第4話 馬車の荷台にて

 手足を縛られ、薄暗い荷台に詰め込まれた私は焦っていた。


 この状況はもちろんだが、一番は神の奇跡の力が使えないことに。

 考えられる理由はひとつ。信仰を失ったからだろう。信仰がないと奇跡が使えないなんて話は聞いたことがなかったが、追放の決まりのように信仰がゼロになった神は今までいないから教えてこなかったのだろう。

 

まったく、ふざけた教育をしている。


 しかし、信仰が集まる程、神として高位になれるということはわかっていたから、そこから推測することのできなかった私の落ち度でもあるのかもしれない。それに、学校で力を使うときは、まだ信仰を集められぬ生徒のために神力で満ちた大聖堂で授業を行っていた。この特殊な空間では信仰に関わらず、奇跡が使い放題だったので、制限があるもの、という意識があまりなかったのだろう。


 かなりまずい。

 この危険に満ちた下界で自衛の手段がないのはかなり心もとない。あと、お金なもいと困る。天界と違って常に衣食住が保証されているわけではないだろうし。


 だが優先して考えるべきは、この危機的状況を脱すること。


 先ほど、とっさに土下座をしたのは我ながらナイスな判断だったと思う。天界で読んでいた人間の大衆小説には、土下座をすることでたいていの場面は切り抜けられると書いてあったが本当だったな。


 あの場で抵抗していたら間違いなく切られていた。


 神様といっても、体が丈夫なわけではない。天界には危ないものはないから頑丈である必要がないのだ。追放される前に髭ジジイからもらった一回限りの加護とやらも先ほどの落下の時に使ってしまっただろうから、今、切られたらふつーに死ぬ。


 安全に脱出するにはどうしたらよいか………何か使えるものがないか荷台を見回すと、一人の少女に目が留まった。


 銀色の短い髪、そのてっぺんにはふたつの耳が生えている。獣人か。

 

 獣人の年の取り方はほとんど人間と同じだ。だとすると、年は13か14くらいかな。天然素材でできたであろう肌触りのよさそうな深緑色のワンピースはボロボロになってるし、肌にもたくさんの擦り傷が見受けられた。


 手足は私同様に縛られていて、違いがあるとすれば私を縛っている麻のロープとは異なり、鋼鉄製のワイヤーで縛られていることだろう。獣人は確かに力が強いから、当然ではあるのだが。この少女を見ていると私と同じロープ問題ないのではないかと思うほどに活力がない。どこかで生きることをあきらめたような、そんな目をしている。


 ともかく、何か情報が聞き出せないかと声をかけてみる。


「ねぇ、あなた名前は?」


「………アイラ」


 少女は掠れるような声でアイラと名乗った。

 このような弱弱しい状態の者にあれこれ聞くのはためらわれるが、そうもいっていられない。アイラに続けて質問をしてみる。男たちに聞こえないよう小声で。


「アイラもあいつらに捕まったの?あいつらについて何かわかる?目的とか?」


 そう尋ねるや否や、アイラは、目の端に小さな涙を浮かべ、嗚咽を漏らし始めた。まるで何度も泣きすぎたせいで涙も鳴き声も絞り出すようにしか出なくなってしまったような、そんなか細い泣き方。


 ……しまった。


 良くない質問をしてしまった。思い出したくないことを思い出させてしまったのだろう。配慮が足りていなかった。


 こういうとき、どうしたらよいのかわからない。

 女神学校の教科書には泣いてる子の慰め方は書いてなかった。どれだけ人類全体を導く方法を学んでも、目の前の泣く少女ひとりすらを救えないのだ。


 なんて情けないことだろう。


 天界にいたころは、どれだけ人々が苦しんでいようが、別の世界の話で自分には関係ないと切り捨てられてたのだが、いざ目の前にするとそうはいかないものだ。


 自分の無力さを痛感しながらもただ黙っていることしかできず、馬車の揺れに身を任せて時間が経つのをただ待つのだった。


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