第5話 メリーとアイラ

 馬車が森を抜けて街に入ったのだろう。

 

 街を行き交う人々の声がわずかながら聞こえてくる。人の多い大通りでも通っているのだろうか。


 しばらくすると人々の声も聞こえなくなり、やがて馬車が止まった。


 私とアイラは足のロープだけほどかれ、荷台から降ろされる。手から伸びたロープは剣を持った男の手に引っ張られる形で歩かされた。アイラも同様に私の後を俯きながら歩いている。眼前には人間界においては比較的大きいであろう邸宅。私が蹴飛ばしたおっさんは、ついさっき目を覚ましたようで、まだ意識がもうろうとしている様子。屋敷から出てきた使用人らしき女性に肩を支えられながら、私たちの後ろをよろよろと歩いていた。


 あたりが暗い。もう日が沈みかかっている時間だ。空から落ちてきたときはまだ明るかったので、かなりの間馬車で移動していたのだろう。


 いつもだったら、今頃起きてる時間だな……。


♢♢♢♢


 屋敷に通された私たちは、物置に閉じ込められた。荷台よりはずいぶん広いが、それでも薄暗くじめじめした場所に変わりわない。こんな場所に長時間居たら体調が悪くなりそうだ。私たちを連行してきた剣を持った男はアイラに向かって告げた。


「獣人の小娘よ、今領主様は奴隷商人と商談をしている。それが終わるまでここで大人しくしていることだ。商談が終わり次第、貴様は商人に引き取られ、奴隷としての調教を受けることだろう。だが、心配することはないぞ。そちらの女よりはましだろうからな」


…………え?


「金髪の女、領主様は大変お怒りだ。ゆえに、貴様は処刑が決まった。公開処刑だ。反抗的な領民も見せしめを行うことで従順になるだろうしな。ああ、もちろんその高そうな服は剥いでお金に換えさせてもらうよ、我々は今とてもお金に困っているのでな。刑は明日の昼に行う予定だ。それまでに神への祈りを済ませとくんだな」


 そう言い放つと、男は扉を閉め鍵をかけて去っていった。



 しょ、処刑!?


 ……いや、そこじゃないな。処刑されることは文字通り死活問題ではあるが、あの男、今「神への祈り」と言ったか?


 …………私の信仰がなくなったことについて、二つの可能性を考えていた。

1つは、何らかの大々的な活動によって、世界中から全ての宗教が消えたパターン。

もう一つは、私の信者だけがいなくなったパターン。


 この世界を創った創造神という意味での神は私だけだが、人間たちが勝手に神をつくり、宗教を興すことは往々にしてある。神の中には、対抗宗教を全て滅ぼすような運営を行っている者もいたらしいが、私は面倒だし、そういうことはくだらないと思っていたのでやっていない。


 男の先ほどの発言からは、「窮地に神に祈る」という文化が未だ存在することが分かる。つまり、一つ目の全ての宗教的活動や神が廃止されたというパターンは考えにくい。そもそも、そんな規模の大きすぎることは起きるとは思ってはない。思ってはいないのだが……もう一つの可能性を考えたくなかったのだ。


 私だけをが狙い撃ちにされたという可能性。


 初めから違和感はあった。いくらまともに仕事していないからと言って、そう簡単に一つの宗教が廃れることはない。何者かの悪意が関与していることは間違いないだろう。


 それでも依然として分からないことだらけだ。やはり、この世界の情報が欲しい。そう思い、壁に背を預けて座っているアイラに目をやる。その目はただ地面の一点を見つめており、何を考えているのかは分からない。ただ、少なくとも希望というものは感じさせない顔をしていた。声をかけあぐねていると、こちらの視線に気づいたアイラがゆっくりと口を開いた。


「……………なんで、空から落ちてきたんですか?」


 なるほど、まっとうな疑問だ。

 何なら私も知りたい。

 なんでわざわざ空から落とす必要があったんだ。

 私は神様で、天界を追放されて……なんていうわけにはいかない。そんなことを言ってしまったら、頭のおかしいやつだと思われて二度と声をかけてくれないだろう。適当にごまかすしかないか。


「んーとね、ここから遠く離れた場所で暮らしてたんだけど、いろいろあって、ほんっっっとうに色々あって、空から落ちることになって。それで、今は元居た場所にも戻れず、仲間にももう会えなくなっちゃったって感じかな……」


 嘘じゃない。怠慢すぎて追い出されたという都合の悪い事実を隠しただけ。ほんのちょっと同情してもらえそうな雰囲気に言い換えただけ。あいまいな物言い過ぎて困らせてしまうのではないかと言い終えてから思ったが、帰ってきた反応は意外なものであった。


