第9話:女神の神殿
「浄化の……旅?」
別の部屋にはさっきまで礼拝堂にいた神官たちが、みーんないた。
なんかちょっと疲れた顔をしているのは、きっと気のせいじゃないはず。
そこで聖女の役目ってやつを聞いた。
「古の神々の戦いで破れた悪しき神は、倒れてなお、世界を破滅に導こうとしておる」
「具体的に言うとだね、悪しき神の肉体から瘴気が溢れ出て、世界を覆いつくそうとしているのだよ」
「瘴気って、モンスターを狂暴化させるやつって言われてる?」
私が尋ねると、全員が一斉に頷く。
「悪しき神の肉体は分断され、各地に封印されております。ただ運ぶ際に肉片があちこちに散らばってしまいまして」
「……うわぁ」
「その散らばった肉片から洩れる瘴気を、定期的に浄化しなければならないのだよ」
「放っておけば巨大な塊になって、再び悪しき神が誕生するかもしれません。ですから、五〇年ごとに聖女を輩出し、浄化のための旅に出ていただいております」
「はぁ……」
でもなんか、魔力があってしょ……清らかな乙女なら、誰でもいいみたいな印象だけど。
「これから君には、浄化の魔法を習得してもらうための修行に入って貰う」
「修行……って勉強、ですか?」
「あはは。まぁ勉強も含まれるかな」
ヤダなぁ。面倒くさそう。
でも。
いろんなところを旅出来るってのは、魅力的かもしれない。
自由にあちこち行っていいのかな。
そしたらアディとも――
「あ、その浄化の魔法って、もし、もし習得できなかったら?」
「習得できない者は、聖女になれない。だが資格を持つ者として選ばれただけでも称えられるものだ。でしょう、フォルト王」
「うむ。セシリアよ。お主がもし選ばれなかったとしても、帰国後にはよき伴侶を我が直々に――」
「い、いりませんっ。貴族とかもうお腹いっぱい。平民の方がいいっ――あ、です」
それなら、アディを探して欲しい。
きっとアディは、何か事情があって暗殺者稼業をやってるんだと思う。
あの日、私を狙ったのかヴァイオレットだったのか分からない。
でもまぁ、十中八九私だよねぇ。
となると依頼主は……ヴァイオレットは私に課題を押し付けて来てたし、たぶん違う。
なら後妻だろうな。
なんだかんだと侯爵は私を追放しないし、それは自分の血が絶えるのが嫌だからだろう。
でも私が死ねば、仕方なくヴァイオレットにすべてを譲ることになるし。
暗殺者ギルドってのがあるらしい。
ギルドに殺しの依頼をすると、所属する誰かにその仕事がいく。
アディはギルドに所属している暗殺者のひとり、なんだろうな。
ギルドから足抜けすることは許されない。そんなことしようものなら、ギルドから狙われることになる。
王様の力でなんとかして貰えないかな。
「王様っ。私頑張る。頑張って聖女になる。だから聖女になったら、願いを聞いてくれますか?」
「資格を得て神殿で修行するのだ。なれなかったとて、国の誉れである。どちらにしろ、お前の願い聞いてやろう」
「ほんと! 王様って意地悪でえばってるだけの人だと思ったけど、おじさん優しいんだね」
「おじ……はは、そう素直に優しいなどと言われたのは、初めてだ。なかなかいいものだな」
そう話す王様の顔は、笑っているのにどこか寂しそうだった。
王様って、大変なのかな。
それからすぐに、東にある神聖国クリュセラーナに移動した。
神官たちは、準備もあるだろうから後日迎えに来るっていったけど、準備なんて何もない。
しばらく帰れなくなるから、家族との時間を? 礼拝堂でのことを見れば、無駄だって分かるよね。
移動は文字通り一瞬。
神殿から別の神殿への移動は、魔法で瞬間移動。便利だなぁ。
今日からここで三カ月間、浄化の魔法っていうのを使えるよう勉強を……
「はぁぁぁ」
「おやおや。ずいぶんと大きなため息が出たねぇ」
「だってさぁ、私、勉強嫌いだもん」
「はっはっは。まぁたいていの人間は嫌いだろうね。わたしも嫌いだった」
「え、勉強が嫌いなのに、神官になったのおじーちゃん」
部屋に案内してくれるっていうおじーちゃん。
広い廊下ですれ違う人が、このおじーちゃんにみんな頭を下げていく。
まぁこの歳で平神官ってことはないか。
「神官の仕事は、勉強することではないからねぇ」
「まぁそうだろうけど。勉強漬けのイメージあるからさ」
「はっはっはっは。生きていく限り、人はずーっと何かを学んでいるものだよ。さ、ここは君の部屋だ」
「うわっ、広い!」
しかもベッドが一つしかないあたり、個室だ。
聖女候補は二十人ぐらいいるって聞いた。だから相部屋なのかなって思ってたけど。
「とりあえず、必要なものを買いに行こうかねぇ。着替えも何も持ってきていないだろう」
「直行したから……でもお金は――」
「フォルト王から支度金として頂いているよ」
お、王様が!?
こりゃ頑張って聖女になって、ウォーレルト王国に少しでも貢献しなきゃなぁ。
「聖女を輩出した国って、やっぱり周りに自慢できるの?」
「そりゃそうだよ。聖女がいる国は、その聖女を選んだ神に祝福を受けるからね」
「聖女を選んだ神?」
「そう。善き神『光の神オーリン』、『幸運の女神フィヨルナ』、『知識の神ライザット』『勇敢なる神フォレストス』、そして『豊穣の女神ラフティリーナ』。それぞれの神が聖女となる娘を選ぶのだよ」
神様の数だけ聖女がいるってこと?
じゃあ二十人の候補から、聖女になれるのは……五人か。
「ちなみに選ばれるのは一神につきひとりではないからね」
「え、じゃあ複数いるの?」
「そうなんだよ。わたしがまだ幼かった頃の浄化の旅ではね、全部で十五人の聖女がいたんだ」
多いっ!
「ちなみにここは豊穣の女神ラフティリーナ様の神殿だから、君はラフティリーナ様の聖女候補になる」
「へぇー。候補の時点で決まってるんだ」
「そうだね。君の魔力量を計った時、緑に光っていただろう? あの色でどの神と相性がいいか、分かるのだよ」
「あはは。豊穣ってことは作物と関係あるから、それで葉っぱ色の緑?」
おじーちゃんは嬉しそうに頷く。
ちなみに赤は、特に神と相性がある訳でもない、ごく一般的な人の色なんだって。
神殿は神聖国の王都にある。というか、五人の善き神さまの神殿が、王都を囲むように建ってる。
それにしても……。
「神殿出るだけで、何分かかるの……」
神殿大きすぎ!
中庭があって、まさかの菜園まであるし!
「あっはっはっは。そうだね、初めてくる子はだいたい迷子になっているからねぇ」
「笑えないーっ」
私、自分の部屋に戻れる自信がない。
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