人の隣と気づきの世界
零
第1話
それまでは存在の認識すらしていなかったのに、気づいた途端見えて来るものがある。
例えば、熱っぽいと思っているくらいの段階ではそれほどでもなかったのに、実際に検温して発熱を認識した途端、一気に気怠さが襲ってくるような。
例えば、ある教授の講義中、必ず語尾に「ネ」をつける癖があると気づいて以降、その「ネ」がやたら気になり、何なら他の声より大きく聞こえるようになったり。
何かをきっかけにして、結構容易に世界は感じ方が変わってくる。
自己啓発とか、所謂スピリチュアル界隈でいわれている
「あなたの内面が外界(現実)に反映している」
とか、
「あなたが気付きさえすれば世界が変わる」
とかいう理論。
言いたいことは分かるけれど、正直うんざりもしている。
現実はいつでも不条理で、不平等で、不自由で、無情で、無頓着で、無意味で、そして、驚くほどに冷徹だ。
誰かの理論に踊らされた結果、
悩んで、迷って、泣いて、落ち込んで、凹んで、傷ついて、追い詰められて。
その、繰り返し。
「気付きさえすれば」とか、「内面を整えれば」とか、僅かな希望に縋ってやってきたけれど、
現実は何も変わらない。
という、ただただ残酷な結果を得ただけだった。
否、むしろ悪化したのかもしれない。
私は、大きくため息を吐いて、バイトの制服の袖を通した。
真っ黒で、何の飾り気もない、大嫌いな制服。
隣で、同じ服に着替えている人が居る。
名前も朧気で、顔もよく覚えていない。
生活のためだけにしているつまらない仕事。
人間関係だって、良いとは言えない。
「…らしいよ?」
ぼうっとする頭に、突然声が入ってきた。
「え?」
聞き返しはするが、そちらは見ない。
向こうもこちらは見ていないだろう。
けれど、聞き返されたことは自覚したらしく、もう一度同じ台詞を繰り返したようだ。
「今日から新人が入るらしいよ」
へぇ、と、私は気のない返事をした。
当然ながら、それがどんな人なのか、などということには微塵も興味はない。
「じゃあ、少しは仕事、楽になるかな」
その言葉に、隣の彼女が視界の隅で肩を竦めるのを感じた。
「なるわけないじゃん。どうせ他の誰かがいなくなるよ。」
軽い嘲笑が混じっている。
彼女はため息交じりに、いつもそう、と、言って続けた。
「一人増えるとさ、一人減るんだよね。だから、変わらない。7人のまま」
7人。
数字だけ見ればラッキーにも思えるその言葉。
けれど、そのときの私は、何か、気づいてはいけないことに気づいたことに気づいた。
その気付きが、私にとって幸いだったかどうかは、今となっても分からないままだ。
人の隣と気づきの世界 零 @reimitsuki
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