第6話 逆転の目
「遅いぞ!はやく娘を連れてこいと言っただろう!」
私が脱出に失敗し、制圧されてからすぐに二人の男が現れた。領主と、30代くらいで鼻にくるくるしたヒゲを生やした胡散臭そうな男。恐らくこいつが奴隷商人だろう。
「申し訳ありません。獣人の娘に逃げられました」
側近は領主に深々と頭を下げた。
「逃げられただと!?ふざけるな!何をやっているこの愚図が!!」
容赦なく罵倒と唾を側近に浴びせかける。側近は黙ってそれを受け止めている。すると、それまで黙っていた奴隷商人が口を開いた。
「いやはや、困りましたな領主様。大切な商品が逃げ出してしまったとは……。これでは取引はなかったことにするしかありませぬな」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに唇を噛みしめる領主の男。
「ところで、そちらの方は?」
側近に床に押さえつけられている私を一瞥して、奴隷商人は尋ねた。
「私に無礼を働いた不届き者だ!!明日、見せしめに処刑してやるつもりだ」
「ほう、処刑に……」
奴隷商人は領主の言葉を受けてうなずきながら、私の姿を観察した後、領主に提案をした。
「……領主様、こちらの女性を逃げ出してしまった獣人の代わりに奴隷として売っていただけませんか?」
「何だと!?」
「見たところ器量もよく、男性に好まれる体型をしておりますゆえ、今決断をして下されば獣人の少女と同じ価格で買い取りましょう」
商人の提案に領主は迷っている。私を殺したい気持ちと、金を天秤にかけているのだろう。
そして、その天秤は金の方に傾いたようだった。
「分かった。こいつを代わりに売ろう。だが、こいつの貰い手はとびきりに性格の悪い、畜生にしてくれ!」
「かしこまりました。そのようなお客様はたくさんおりますので問題ないかと。それでは改めて商談成立ということで」
話がまとまった両者が取引の書類の再作成と金の授受のため、応接室へ向かおうとしたとき、領主は私の様子を見て手のロープがなくなっていることに気づいたのか側近に詰問する。
「おい!何故ロープがほどけているんだ」
「構いませんよ。わたくし、奴隷用の手枷と足枷を持ってきておりますので」
奴隷商人がそう告げると、領主は納得した様子でそのまま応接間に歩を進めた。
私も側近に腕を引っ張られながら、領主と商人の後に続くいて歩かされる。腕を引っ張る力は非常に強く、振りほどいて逃げることは適わないだろう。でも、大丈夫だ。賭けがうまくいってたらそろそろだろうから。
♢♢♢♢
長くて静かな廊下を歩く。領主は本当に金に困っているようで、屋敷の大きさの割に、使用人をほとんど見かけない。財政難のおかけで、私は奴隷商人に売られることになり、処刑を免れたとも言えるが奴隷になるのもまっぴらごめんだ。
頬を冷汗が落ちる。まだなのか?終着点に刻一刻と近づき、不安の気持ちが大きくなる。焦りながら歩いていると、その時は、来た―――。
体の奥底に小さくあたたかな光が灯ったのを確認する。わずかだが、確かな力が宿るのを感じる。
私が賭けたこと、それはアイラが無事に逃げ切ることだ。
今頃この領地から無事に逃げ切って、一息つき、まず本当に脱出できたことに驚くいているだろう。そして次に私がついてきていないことに、私が逃げ切れず捕まってしまったことに気づくはず。彼女は何を思うだろうか。再び誰かを犠牲にして自分だけ生き延びたことに、罪悪感を抱いているのは間違いない。だが、それだけか?彼女に与えられた救済は長く過ごしてきた仲間や家族によるものではない。今日あったばかりの者が自らの安否を顧みずに助けてくれたのだ。その慈悲深い私の行いに感服しているだろう。そう、神様の施しに感謝する信徒のように。
アイラを無事に逃がして恩を押し付けること、そしてアイラが敬虔な心を持っていることが成功の条件だった。そして成功した。
一人分だから、大した威力にはならないだろうけど………。
私は奇跡を行使する。
私の周囲を光の粒と風が包み込む。やがてそれらは、私の手の前で圧縮され、空を切る高音とともに高エネルギーの塊となっていき、先ほどまで私のそばにいた側近の男は立っていられないようで床に倒れこんだ。
「な、なんだぁっ!?何が起きている!!?」
なにやら男たちが間抜けな声を上げているようだが、風の轟音でうまく聞き取れない。
そうして十分に圧縮された高密度の塊を、開放する―――。
暴風が廊下の壁と天井を削り、高速で前方の3人を飲み込んで彼方へと消えていった。
廊下の端に大きな穴が開いて、その向こうに夜空が見える。
これは風の奇跡。天候操作にまつわる奇跡は神様の基本中の基本だね。
にしても思ったより威力が出たな。まぁ、運が良ければ彼らも死んではいないだろう。
怠惰すぎて信仰を失った女神さま、天界を追放されてしまう~しょうがないので知恵と工夫でハードな下界を生き抜こうと思うよ すすに @tktk23
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