人造人間 ~パルチザンの少年戦士~
綾杉模様
第1話 少年戦士、マルコ・デーメル
僕の体験は何と語れば良いのだろうか。
単なる戦争体験なのか? 其れとも怪奇体験なのだろうか? 未だに解らないでいる。
唯一云える事は――彼等は確かに其の時、其処に居て――今も何処かに居るのだろうという曖昧な事実だけである。
もっと云えば彼等と接触し、其の存在を理解した人達は少ないのだろうけど――彼等は非公式な文献の中に其の痕跡を残し、多くの人々には虚構の存在として己の認識の中に有る事だろう。
中世後期の昔より――今、此の時も……。
僕の名はマルコ・デーメル。
一九三十年――敗戦の影響により壊滅的な経済危機から未だ脱せず、絶望の時代といわれていたドイツ・ヴァイマール共和国に生を受けたユダヤ人である。
此の時代、僕の生まれたドイツ国内では物心付いた時より、希代の魔王と評される独裁者アドルフ・ヒトラー率いるナチス党によるユダヤ人弾圧の恐怖に常に晒されていた。
彼の人により僕等の生きる時代は、世界は混沌の途を疾駆する事となるのである。
其れでも僕の故郷ドレスデンではナチス党の横暴も其れ程では無く、ユダヤ人も其れなりに暮らしては居たのだが――一九三六年のオリンピック以降は燦々たる状況となる。
特に僕の家族親類達は比較的に富裕層であり、其の上ナチス党が定義する処の、訳の分らぬ優良人種とやらの枠に当て嵌る金髪碧眼の外見の為か、様々な嫌がらせを受けていた。
ユダヤ人のくせに生意気だと云われたり、キリスト教に改宗を迫られたり、家屋に落書きをされたり、いきなり殴りかかられる等々の事が日常と為っていく。
日々毎に増していく止まない暴力。現在のドイツは僕等ユダヤ民族の存在理由を根底から否定される始末なのである。
其れだけなら未だしも、あの不条理なニュルンベルグ法が施行されたせいで市民権の剥奪、財産の没収、果ては強制居住区域への連行等々――僕等ユダヤ人はドイツ国内での生活基盤を完全に奪われるのと同義になっていったのだ。
ナチス政権下によるユダヤ人弾圧に耐えかねて、遂に僕等親類一同は他のユダヤの同胞二十人程とで強制居住区からの脱走という、命懸けの逃亡を決行する事となったのである。
亡命先には幾つか候補が有ったが、何処に行くとしても僕等は地理的に東へ向かう選択しかなかった。其の為には既に戦乱の最中にあり、地域により違いは有るそうだが、ユダヤ差別が根強く残るソ連領内を通り抜ける危険を冒すしかない。
艱難辛苦の末に如何にか目的地の港に後一歩の所迄、迫った途中――其の地に駐留していたドイツ軍、ナチス親衛隊の小部隊の手により、五十人から居た同胞達は僕を除いて皆殺しにされてしまったのである。
逃げ惑う僕等に容赦なく降り注ぐ機関銃の弾雨に晒される中、父と母は僕に覆い被さり銃撃から守ってくれた。其の余りにも凄惨な現場に僕は耐え切れずに気絶していた。其の為に死体と勘違いされて、僕一人だけ奇跡的に一命を拾う事となったのである。
以来、一人生き残った僕は此の地に留まる決意をし、此の地で対独戦線に従事するパルチザン部隊(一般民衆で組織した非正規軍の遊撃隊)、『黒い鼬』に加入させてもらった。
此の部隊は矢張り僕と同じ様にナチス・ドイツ軍によって家族を奪われた老若男女、合せて四十名程の集団である。
皆、同じ境遇であるので君の気持ちは良く解ると云われ、闘う意思が有るのならばと、ユダヤ人の子供である僕を快く仲間に加えてくれた。
唯、僕程の年少者は他には居なかったが、別の部隊では君よりも幼い者も闘っているぞと聞かされて少し勇気が出た。
そうだ、今日からは僕も戦士となるのだ。パルチザン部隊、黒い鼬の一員に――パルチザンの少年戦士となるのだ!
僕の親類一族を虐殺した部隊はナチス親衛隊、特殊科学部隊という連中だとの事で、指揮官の名はヴィルヘルム・ヘッシュ少佐。科学部隊と銘打つだけあって、何やら怪しげな人体実験を行っているとの噂が有る、かなり異質な部隊だと云う。
一緒に逃げていた僕の同胞達の何人かは、奴等に捕まり連れて行かれたと聞いたが、其の後の安否は分かっていない。残虐な実験の果てに殺されてしまったのかと思うと、腸が煮え繰り返る。
そして其のイカレた部隊の駐留地は強力なドイツ陸軍、機甲化大隊の陣地裏手に有り、容易に手が出せないという事も知らされた。
しかし僕はどんな事が有ろうとも必ず此の憎き敵、ヴィルヘルム・ヘッシュ少佐を倒してみせる。例え、其の代償として此の身が砕け散ろうとも。
優しかった父さんと母さんは、こんな僕を叱るかもしれない。でも、僕は止まらない。
一九四三年の秋――僕の闘いは始まった。
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