不思議な貸本屋 ⑥(KAC20236)
一帆
7という数字
ここは貸本屋せしゃと。
上水べりの緑道から少し入ったところにある大きなお屋敷の蔵を改造した貸本屋なのだけど、キツネや鬼の子が絵本を借りに来る不思議な貸本屋。
貸本屋の龍之介さんに薦められて読んだ坂口安吾の『桜の森の満開の下』(立東舎 乙女の本棚)を返しに来たところ。乙女の本棚シリーズは、イラスト可愛さにいくつか札幌の実家にある。絵本は大好きだけど、いわゆる文豪(夏目漱石とか、太宰治とか)を読まない私に、母さんがこれなら読めるんじゃない?って買ってきてくれたシリーズ。
(いくらイラストが可愛くても、やっぱり、怖かった)
満開の桜を見るたびに、ぞわぞわってしてしまいそうだ。つねたくんたちと見た桜姫の舞の美しさの上に、桜の狂気が上書きされていく。
でも、よかった。
もう、上水べりの桜は葉っぱばかりで、花びらはない。ここは、ラッキーと思わなきゃ。
貸本屋の中にはいろうとすると、生臭い匂いが蔵の奥からかすかに匂ってくる。いつもなら、蔵の真ん中で絵本を読んでいるうらちゃん(鬼の女の子)もいない。代わりに、誰かが龍之介さんと話をしている。龍之介さんの向こうにいるから誰かまではわからないけど。
(誰だろう……? お客さんかな……。だったら、少しここで待った方がいいかもね)
その声は大きくて、蔵の入り口に立っている私のところまで聞こえてきた。
「龍之介さんよぉ。わしゃ、もうだめじゃ……」
「らしくもないな」
「人間にとっては7という数字は不運の数字だろ? な? な? な?」
(何言ってんの? 7は一般的に幸運の数字)
私は龍之介さんで見えない誰かに心の中で答える。
(まあ、私にとっては不運な数字だけどね。母さんがラッキー7なんだから合格間違いなしよねと言った大学は落ちたし。それに、あいつの誕生日も7日だった。もう、思い出したくないけど)
「……」
「だから、アンラッキー7というのじゃろ? じゃろ? じゃろ?」
「……」
「だから、数字がいっぱいぐるぐるしている場所に行ってな、すべての数字を7にして止めてやったのだ。そして、人間が自分の不運を嘆くさまを見て、笑おうと思ってな……」
「……」
(数字がぐるぐるって……、それって、もしかして……パチンコ屋さん?)
「大きな音とチカチカまぶしい光を出す機械が壊れて、銀色の玉が次から次へと出たのはよかったのだが……、人間たちは満面の笑みを浮かべて『よっしゃー』とか叫びおってなぁ……。のう。龍之介さんよぉ、わしの何が悪かったのだろうのお……」
「まあ、いたずらはほどほどにしろということだろう。なっぱ。お気に入りの長谷川 摂子 『おっきょちゃんとかっぱ』(福音館書店)を再貸出するから、そんな気落ちするな」
「そ、そ、そうか……? じゃあ、これで、頼む」
気配がひゅんと消えた。龍之介さんは立ち上がると、私の方に振り向いた。
「返却か?」
「そうです。今のは?」
「多摩川に住む河童だ。それで、今日は何を読む?」
「そうですね…………」と山になっている本をチラチラ見ながら悩んでいると、龍之介さんが声をかけてきた。
「京極夏彦の『えほん遠野物語 かっぱ』( 汐文社)とかはどうだ?」
「それは遠慮します」
絶対、龍之介さんのおすすめには乗らない。この前で懲りたからね!
おしまい
不思議な貸本屋 ⑥(KAC20236) 一帆 @kazuho21
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