図々しい女と銭湯でばったり会ってしまう話

川木

ラッキーナンバー

 ラッキーセブンと言う言葉がある。日本語なら末広がりの八が縁起がいい、みたいなものだろう。特別意識して生きてないけど、ロッカーの鍵を渡されて77だったのて、お、ラッキーセブンだな。と思った。

 今日は銭湯に来ている。家に入浴施設がないわけではないし毎日体は洗っているけど、シャワーしかないのでたまには足が伸ばしてゆっくり湯船につかれる銭湯に来たくなるのだ。


 大学から近くて安い、一応リフォームされた元風呂無しアパートは安普請で、シャワー音も隣に聞こえるからあまりゆっくりできないのが現状だ。

 気の合う隣人なら示し合わせることもできるし、物音をたてるのにそこまで気を使わなくていいだろうが、最悪なことに隣人は気の合わない女なので。


「ふんふーん」

「あっ」


 ロッカーを開けて着替えようと鞄をいれ、服を脱ぎだしたところで隣から嫌な声が聞こえた。振り向くと案の定、隣人がいた。同じ大学で学部も同じで活動範囲も友好関係も近くてそこそこ顔をあわせる女だ。そこまで来れば仲良くなってもおかしくないはずなのに、妙に馬が合わず顔を合わせるたびに揉めてしまう仲だ。


「げー、加藤、なに。こっちこないでよ」

「は? あんたが私の行く場所にいるだけでしょうが。どいてよ。私78だから」

「私77だから」


 半身だけ引いて78側をあける私に、加藤は嫌そうな顔をしながら乱暴にロッカーを開けた。


「はー? たまたま隣とか、そこそこ空いてるのになにそれ、せまー」

「私が決めたんじゃないし。もー最悪。ラッキーセブンだと思ったのに、加藤が隣とかアンラッキーセブンだよ」


 仕方ないので隣り合って服を脱ぎながら、言っても仕方ない文句を言ってくるうっとうしい加藤に顔をしかめる。

 ただでさえ隣の加藤とはお風呂時間がダブりがちで、私と加藤の部屋は対照的になっていてシャワー室同士が壁越しなので同時に入ってお互いのシャワー音がめちゃくちゃ聞こえて気まずいんだよね。だから加藤と一緒にお風呂はまじで気が重いのは私だってそうだ。後から来て文句を言うとか最悪。


「私のセリフだし、私だってラッキーセブンに末広がりでめっちゃ縁起いいと思ったらこれだし」

「私のセリフとらないでよ」

「とってないし。アンラッキーセブンとか、うまく言えたつもり?」

「うっさいなー。私先行くから」


 さっさと服を脱いでタオルを持って私は加藤を置いていく。髪を結びながら中に入る。加藤のことは忘れよう。

 椅子と桶をとって洗い場に置いてシャワーで流して座る。洗顔をしていると隣にかーんと乱暴に桶がおかれる音がした。


「……」


 シャワーボタンを押して流して横を見る。銭湯は利用客が満員には程遠い半分くらいで赤の他人が隣に座るわけがない。案の定、加藤だ。


「ちょっと、なに?」

「あのさぁ、この流れで全く無視するのも不自然っしょ。折角だし、普段私のシャワータイム邪魔してるんだから、背中くらい流してよ」

「はー? 図々しいなぁ。うざ」


 と一蹴したものの、珍しくこの女から歩み寄ってきたのだ。加藤は何かと喧嘩腰なのでついつい私もツンツンしてしまうけど、隣人なので仲良くなるにこしたことはない。むしろここで恩を売ることは入浴時間をずらしてもらうこともできるかもしれない。

 それによく考えたら、加藤と同じシャワータイムでめちゃくちゃ気まずいのはお互い仲良くないからだ。一緒にお風呂にはいってしまえば、音が聞こえるくらい気にならなくなるのでは?


