3.別人

「あれは、俺の親父の物や。ってどういう事なんや?」

林刑事が、弘とマスターを交互に見て尋ねた。

弘が、マスターに尋ねた言葉と同じだった。

マスターが、喋ろうとするのを弘が遮って、説明した。

ただし、説明は、したが、全て想像だと付け加えた。


「そうか。実は、」

林刑事が、谷岡の素性を話した。


谷岡は、隣県の眉山市出身で、四年前、大学を卒業した。

保険会社へ就職し、栗林支店に勤務している。

新人の頃は、毎日出社していた。

営業成績は優秀だった。

現在は、毎日、出社する事もあれば、一週間に一度、出社する場合もある。

比較的、自由に営業活動をしていた。

営業成績さえ良ければ、出社時間に拘束されない。

もっとも、営業成績が、ずっと悪ければ、会社には必要なくなる。

勤務する事が出来なくなる。


店の入口の鈴が鳴った。

ツヨシだ。

五十代くらいの男と一緒だった。

ツヨシは、「卒展」の片付けを手伝っている。

どうやら、美術部の安達さんに、頭が上がらないようだ。

もしかすると、ツヨシは、安達さんに好意を持っているのかもしれない。


「こちら、松本さんです」

ツヨシは、男を紹介すると、また出ていった。


松本は、栗林大学のOBだ。

「卒展」の四日目に訪れた男だ。


松本は、その日、久しぶりに、栗林市に来て、アーケード街を歩いていた。

ふと、美術館通りを見ると、栗林大学のパネルが架かっていた。

母校の「卒展」をやっていた。

松本には、美術部に友達がいた。

懐かしくなって、画廊へ立ち寄った。

ずっと、絵を見て回っていた。

そして、「八ツ手」を見付けた。


購入を申入れたが、既に先約があった。交渉するにも作者が来ていない。

そういう事情で、断わられた。

最終日に再度、来てみればどうかと提案された。

だから、来てみた。

もう、時間は過ぎていたが、事情を説明すると、部屋へ招かれた。

片付けをしているので、待つように頼まれた。

それで、ツヨシが「砂時計」に案内した。

「美術部の友達って、だれですか」

弘が尋ねた。

松本の友人は、辻󠄀井さんという、美術部の女子部員だった。

辻󠄀井さんは、一年生の頃から、同じ大学の学生と付き合っていた。

二年生の初め、美術部の谷岡が、強引に辻󠄀井さんを口説いて言い寄った。


「えっ!谷岡?」

林刑事が思わず云った。

弘は、林刑事の目を見て制した。

「ごめんなさい。続けてください」

弘が松本に、先を促した。

「はい。えぇっと」

松本は、思い出したように、話しを続けた。


女子部員は、谷岡から嫌がらせをされるようになった。

女子部員は、退部を考えていた。

松本は、間に入って仲裁に苦労していた。

よくある、三角関係で揉めていた。

松本は、谷岡の説得に努めた。

そして、やっと、谷岡は、その女子部員を諦めると、松本に伝えたのだった。


「なんで、あの絵。だったんですか」

弘は、松本に尋ねた。

「あれは、谷岡の絵や。だから谷岡に戻してやろうと思ってなあ」

谷岡とは、色々あったが、最後には、分かってもらえた。

松本が答えた。


また、店の入口の鈴が鳴った。

美術部の白木さんが、店に入って来た。

「ごめんなさい。やっぱり、宮崎さんが来ないので、あの絵は、お渡し出来ません」

白木さんが、松本に云った。

もし、宮崎が戻ったら、用件を伝えるから、松本の連絡先を教えるように頼んだ。

「いや、それなら、構いません」

松本は、そう断って、席を立った。


「谷岡で間違いないやろな」

林刑事が、そう云って、席を立った。

昔の事件の記録を調べる。と云って店から出て行った。


「すみません。また来ます」

弘は、マスターに云って、席を立った。

また、店の入口の鈴が鳴った。

ツヨシだ。


「こちら、OBの松本さんです」

つい、半時間程前に、ツヨシが紹介した松本さんとは、別の松本さんだ。 

先程の松本と、単に同姓というだけだろうか。


その後ろに、若い男が立っている。

「こちらが、宮崎さんです」

行方不明だった宮崎が見付かったのか。

「ご迷惑をおかけしました」

宮崎が、謝った。

松本が説明を始めた。

「卒展」の初日、「砂時計」へ入る谷岡の次男を見かけた。

若い男と一緒だった。

向かいの画廊に、「卒展」のパネルが架かっている。

松本は、後を追って「砂時計」へ入った。

ちょうど、二人の後ろのテーブル席が空いていた。

どうやら、谷岡の次男は「八ツ手」を若い男から購入しようとしていた。

二人が喫茶店から出た後、若い男が画廊から出て来るのを待った。

谷岡の次男の事は、知っている。

なんとなく、状況が分かった。

あの若い男が画廊から出て来た。

松本は、若い男に声をかけて、話しをした。

その足で、松本は、宮崎を飲みに連れて行った。

あの「八ツ手」の事を説明した。

松本は、宮崎に、正直にみなに打ち明けて、謝るように説得した。

宮崎は、衝撃を受けていた。

翌朝、松本は、宮崎を自宅へ連れて戻った。

学校へも美術部へも行く勇気がなかった。

宮崎は、松本の家で、谷岡が殺された事を知った。

松本は、一日、谷岡の母親の所で、忙しくしていた。

夕方、帰宅して、宮崎を促し、画廊へ連れて行った。

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