第4話 知ってる

 かえる様は「はい、これでできたよ。」と言ってくれたが、あかりには何の変化も感じれれなかった。本当に他の人から見えなくなったのだろうか。


「本当に大丈夫?」

「僕の色が変わったでしょ。これが目印。」


言われて見ると、かえる様は薄いピンク、桜の花びらのような色になっていた。カワイイ。


かえる様を信じて、あかりは堂々と授業中の教室に入ってみたり、教頭先生が居座る職員室に入ってみたりした。誰にも気づかれない。


なんだこれ、楽しい。


あかりはうっかり本来の目的を忘れそうになった。


 この小学校が創立80周年の時に、校庭の隅に記念館が設立された。体育館の半分くらいの大きさのその建物は、あかりの時代にはほとんど使用されていなかった。足を踏み入れるのは、しまわれている昔の道具を学習で使う時くらいだった。


その記念館に足を運んでみると、以前記念誌で読んだ通り、あかりの母親の時代には図書室として使われていた。


司書教諭にばれないよう、あかりはそうっとドアを開け一通り中を見て、またそうっと出て行った。





 何の手掛かりもないまま給食の時間まで終わってしまった。腹の虫がぎゅるぎゅる鳴るので、あかりは慌てて人気のない屋上へ続く階段へと駆け込んだ。あかりは後から気付いたのだが、学校の怪談噺の「屋上のお腹を空かせた幽霊」は恐らく自分が元になっている。


「やっぱりママに聞くしかない。昼休みが勝負だ。かえる様、元に戻して。」


あかりの言葉にかえる様は頷いた。


「がんばって!」


右前足でガッツポーズをするかえる様の色は、緑色に戻った。





 昼休み、校庭でどろけいをする6年生の集団にあかりは近付いていった。しかし、母親の姿は見当たらない。6年生によると母親は保健室にいるとのことだった。


 保健室の場所はあかりの時代とは違ったので、たどり着くまで少し時間がかかってしまった。ダメもとで養護教諭にお見舞いだと伝えたところ、案外すんなりと通してくれた。


「菜々美ちゃん、ちょっといい?」

「はあい。」


カーテンの中から少し眠たげな声が返ってきた。あかりはそっとカーテンを開けて、ベッドわきに立った。菜々美の姿は、入院中の母親のそれと被った。


「あ、あかりちゃん。さっき会ったばかりなのに、わざわざ来てくれたの?」


菜々美は嬉しそうに笑顔を浮かべて上半身を起こした。


「うん。さっきは仲間に入れてくれてありがとう。菜々美ちゃん、今日調子悪いの?」


菜々美の顔からは笑顔が消えた。俯いて布団をぎゅっと握った。


「今日…だけじゃないんだ。時々どうしても立っていられなくなって気持ち悪くなっちゃう。お医者さんには、もう体質だからどうしようもないって言われてて…。ってごめんね。あかりちゃんにこんなこと言っちゃって。なんだかあかりちゃんって初めて会った感じがしないんだよなぁ。」


弱々しい言葉があかりの胸に突き刺さり、思わず力強く反論してしまう。


「そんな…きっと大丈夫だよ!さっきもすごく足速かったじゃん。」

「でも…病院から帰った後、お母さん泣いてたの…。私がいない間にお医者さんと二人で話してたから、何か良くないこと聞いたんだと思う。」


菜々美は、少し自嘲的な笑みを浮かべた。


「私、死んじゃうのかな、なんて…。」


笑っているのは口元だけで、菜々美の目には涙が溜まっていた。あかりはやりきれない気持ちになった。


「大丈夫!マ…菜々美ちゃんは死なない!だって私は…!」


未来から来たから、と言おうとしたが口が動かなくなった。声も出ない。かえる様がきゅっとあかりの服を掴んで警告していた。そういうことは言ってはいけない、ということらしい。


「理由は言えないけど、とにかく私は菜々美ちゃんが元気に生きるのを知ってる。だから、そんなこと言わないで。ってごめんね、こんなこと言われても、意味わかんないよね…。」


あかりのことを目を丸くして見つめていた菜々美が、ふっと笑みをもらした。今度は目元も笑っている。


「確かに意味わかんないけど…あかりちゃんが真剣なのは、わかるよ。ありがとう。」


その時ちょうど、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。養護教諭がベッドを囲むカーテンの隙間から顔を出して、菜々美に体調はどうかと聞いた。


「お見舞いに来てもらって元気になりました!戻ります。」


菜々美は「またね!」とあかりに言って、教室へ戻って行ってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る