 私は自分用に泡立てていたタオルを手に、椅子ごとずらすようにして加藤の後ろを陣取る。


「順番だからね」


 と言う訳でリクエスト通り背中を流してやることにした。


「えっ、ま、まじでするの!?」

「は? ちょっと、梯子はずすとか許さないからね。ほーれ、かゆいところはございませんかー?」

「ちょっと、ははは!」


 この間の飲み会で加藤が脇腹が弱いのは知っている。ついでにちょっとくすぐってやると面白いくらい反応してくれた。


「こ、この!」

「うわ! やめろ馬鹿! ぅはははっ」


 ちょっと楽しんだだけだと言うのにガチでキレたようで加藤は泡だらけで強引に振り向くと正面から私の脇をくすぐってきた。さすがにそれは反則!


 通りすがりのおばちゃんに怒られるまでくすぐりあいになってしまった。全く、加藤と居るとこういうことにになるんだよ。


「加藤のせいだからね。ちゃんと私の背中も流してよ」

「もう、うるさい。睨まれてるんだから静かにして」

「はー? もう、次会ったら二回流してもらうからね」

「さすがにそんなには汚くないから自信もっていいよ」

「連続じゃないっての」


 まじでこいつ舐めてる。何だかんだ同時に終わったので湯船につかる。最初はノーマルの湯船から、と言う思考は同じらしい。話をすると合わないのだけど、何だかんだ趣味趣向が似ているのだ。好物も一緒だし。

 ……待て、ということは。この後一つしかないジェット湯に入るのも同じなのでは?


 はっとして横を見る。加藤と目があう。警戒したような顔をしている。さっと立ち上がり振り向いて隣のジェット湯の手すりを掴む。ぱん! と音がしてその隣に加藤の手がある。


「私の方が早かったでしょ」

「全然私の方が先だったし、ていうか加藤さ、さっきのこと悪いと思ってるなら譲るよね?」

「何で私が悪いと思ってるのかわけわからないんだけど。そっちが先にくすぐってきたんでしょ」

「背中を流せって自分が言ったんでしょうが」

「……」

「……」


 駄目だ。大人しく言葉で分かり合える気がしない。こうなったら仕方ない。


 私はサウナを顎でさす。眉をしかめた加藤は仕方なさそうに息をつき、私たちは同時に手を離した。








「ばっかじゃないの! サウナ苦手ならそう言えばいいでしょ」

「う、うるさい」


 この加藤ときたら、なんて意地っ張りなんだ。普通サウナで倒れるまではいるか? いやそもそも、五分でそんなフラフラになることがまずそんな苦手な人いるって感じなんだけど。

 この加藤ときたら、まだ五分と言うのになんか全然話しかけても反応ないし、さすがにちょっと心配で大丈夫? と肩を叩いたらそのまま反対側に倒れたのだ。

 ふらついただけって言ってるけど、これは放置できないので強引につかんでサウナをでて、私は露天コーナーのリラックスチェアに加藤を寝かせてあげた。

 水でつめたくしたタオルを頭にのせて冷やしてやる。


「……ちょっと、だからこういう、素直にお礼言えないことしないでくれる?」

「は? お礼は言えよ普通に」

「顔にまで濡れタオルのせて殺す気?」

「自分で苦しくなる前にめくればいいでしょうが」


 あまえんなよ。加藤は私を睨みながらゆっくり起き上がった。


「もう大丈夫なの?」

「ん、ちょっと貧血みたいにふらついただけ」

「ならいいけど」


 結果だけ見たら私が勝ったわけだけど、さすがにこの結果では言いにくいし、今からジェット湯の気分でもない。


「露天入るけど」

「ん、私も行く」


 そのまま露天に入る。露天と言っても街中なので景色が見えるわけでもなく、高い壁に囲まれていて屋根も半分ある。湯船の上だけちょっと空が見えるだけだ。それでも湯船につかって上をみると夜空が見えると言うのはいい気分だ。六月は昼間はそこそこ暑いけど、夜はほどほどに涼しさもあるので露天はちょうどよく気持ちいい。


