第7話:神殿からの使者

「ぜ、全然終わってないじゃないの!?」


 一週間後、ヴァイオレットたちが帰って来た。

 書斎にあった本を見て、ヴァイオレットは甲高い声を荒げて怒鳴り散らしている。


 ずっとアディのことを考えていたから、課題を前にしても手がつかなかった。

 どうでもいい……。


 アディは生きてて、でも私をここから連れ出してくれなかった。

 怒っているのかな。探さなかったことを。

 私だけいい暮らしをしていたから……ううん。アディがそんなことで怒るはずない。


「聞いてるの!? くっ、罰としてむち打ちよ!」

「好きにすれば」

「キィーッ! あなたたち、わたくしの部屋から鞭を持ってきてちょうだい」

「は、はい」


 侍女が青ざめた顔で出ていく。こういうときグズグズしていたら、侍女が鞭で打たれるから。

 すぐに侍女が鞭を持って戻って来る。

 それをヴァイオレットが掴み、私に向かって振り上げた。


 パキンっという音がして、ヴァイオレットの鞭がぽとんと落ちる。

 半分に折れた?


「な、なによ! ヒビが入っていたんじゃなくて? 持ってくるときに確認したの!?」

「も、申し訳ございません。す、すぐに新しいものをっ」


 侍女が出ていく。

 新しいものってこの子、何本持ってんの?


 でも、侍女が新しい鞭を持ってきても――


「これも!?」

「もももも、申し訳ございませんっ」

「こっちも!?」

「ひぃーっ」

「どういうことですの!?」


 いや、鞭何本あるの……もう十本ぐらい折れてるじゃない。

 でもなんで折れて……ん?

 床に折れた鞭の数と同じだけの小さな石が落ちてる。


 アディ!?


 窓の傍に駆け寄って外を見渡すけど、アディの姿は見えない。

 偶然、なのかな。


「なんで……なんで鞭が……えぇい、もういいわっ」


 怒り心頭なヴァイオレットは、分厚い本を棚から取り出した。

 あぁー、本の角って痛そうだよね。


「課題を終わらせなかった罰、それからわたくしに手間を掛けさせた罰よ!」

「どっちもあんたの都合じゃん」

「お、お黙りなさいっ」

「ヴァイオレット様っ、す、すぐに応接室までお越しくださいっ」


 ヴァイオレットが本を振り上げるのと、慌てた様子の執事が書斎に入って来たのは同時だった。


「応接室? お客様ですの?」

「お客様というか……クリュセラーナ神聖国の神官様、でございます」

「神官様? も、もしかしてっ」


 隣の神聖国の神官?

 ヴァイオレットの顔が歓喜に代わってる。それから慌てて書斎を出て行った。

 ヴァイオレットが行ってから、執事は私を見る。


「セシリア様も呼ばれております」

「私も? でもなんで」


 ヴァイオレットより少し遅れて応接室に入ると、後妻が物凄い形相でこっちを見た。

 おぉ怖い。


 ソファーに座ってる真っ白い服着てるのが神官かな。

 私が部屋の隅に移動するのを、じぃーっと見てる。それから怪訝そうな顔をした。


「えぇっと、では……侯爵様のご息女はこちらのヴァイオレット様と、それから――」

「聖女が誰なのかは決まっていますわっ。あんな卑しい身分の女から生まれた娘など、聖女であるはずがありませんもの」

「先ほどもご説明した通り、聖女であることに身分は関係は――」

「うちのヴァイオレットこそが聖女よ!」


 せ、聖女?


「私には判断しかねます。そして侯爵夫人にもまた、その決定権はございません」

「な、なんですってっ」

「エ、エヴァン落ち着きなさい。王族であっても、神殿のことには口出し出来ないのだから。それに二人が揃って聖女である可能性だってあるのだよ。そうですよね、神官殿」

「えぇ。元々聖女は複数人、選出されますので」


 私かヴァイオレット、もしくは二人ともが聖女の可能性?

 い、いったいどういうことなの?


「わたくしのヴァイオレットが、あんな小汚い小娘と同じな訳ないでしょう!」

「し、しかしエヴァン。神託では『光輝く翼の下に聖女が誕生する』とあったそうだ。我が侯爵家の家紋はまさしく鳥。セシリアの可能性だってないとはいいきれ――」

「光輝く翼、それは天使のように愛らしいという意味ですわよ。まさしくヴァイオレットのことではありませんかっ」

「とにかくっ。今この場でどちらが聖女であるか、判断は出来ません。王国にある女神の神殿にて審査をいたしますので、後日お二人を連れてお越しください」

「ヴァイオレットだけで結構よっ」


 神官は大きなため息を吐いた後、侯爵に「二人揃って」と念を押していた。


 聖女……そう言えば家庭教師の誰かが言ってたっけ。

 五〇年に一度、あちこちから聖女の資質を持つ女の子が集められるって。

 それも「そろそろその五〇年になるはずですね」とか言ってた。


 聖女って神託で集められるものなんだ。

 それにしても光り輝く翼で、なんで侯爵家なんだろう。

 確かに家紋は鳥だけど、家紋は光らないし。

 鳥を家紋にしている貴族は他にだっているんじゃないの?


 ヴァイオレットが聖女ってのは、本性を知っている身といてはあり得ない。

 私? ないない。

 なんか魔力は少し高いらしいけど、魔法は使えないしそんな雰囲気だってない。


 何かの勘違いだと思うけどなぁ。

 ま、神殿に行けば分かることだよね。






 一週間後、ウォーレルト王国にある女神の神殿に私たちはやって来た。

 後妻はずーっと渋っていたけど、万が一二人とも聖女だって可能性もあるからと侯爵が必死に説得した。

 その場合、聖女の力を独占しようと私を神殿に行かせなかったと判断され、神聖国はもちろん、王国からも処断されてしまう。

 そうなったら侯爵家はお終いだ。後妻も贅沢な暮らしが出来なくなる。


 だから渋々、私が同行することを承諾した。


 正直私はどうでもいいんだけどなぁ。


 でも……もし、もしもだよ?

 聖女に選ばれたら、侯爵家を堂々と出ていける。

 そしたらアディに、また会えるかもしれない。一緒にいられるかもしれない。


 そう考えたら、聖女も悪くないなって思えてきた。


「それにしても、なんかめちゃくちゃ人が多い……」


 王都の傍にある女神ラフティリーナの神殿って、こんなに巡礼者が……いや、みんな煌びやかな服着てる。

 どうみても貴族ばっかりじゃん!


「んふふ。みんなわたくしが聖女に選ばれる瞬間を見に来てくださってるのよ。そしてお前が惨めに項垂れる姿もね」

「え、なんで私が惨めになるの?」

「決まっているでしょっ。聖女に選ばれなかったあんたは、惨めに地面に這いつくばるのよっ」

「あぁ、なるほど」


 別に選ばれなくても惨めな気持ちにはならないかな。

 聖女って何するのか知らないけど、大変そうだし。

 でも、選ばれたらアディに会えるかもって考えたら……。


 しかしこの貴族たちはヴァイオレットがわざわざ招待したのか。

 まめだなぁ。そのまめさが課題にも向いてくれればいいのに。




*本日は20:03にもう一話更新します。

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