第9話 洞窟アジトの豊富な物資
「そういやぁ、同志ケムラーは剣の腕前は凄いっすが、銃の方は如何なんです?」
ヴィヒックが訊ねると、彼は右腰のホルスターから大型拳銃を取り出して云った。
「之を愛用しているのですが、残弾が三発しか無くてね」
「其の手の事なら御任せくだせぇ!」
タタモビッチが如何にもリーダーらしく振る舞い、僕とヴィヒックに命令する。
「同志ケムラーに弾と武器を見つくろって差し上げろ! 上等のヤツをだぞぅ‼」
僕等は「了解」と敬礼をし、彼を武器庫に案内した。武器庫といっても、扉の付いた部屋が有る訳ではなくて、洞窟内の奥まった処に纏めて武器を置いてあるだけである。僕等の武器弾薬は結構、潤沢に有る。其の殆どがドイツ軍からの鹵獲品だ。赤軍からの供与品も有るがほんの僅かで、旧式の物が多く、其れも最近になってからの事だという。
アメリカが本格参戦してソビエト政府に資金、物資援助をする前は赤軍正規兵でさえ二人に一丁の銃しかないという為体だったそうで、民間に回す武器など有るはずもなく、初期のパルチザン部隊は狩猟ナイフに斧に鉈に良くて猟銃、果ては骨董品の火縄銃迄、引っ張り出して戦っていたという涙ぐましい有様だったそうである。民間部隊は昔から、武器は敵から奪い取り自力調達するのが習わしなのだ。
彼の愛用する拳銃はFN・ハイパワー。無骨ながらも鮮麗されたデザインで人気の有る自動拳銃だ。装弾数は十三発も入る。ドイツ軍でも別の名称で採用されているので、僕等の武器庫にも数丁有り、予備の弾倉も十個以上は有った。使用弾薬は九ミリ×一九弾で、之も大量に有る。
彼はポケットから自前の空になった弾倉を二つ取り出して、弾さえ頂ければ十分ですと云ったが、何時の間にか後ろに来ていたリーダーが叫んだ。
「そんな、しみったれた事ぁ云わねえで、御好きなモンを持ってってくだせぇよ」
矢鱈と煽り立てるリーダーに根負けして、結局、弾の他に予備の弾倉四つと火炎瓶を一つ、手榴弾二つ、新たなFN・ハイパワー一丁と其の規格に合う肩掛け用のホルスターを受け取った――と云うより持たされた。
「有難う御座います、同志タタモビッチ。きっと役に立つ事でしょう」
得意満面のリーダーに対し、彼の顔は少し疲れていた。申し訳ありません。
僕等が客間と呼んでいる一画に彼を案内すると、セミノロフが紅茶と木苺のジャムに乾パンを持って現れた。リーダーと違い印象の良い気の回し方だな、こうゆう処は本当に上手い男である。
「こんな物しか有りやせんが、どうぞ一息入れてくだせぇ……夕飯には、もっと腹に溜まる物を御出し、しやすので」
「御気遣いなく、居候の身ですので……」
此の言葉に僕等はニヤリと笑う。遠慮は無用、何故なら食糧はタップリと有るのだ。とは云っても小麦粉、脱脂粉乳、砂糖、塩と粉物が殆どで、やはり大した物は出せないのだが、其の代り量の方は保証出来る。
実は三週間程前に、赤軍機甲化中隊指揮の元で近隣のパルチザン部隊が集結し、ドイツ軍の貨物運搬列車の襲撃に成功したのだ。積荷は食糧品と日用品だった。其の戦利品の大半は赤軍の連中が接収していったのだが、其れでも残りの品を各部隊で均等に分け合っても、かなりの量が有ったのが幸いだ。
日用品の配給の際に、何故か僕にタバコとコンドームが支給された。要らないと云ったら、チョコレートに交換してくれた。最初からそうしてほしかった。
そうゆう訳で食べ物の心配は要らない旨を伝えると、「其れでは有難く頂戴致しましょう」と笑顔で云った。此の人、笑うと意外に可愛い顔になるなと思ったが、そんな事を成人男性に云ったら怒られるな。
紅茶を啜りながら、冗談交じりに「君にタバコとコンドームを支給した者の顔を見てみたいな」と云ったので、離れた位置に居たリーダーをそっと指差す。
「成程、彼の個性が大分理解出来てきた」
真顔でそう呟いた。彼がタタモビッチに対して、どの様な分析を下したのか非常に興味がある。後で聞いてみよう。
セミノロフがタバコを揉み消し、立ち上がると彼に向い語り掛けた。
「其れじゃぁ同志。俺はちょいとヤボ用が有りやすんで一端、失礼しやすが、どうぞゆっくりなさってくだせぇ」
「有難う、同志。御言葉に甘えます」
「いやいや、どうぞ御遠慮なく。あの――其れと一つ、御忠告が……」
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