「ねぇ、加藤」

「なに?」

「これからお風呂の時間ずらしてくれない?」

「いやだけど。私は晩御飯食べたらすぐお風呂にはいってパジャマでゆっくりしたい人なの」

「私もそうなんだけど」

「あ、そう」


 そう、じゃないんだよ、さっき助けてあげた命の恩をもうわすれたのか、若干マッチポンプな気がしないでもないけど。


「加藤だって隣でシャワー浴びられると気まずいでしょ」

「気まずいとかより、まず普通に声に出して歌うたうのやめてくれない? 百歩譲って歌詞覚えてないのに適当にごまかすのは気になるからやめて」

「こ、こいつ、まじで腹立つんですけど」


 普通に音が聞こえると気まずいから頑張って音姫ならぬセルフ姫をしてやってると言うのに、人の気遣いに気づかないどころか努力を否定しやがった。

 そんな風に思ってたとかまじでないわ。明日からのシャワータイムが恥ずかしくなるだろ! ほんとにもう今日のお風呂最悪だわ。


「あーあ、これから7はアンラッキーナンバーに決定だわ。アンラッキーセブン」

「アンラッキー気に入ったの? ていうか、普通に7は私のラッキーナンバーだから。ラッキーセブンは私のだから」


 いや数字を独り占めするな。ものすごい我儘を言い出した加藤に、どんな顔をしてるんだか見てやろうとしてちらっと見る。湯船につかっていることで頬を赤くしてとろけた油断しかない顔をしている。


「……」


 こんな風にキツくない、怒ってない、文句をいってない、睨んでない、そう言う顔をしっかり見るのも久しぶりだ。いかにも真面目そうに長い髪をきちっとお団子にしているのも、普段と違う印象を強調しているのかもしれないけど。


「なんでラッキーナンバー7なの?」

「誕生日が七月だから」

「しょーもな」


 なので穏やかな気持ちで流してあげたけど思った以上にしょうもない理由でラッキーナンバー決めてる。私と同じ理由なの草。ほんとこいつ、私と発想同じすぎなのなんなの。


「いいでしょ」

「いいけど」

「……」

「……」

「……ちょっと、七月が誕生日って言ったんだけど」

「あ? 聞いてたよ」

「だったら何日誕生日か聞いてよ。もうすぐ七月になるのに」

「はー?」


 なんだこいつ、私に誕生日を祝われようとしてるじゃん。はー、こいつ。


「何日生まれなの?」


 めんどくさくなったので聞いてあげることにした。というか、お風呂場で裸でこれ以上揉めるのもめんどくさい。


「七月七日。だから7は私のラッキーセブンなの、わかったら7をディスらないで」

「はいはい」


 はい、じゃあこれから私にとって7はアンラッキーセブンになりました。決定です。


「じゃああと二週間くらいか。覚えちゃったし、しゃーないからお祝いしてあげるけどなにがいい?」

「え、いいの?」

「この流れで白々しいな」

「じゃあ、宅のみしない? そっちの部屋だとどういう感じか気になってたの」

「それが狙いか。いいけど」


 気に入らない加藤とはいえ、人の誕生日はいい飲むきっかけになる。それに気が合わないけど、別に嫌な奴ではないし嫌いでもない。おめでとさんと言ってあげるくらいは訳ない。

 けど、宅のみだと二人きりか。普段は複数人だから多少揉めてもあれだけど、うーん、まあ、いいか。隣なんだからもめたら追い出せばいいだけだし。


 こうして裸の付き合いをした結果、私と加藤はちょっとだけ歩み寄るのだった。

 これによってシャワーの時間がだぶった時もこの時のことを思い出して、まあ同じようにこの後ゆっくりしたいんだし、とちょっと思えるようになった。


 この後、七月七日、加藤との関係がまたさらに変わっていくとか、この時の私は想像もしないのであった。

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