第3話 空から………

 うっそうと茂る森の細道を駆ける馬車が一つ。


 その馬車の薄暗く小さい荷台の中で獣人の少女、アイラは両手足を縛られ、身動きのできない状態のまま閉じ込められていた。


 前方の御者室から二人の男の声が聞こえくる。


「しかし、ラッキーだったな。出先でこんなものが手に入るなんて」


「はい、領主様。獣人は見た目も良く、体も丈夫なことから奴隷としての価値が高いので、奴隷商人に高値で売りつけられると思います」


「本当にツイておる。おおかた、『例の戦争』に巻き込まれて同族とはぐれ、さまよっていたのだろう。弱って倒れていたおかげで簡単に捕まえらることが出来たわ。

 戦禍に巻き込まれた土地で火事場泥棒をするつもりだったが、こんなお宝が転がってるとはな。神は私をまだ見捨ていなかったということだ」


「ええ、これで財政を立て直し、うるさい領民どもを黙らせることが出来るでしょう。流石です、領主様」


「ふはははは!当然だ!」


 領主と呼ばれる中年の男の下卑た笑い声が車室にこだまする。


 その不快な声を聞いてもアイラは何も思わなかった。

 もう、あきらめているから。


 つい数日前までアイラは家族と、仲間と平穏に暮らしていた。


それが、壊れた


 突如として現れた兵士と魔法使いたちの軍団によって同族たちはみな殺され、一族で守ってきた森は焼き払われた。


 獣人たちは高い戦闘力を持つ。そこらの兵士などには決して負けない。しかし、襲撃してきた彼らは一人一人が熟練の兵士であり、魔法使いは上級魔法を用いるほどの使い手であった。それがこちらの何倍もの数で襲ってきたのだ。

 

 何故このようなことになったのかはわからない。父は彼らの狙いは我々の森の先にある宗教的な要衝だろうと言っていた。つまり、無関係なのに巻き込まれただけ。

 そのような納得のできない理由で皆殺されたのか……。


 皆が命を賭して生かしてくれ、森から逃げ、近くの村に向かったものの、すでに森同様に焼き払われていた。その先の村も同様であった。数日の間、歩き続けたが、誰にも会えず、何も食べられず、とうとう倒れてしまった。


 そこを領主と呼ばれる男と、側近の兵士に捕まってしまった。



 もう、いい。どうにでもなればよい。

慎ましく生きていた者が侵害され、悪人が得をする世の中なら、

こんな神のいない世界ならば………。




………………………あれ?


何か聞こえる。


 常人よりも優れた聴覚を持つ獣人のアイラは、妙な音をいち早くとらえた。

音の方向は上空からであり、その音は叫び声であり、徐々に近づいてきていることも分かった。前の御者室にいる二人も不審な近づいてくる声に気づき、「何だ!?」「何の音だ!」と喚いたその直後、


「う゛お゛あぁぁぁぁあああ!!!!!」

という大きな叫び声とともに、前の車室に轟音と大きな衝撃が響いた。


衝撃に耐え、目を凝らすと、そこには―――――――。




 壊れた車室の塵が飛び散る中で金色の長い髪を輝かせ、上質なシルクで作られたような純白のドレスを身にまとう女性。その肢体は、高い食べ物を日常的に食し、煩わしい肉体労働などは全て使用人に任せている貴族のように不健康に実っている。


 そして、高貴な雰囲気とはそぐわない目のクマは、日常的に夜更かしをしている生活をうかがわせる。


 次にアイラの目を惹いたものは、彼女の豊満な尻の下で、白目をむいてのびている領主だった。


側近の男は状況が呑み込めない様子で、口をパクパクさせている。


これは一体、何が起きているの?


「いてて……」


 空から落ちてきたであろうその女性は、両手でお尻をさすりながら痛みに嘆いていた。


「いったー……、うーん、あれ、ここはどこ?」


 金髪の彼女はあたりを見わたす。そして自分の下に男が倒れていることに気づくと


「うわぁっ!なんであなた私のお尻の下にいるの!?へ、変態!!」


 そう言って、意識を失っている男を馬車から蹴り落した。


 領主がぞんざいに扱われている様子を見て、ようやく我に返った側近の兵士は剣を抜き、彼女に向けた。


「おい!貴様、何者だ!よくも領主様を……!!」


 息を荒くし、彼女に詰め寄る。


 しかし、彼女は剣を向けられても動揺するどころか、うんざりしたような表情で


「はぁ……、私は今混乱してるの。追放とかいきなり言われるし、上空から落とされるし、変態ジジイが私の下で寝てたし……。状況を整理したいからさ、ちょっと黙っててくれる?」


 彼女は右手を男にかざす。たちまち、その手に光が集まり始める。その光の強烈なまばゆさに男は身構える。


 物凄いエネルギーを感じる。


 光の輝きが最高潮に達したのに合わせて、アイラは反射的に目を瞑った。




………………………あれ、何も起こらない?


 アイラは慎重に目を開ける。先ほどの光は消え、彼女は「あれ?あれ?」と困惑しながら自らの手を見つめている。



「くっ、驚かせやがって!ただのハッタリかよ!」


 危険がないと分かるか否や、側近の男は再び剣を構え、動揺したままの彼女に近づく。

 じりじりと二人の距離が縮まり、男が、剣を振り上げた瞬間。


「すみませんでしたぁっっ!!!」


 驚くほど素早く鮮やかな土下座。プライドを微塵も感じさせないその圧倒的で完璧な土下座を前に、男は目を丸くして立ち尽くしていた。



♢♢♢♢



 結局そのあと、側近の兵は彼女をアイラ同様に縛り上げ、荷台の中に入れられた。馬車は、側近の男と彼が先ほど回収した気絶した領主とアイラと青い顔をした金髪の女性を乗せて出発した。


 アイラは目の前で起きた出来事に付いていけず、ただ惑うばかりであった……。

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