、アタシの横にいた。

もちろん、毎回横にいるわけではない。

なのに、アナタは何かと辛い時、横に居る。

完璧なタイミングなもんだから、

この人は天使なのかも。それとも神様?と

アタシはいつも疑問に思っていた。

恋愛の悩み相談なんて

ちっともしたことないのに。

そりゃそうか、アタシたちは丸五年、時間というフィルムを巻き上げてきたのだから。

そんなぬるくも甘いアナタの優しさに

手を出しそうになるのをよそに、

アナタには年下の彼女がいた。

そんなワタシにも四年付き合っていた彼がいた。

心地よい夢がワタシを包む頃、アナタは彼女とお別れしていて。

神様のいたずらかのように、アタシも彼との運命の糸が切れてしまった。

そんなタイミングだった。

アタシは夢心地な楽園に招かれ、

酸っぱさのかけらもない、

とても甘く濃厚な禁断の果実に手を伸ばし、

喰らいついてしまった。

だけどそこは、今までのワタシの世界にはなかった楽園みたいなところで。

アタシの求める果実を知っていたかのように

アナタの作る楽園は、心地よくて。

あまりにも自然すぎて不思議だった。

あれ、これ夢かな?と思うほどにね。

楽園には、

シャボン玉のように沢山の幸せが浮かぶ。

浮いた幸せは弾けることなく、誰にも届かないくらい高く昇る。

そうして、ちょっぴり灰色な空に

ふわふわと雲へ溶けていくように、

アタシたちは

夢心地という深い関係になっていった。

そんなことを考え、だらだらと布団の上で

今日というフィルムを巻き上げている。


デニッシュたちを食べ終わる頃には、

十九時を回っていた。

隣で眠そうにしているアナタをみて、

今日もまた

ずっと此処にいたい。

ずっとふわふわ溶けていたい。

と欲深いことを思った。

「アナタは、なにも思ってないの?」

つられて視界がぼんやりしながらも、二人だけの世界でヒトリゴトを小さく呟くワタシ。

夢心地に意味を考えてしまっているんだ。

幸せというシャボン玉が弾けたら

もうこの関係は終わり。

夢が醒めたらどうなるんだろう。


パンを食べていつの間にか

寝落ちしていたようだ。

口と口がもうすぐ引き寄せられる

そんなタイミングで、考えゴトだらけな頭を殴るように、携帯の着信が密かに波打っていた。

ああ、醒めたくない。

このまま醒めたら、心地よいこの楽園を離れて、原罪より重い罰を受けるかも。

そんなこと思わせるアナタは、

アダム? 惑わす蛇? それとも。

何にでもなれるアナタはやっぱりずるいね。

またそんなことを考えていると、

いつのまにか引き寄せられていた口で、

二度目のバナナデニッシュを味わった。

―あまい。あますぎた。いっそのこと

酸っぱいくらいの果実でも食べたい。―

ワタシはまた、変な夢を見ている気がした。


二度寝から目が覚めた。

冷蔵庫の前に寝ぼけた身体を落として、中をあさってみる。

求めた果実は何もなくて、

寝ぼけ眼なアナタに目を向けた。


「この楽園に蛇がいなくても、アタシはきっと、

自分の意思で、

とても甘い禁断の果実に手を伸ばすんだろうな」 と呟いていた。


日付が変わった午後二十五時、

つけっぱなしの小さな間接照明がやけに眩しい。

そんな光の先から、少し前に求めていた ほんのり酸っぱい蜜の香り がする。

ついつい手を伸ばしたくなって、

目を醒ましそうになった。

「起きたの?」

微かにアナタの声が聞こえて、醒めそうになる目をぎゅっと瞑むる。

求めた香りに背を向けてアタシはまた、こんな

真夜中に甘く深い禁断の果実を喰らいつく。


再び波打つ着信になんか気づかず

薄っぺらい布団にまた沈んで、

「さっき、あっちでなんか言ってた?」

「ううん。何もないよ。

外、もう真っ暗になっちゃったね。」

なんて吐きながら。

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