大殿荘の夕暮れ

Aiinegruth

第1話

登場人物


大殿おおどのエニシ――双子の姉

大殿おおどのユカリ――双子の妹

柳戸一馬やなぎど かずま――肉屋のお兄さん

コロス1

コロス2


 ・・・


 溶明

 舞台中央には幼いユカリ。必死で叫んでいる。


 ユカリ:お店なくすってどういうこと! 人手が足りない? そんなの雇えばいいじゃん! あたしが次の女将さんをやるよ、旧い設備だって、みんなで頑張って替えればいい! おじいちゃん、おばあちゃん、そうでしょ!


 溶暗

 溶明


 奥にホリゾントが降りている。

 舞台中央にはこたつ、下手側には仏壇。

 エニシとユカリ、こたつを囲んで話している。

 エニシ、小さな声でユカリに耳打ち


 ユカリ:うぇえええええええ、お姉ちゃんも彼氏作んの!?

 エニシ:デカいデカい! 初デートなんよ、明後日

 ユカリ:ヒュー! 

 エニシ:ヒューじゃない

 ユカリ:ついにお姉ちゃんにも羽搏くときが!(鳥の物真似をしながらこたつから出る)

 エニシ:リアクションでか

 ユカリ:(エニシに急に近付いて)だれ?

 エニシ:近っか

 ユカリ:だれ、だれ、だれ誰?

 エニシ:えー

 ユカリ:言わないとお姉ちゃんの秘密ばらすよ

 エニシ:だれに

 ユカリ:(客席に向かって)みなさーん、お姉ちゃん後期の選択必修科目の単位全部――

 エニシ:わー!! 何故か危機感が!! わー!!

 ユカリ:で、誰

 エニシ:仁崎ひとさきくん

 ユカリ:あー、大学の同期の?

 エニシ:うん

 ユカリ:170センチくらいの身長で、染めてない黒髪の?

 エニシ:うん!

 ユカリ:成績は中の上、頼まれたことはそんなに断れないお人好しの?

 エニシ:えへへ♡……

 ユカリ:(沈痛な面持ちで)うわぁー、くっそつまんね趣味悪

 エニシ:聞き取れたぞ

 ユカリ:うわ

 エニシ:うわじゃないでしょ

 ユカリ:だって、あいつ山口県民だよ、考え直さない?

 エニシ:は、何で? いいじゃん、私たちと同じなんだし

 ユカリ:ダメダメ、あたしたちは大学で県外の男作って、この限界プリフェクチャーを抜け出すの

 エニシ:脱出の仕方が前時代的

 ユカリ:手段は問いません!

 エニシ:えー

 ユカリ:山口県民はみんなダメです

 エニシ:強く出すぎじゃん

 ユカリ:漢字にしたら区別がつかないねーって子を作るとか、双子で

 エニシ:パパとママ

 ユカリ:明治維新150周年をおでこに張って練り歩いてるから、逆に150年間何にもなかったこと


 コロス1&2(下手から登場して):もろバレー!


 エニシ:うわなんか出た


 コロス1&2下手へはける


 エニシ:帰ってった

 ユカリ:山口にいても遊ぶところがない、国際的な(流暢に)intelligenceも得られない!

 エニシ:下関とか

 ユカリ:そこは福岡です

 エニシ:岩国にはアメリカのひとも

 ユカリ:広島です

 エニシ:もう人口三割くらい消えたが

 ユカリ:ほかにも、「山口県民は山口弁が方言じゃないとおもっちょるらしいよwww」で笑える非常に感性の哀れな人たちばかりが住んでいます

 エニシ:ひえー、これ妹じゃないんで神様どうか生きづらくしないでください

 ユカリ:それにもちろん田舎!

 エニシ:空気綺麗でいいじゃん

 ユカリ:全ての流行はあの澄み渡った青空を駆け、広島空港から福岡空港に着陸します

 エニシ:それはだいぶつらい

 ユカリ:県北にはほんと森しかない

 エニシ:はぎは辛うじて都市

 ユカリ:津和野つわのもそうですね

 エニシ:島根を侵略すんな

 ユカリ:ふぐなんてクッソ高いものが地元の人間に食べられるか! 我々山口県民はアルプスの水をコップにつめる村の少年です

 エニシ:グローバルに喧嘩を売るな


 コロス1&2(下手から登場して):We are the world♪


 エニシ:帰って


 コロス1&2とぼとぼ下手へはける


 エニシ:で、何で今日こんな感じなの

 ユカリ:は?

 エニシ:私のことも含めてめっちゃ突っかかってくるじゃん、何かあったんでしょ

 ユカリ:ないし

 エニシ:あった

 ユカリ:ないない

 エニシ:あるある、姉には分かる

 ユカリ:山口県の観光地と同じくらいない!!

 エニシ:いろんなところに点在してるってことじゃん

 ユカリ:(暴れて)うにゃー!

 エニシ:(止めながら)やーめなさい20歳にもなって!

 ユカリ:……振られたの

 エニシ:振られた

 ユカリ:――東京の男だと思ってたら美祢みね市の男で

 エニシ:都市から未開の地じゃん

 ユカリ:付き合って7日で振られたの、そいつも都会に行くって!

 それに、7日(笑)

 ユカリ:一週間で神は世界をつくります!


 コロス1&2(下手から登場して):We are all a part of Gods great big family. And the truth, you know,Love is all we need――


 ユカリ:We are the world!! We are the Children‼ We(噎せて)げっほがっほ


 コロス1&2 すっと下手にはける


 ユカリ、噎せている。

 エニシ、近付く。

 少しの間が開いて、ホリゾントに夕暮れの赤色が投射される。

 

 ユカリ:お姉ちゃん、みんな居なくなってく

 エニシ:そうだね

 ユカリ:卒業したら、県外に出る

 エニシ:私たちもでしょ

 ユカリ:こんな古くて、どうでもいい旅館になんか、誰も来なくなる

 エニシ:継がないってずっと前に決めた

 ユカリ:おじいちゃんとおばあちゃんは

 エニシ:今日四十九日だったけど

 ユカリ:安心させてあげられなかった

 エニシ:そういう意味じゃ私の独り勝ちかも

 ユカリ:でも山口の男っちゃね

 エニシ:うわ、なまりウっざ


 そこへ、ピンポンチャイムの音が鳴る。照明戻る。

 上手から声


 一馬:(声)まいどー! 夜開店用の追加注文の食材でーす!

 エニシ:(走って受け取る)柳戸やなぎどさんありがとうございます


 エニシ、ユカリに荷物を渡そうとする。

 ユカリ、ケータイをチェックしたあと、それを両手で抱えながら下手へはける。


 ユカリ:よし、先行って開けてるね。パパももうすぐ帰ってくるみたい

 エニシ:うん


 エニシ、部屋をぐるっと見回して、いつもの笑顔を作り下手へはける。


 エニシ:はーい、大殿荘おおどのそう食堂しょくどうです。2名様ですか、こちらの席へどうぞ


 陽気なBGM 溶暗


 幕






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大殿荘の夕暮れ Aiinegruth @Aiinegruth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