第8話:青い星
私たちはすっごく広い礼拝堂へと向かうと、貴族たちもぞろぞろついてくる。
ぷふっ。なんか蟻の行列みたい。
礼拝堂には何人かの神官がいて、大きなガラス玉を乗せた台座が二つあった。
「聖女に求められるものは多くはありません。ある程度の魔力と、それから清らかな乙女であること。ただそれだけです」
「ならヴァイオレットに間違いないわっ。この子は魔力も高く、心優しい娘ですもの」
え?
「うぉっとん。エヴァン夫人。決めるのはあなたではありません」
「な、なんですってっ」
「侯爵夫人、静かにしていただこう」
「わ、わたくしに向かってだ――へ、陛下……申し訳ございません」
ええぇぇーっ!?
お、王様まで着てるの?
え、ちょっと、緊張して、き、た。
まずは魔力量を審査するためのガラス、じゃなくて水晶に触らせられた。
私が触ると、ほんのり緑色に光る。ヴァイオレットは赤だ。
「お二人とも魔力量に問題はございません」
「当たり前ですわ。具体的にわたくしとセリス、どちらが高かったのかしら? あー、いえいいですわ。わたくしに決まっていますし」
だったら聞かなきゃいいのに。
でもヴァイオレットが「どちら」と言った時、何人かの神官が私を見てた……気がする。
「では次にこちらの水晶に触れてください。清らかな乙女がどうかを確認させていただきますので」
「ふふん。お安い御用ですわ」
ヴァイオレットが先に前に出て、水晶に触れた。
ピッカーンと水晶が、ものすごい光を放つ。
礼拝堂内がザワめき、歓声のような声が上がる。
光は一本の筋になって上に伸び、天井を輝かせた。その光の中に、青い点がいくつも見える。
「まぁ、美しい。さすがわヴァイオレット様ですわ」
「ほんと。まるでサファイアを散りばめたよう」
あぁ、うん。綺麗だねー。
「では次、セシリア様どうぞ」
「あ、はい」
「無駄ではなくて? もうわたくしが聖女に決定ではありませんか」
「セシリア様、どうぞ」
この神官凄いな。ヴァイオレットをスルーしてる。
私が触っても、やっぱり光って天井を真っ白に光らせた。
真っ白。ただただ真っ白。
「ぷっ。ただ白いだけですわね」
「ヴァイオレット様が聖女で間違いないですわね」
「当然だろう。ヴァイオレットの美しさの前ではあんなこむす……いや、あっちもなかなかの美人」
「そう、だな」
「な、なんですってっ」
あぁ、隣で金切声出さないで欲しいなぁ。
っていうか自分が聖女だって言うなら、もっとお淑やかにしてればいいのにさ。
「お集りの方々、お静かに。今回の審査は聖女として最低限の資格があるかどうかを調べただけに過ぎません。その結果、お二人のうちおひとりだけが、その資格を有しておりました」
「当然ね。平民の女から生まれたセシリアに、資格なんて最初からあるはずないのだから」
「お母様のいう通りですわ。美しく高貴なお母様から生まれたわたくしだからこそ、聖女に相応しいのです」
母子揃って高笑いしだした。侯爵のおじさんも顔が緩んでる。
「それで神官よ。どちらが聖女の資格を持つのだ?」
「はい、フォルト王――」
「わたくしの娘、ヴァイオレットに決まっておりますわ陛下」
「セシリア様でございます」
「やっぱりヴァイオレットでしたで……え?」
え?
「魔力の方はお二人とも問題はありません。ですがヴァイオレット様は清らか……とはかけ離れた方のようでして」
「ど、どういうことよ! うちのヴァイオレットのどこが清らかな乙女ではないとっ」
「清らかとは……その……えっと」
神官の男の人は、顔を赤らめて口を濁す。
「つまり処女であるかどうかということか?」
王様ぶっちゃけた!?
え、そういう基準?