「……!わ、わたしも、そうなの!わたしも皆ともう、会えなくなっちゃって。一人ぼっちになっちゃって………」

 

 最後の方は消え入りそうな声になってしまってよく聞き取れなかったが、仲間と離別、もしくは死別したのであろうことは分かった。


 後ろめたいことをごまかすために曖昧な話し方をした結果、歪んだ解釈をされてしまったらしいが、これは詳しい話を聞くチャンスだ。なるべく穏やかな声色で話しかけてみる。


「ねぇ、聞かせてくれないかな。何があったの?」


 同じ境遇と思ったことで、気が緩んだのかもしれない。アイラは、自身に起きた凄惨な出来事を少しずつ話してくれた。


 突如現れた軍団に同族を殺されてしまったこと、皆が生かしてくれて逃げのびたものの、力尽きて倒れ、捕まってしまったということ。


 そして、アイラの一族を襲った連中の目的が宗教的な要衝であるかもしれないこと。


 アイラは、今まで頑張ったがもう無理だと、仲間を、家族を失い、これ以上一人では頑張れないと言った。


 平和な環境で、なにも頑張らずにのうのう過ごしてきただけの自分が、過酷な経験をした彼女に頑張って生きろなどという資格はないだろう。


 それでも……。


「辛かったね、苦しかったね、凄く頑張ったんだね。もう全部投げ出してさ、それで楽になりたいよね……。でも、私はまだ死にたくないし、あなたにも人生をあきらめてほしくない」


 アイラから目をそらさずに続ける。


「私は、これからイチかバチかで反撃に出るよ。それで、もしここから抜け出せたら、亡くなってしまった皆の意思を継いで強く生きてほしい」


「で、でも………」


 アイラは視線を下に向けて私から目をそらしてしまった。俯きながら唇を噛みしめるその表情は迷っているようにも見える。諦めて固く閉ざしてしまった心に、小さな穴を開けるくらいはできただろうか。元より言葉で完全に説得できるとは思ってないけど。


 私は縛られた両手首をアイラの顔に近づけて

「このロープ、あなたの牙なら切れるんじゃないかな?これからの作戦に手が不自由だと困るの。」


 アイラは少し逡巡した後、牙を巧みに使い、私の手を傷つけないようにロープを切ってくれた。自由になった手を見ると、ロープの跡が痛々しいことになっていたが、そんなことを気にしている場合ではない。アイラの手の拘束も解かなくては―――。


「待ってて、今ほどいてあげるから。」


 が、これが思うように解けない。かなり固く縛られていて、少し時間をかければ何とかなりそうだが………そうもいかないようだ。



 足音が一つ近づいてくる。


「あ、あの……」


 アイラが心配そうな顔を向けてくる。しょうがない。このまま作戦を決行するか。


「アイラ、目を瞑って。それから私が合図をしたら全速力で走って。私も後から追いつくから、振り返らずに全力で走って」


「……え?それは、どういう……」


「お願い!」


そう頼むと、アイラは困惑しながらも目を瞑ってくれた。私自身も覚悟を決める。



 ドアがバン!と勢いよく開かれた。


「商談が終わった。来い、小娘」


 そう言って、側近の男が薄暗い物置の部屋に踏み入れた瞬間、私は右手を男の顔にかざし、奇跡を発動する。もちろん不発に終わる。だが、狙いはそこじゃない。奇跡が発動せずとも、発光が起きることは確認済みだ。


「ぐぁっ!目が!!またあの妙な術か!?」


 激しい光を受け男は顔を歪ませながら両手で目を抑える。

 間髪入れずに私は叫んだ。


「走って!!!」


 直後、光の中を一つの影が弾丸のように駆けた。そして、男の横を通り抜け、あっという間に去っていった。獣人で人間よりも感覚と脚力が優れているアイラならば、激しい光の中、目を瞑っても嗅覚を頼りに男をかわして逃げられるだろうと思っていたが上手くいったようで良かった。


 私もこの隙に乗じて逃げようとしたものの、アイラ程のスピードはないのに加え、

男が扉付近でやみくもに剣を振り回し始めたので、抜け出すことが出来ずに二の足を踏んでいると、光も消えてしまい、その後あっさりと男に捕まってしまった。


 やっぱり、こうなっちゃうか。二人とも逃げれる可能性はかなり低いと踏んではいたし、アイラだけ逃げれただけで良しとしよう。



 あとは、賭け……だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る