あ、うん。そうだね。そういう経験は私にはないけど、ヴァイオレットはまぁ、その……うん。
「しょ、処女!? なな、な、何かのま、間違いではありませんか神官さま? そ、そんな水晶に触っただけで、処女がどうか分かるはずがありませんわ」
「神官、この青い光はなんだ?」
「は、はい。こ、これまで経験した、その……」
「回数か、男の数か?」
「後者、です」
……ええぇぇーっ!?
あの青いのって、寝た男の数だっての!?
まって、軽く二十超えてるよ?
来月私が十六歳になるけど、ヴァイオレットまだ十五歳でしょ?
さ、さすがに多すぎない?
「ま、待ってください神官様。その青い光が男の数?」
「多数の光があるということは、それだけ契った男がいるということでしょうか!?」
「か、回数の間違いでは? そうですよね、神官殿」
と、列席するどこぞの貴族の御曹司たちが声を荒げた。
で、お互いに顔を見合わす。
「ま、まさかアレスタル……」
「ロイスタール。まさかあの光の一つだとでも!?」
「ヴァイオレット嬢はわたしとの婚約を約束してくれた女性だぞ!」
「な、なにを言うカルロディーダ。彼女が十六になったら、この俺と婚約するとっ」
「ちょっと待ってくれ。ぼ、僕ともその約束をしてくれたのだけれど」
「え、わたしとも約束をしているのですが。そのために支度金を既に贈って……」
「俺もだっ。つい先日だって聖女に選ばれるからって、祝いの品をベッドの中でおねだりされて――あ」
いったい何人の令息と関係を持って、何人に婚約話を持ち掛けたのやら。
しかもお金まで絡んでるなんて。
「これはどういうことですかな、オルアリース侯爵。息子からは貴殿のご息女との婚約話を聞いたばかりなのだが」
「こ、婚約? い、いや、その……わたしは……ヴァ、ヴァイオレット!?」
あぁ、おじさんに内緒であちこちの男に、婚約話をチラつかせてたのか。
「し、知りませんわっ。わ、わたくし……な、何かの間違いです! わたくし、殿方と経験なんてっ」
「ヴァイオレット様、どういうことですの!? レイデルさまは私とお付き合いしていたこと、ご存じだったではありませんか!?」
「ロイスタール様との婚約を破棄された私を慰めてくださったのは、ヴァイオレット様でしたよね? まさか彼と寝ていただなんて……」
「娘が婚約を破棄されたのも、ヴァイオレット嬢のせいだったのか!」
お、おぉう。
令息だけじゃなく、令嬢側の方からも怒声が聞こえ始めちゃった。
友達面して、その子の恋人を寝取ってたのか。そりゃまぁ、怒られるよねぇ。
もうなんかカオスだ。
「セシリア様、こちらへどうぞ。陛下も、ささ」
周りの空気なんていっさい無視して、神官が手を差し出す。
他の神官たちもとっととどこかへ行ったみたい。
神殿の神官って、スルースキルマックスなんじゃないの?
「うむ。行こうか、聖女候補殿」
「あ、えっと」
「放っておけばよい。それとも父が不憫か?」
「あ、それは全然ないです。行きます」
罵声が飛び交う礼拝堂から出て、神殿の奥へと向かう。
その間に神官が簡単に説明してくれた。
実は絶対に処女でなければならない、訳ではないらしい。
「たとえば、一途にひとりの異性と――というのであれば別にいいのです。そういった女性も、聖女に相応しいと言えますので」
「あれは一途どころではなかったな」
「いやぁ、わたしもあの数の青い光は初めてみました」
「その点、お主は真っ白であったな。はははははは」
くっ。な、なんか分かんないけど、悔しい。
「た、たったあれだけの審査で、私が聖女になるんですか?」
「いえ、あくまでも資格があるというだけです。今後は大神殿で修行をしていただき、浄化の魔法を習得していただきます」
「なに、そう気負うでない。平均より高い魔力と、あばずれでなければ聖女の資格は誰でも持ち合わせておるのだ」
「ぶふっ」
「ん? どうした、セシリアよ」
「い、いえ……」
一国の王様の口から、あばずれなんて単語が出てくるとは思わなかったから、つい吹き出しちゃったよ。
でも、聖女って意外と簡単になれるのかも?
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