ななつ数えてから初恋を終わらせよう。あの夏の日、あなたがくれた返事を僕は忘れない……。【KAC20236】

kazuchi

初恋の想い出はいつも突然に……。

『――悠里ゆうりくん!!』


 ……行きつけの大型スーパーマーケット、生鮮食品フロアで突然自分の名前を呼ばれ、あきらかに同年代ではない落ち着いた女性の声に振り向くのを躊躇ちゅうちょしてしまった。


 なぜなら今の僕は知人には見られたくない状況だったから……。


『あっ、華蓮かれんさん、こ、こんばんは……』


 羞恥で染まった頬を意識しながら振り向くと、そこにはお隣の四宮華蓮しのみやかれんさんが満面の笑みを浮かべながら佇んていた、手にはからの買い物かごを抱えている。彼女は僕の同級生の幼馴染、四宮華鈴しのみやかりんのお姉さんだ。


『悠里くんもお買い物なの、偉いね。 んっ? 何で両手にキャベツを持ってるの』


『ああっ!? これは何でもありません!! 育成不足のキャベツの値段が高いなって思って、少しでもかさのある物を選んでなんかいませんから……』


 ……な、何で華蓮さんの前だと心の声がダダ漏れなんだよ、僕は!!


『あはっ!! 悠里くんって可愛いね!! 子供のころから全然変わってないのがお姉さんはとっても嬉しいよ……』


『華蓮さん、ぼ、僕は可愛くなんかありませんよ!! まだ大人とは言えないけど……』


『あっ、ごめんね、つい昔を思い出しちゃって、でも悠里くんが変わっていなくて嬉しいのは本当の気持ちかな。もちろん私だけじゃないけどね……。 あっ、すみません!! 夕方のスーパーって大混雑なのね、悠里くん。通路で立ち話は邪魔になっちゃう。仕事をしていたときにはこの時間帯に買い物とか来れなかったから』


 生鮮食品のコーナーでは夕方の特売が始まり、買い物客でごった返していた。母親を事故で亡くしてから僕が家事全般を引き受けていたからこの時間の買い物は慣れっこだが、これまで会社勤めだった華鈴さんにとって夕方のスーパーマーケットの混雑ぶりは驚きのカオス状態に映っているに違いない。僕は肝心な挨拶を忘れていたことに気がついた。そうだったな、彼女はもうすぐ……。


『……ご結婚おめでとうございます、今日は一人でスーパーに買い物ですか?』


『ありがとう!! 遅ればせながら花嫁修業中の身なの。結婚後の新生活に向けて買い物にも慣れておこうと思ってね。妹の華鈴かりんからお姉ちゃんは何も家事が出来ないのに本当に大丈夫!? って心配されるくらい私って結婚に向いていないから……。こんなことだったら家事はベテランの悠里くんから教えてもらったほうが断然早かったわね』


『そんなことないですよ、華蓮さんは家事以外は何でも完璧にこなすって華鈴も一目置いてます!! それに僕で良ければこれからスーパーでの買い物の極意を教えますから……』


「……女性のフォローが上手になってきたのは悠里くんが大人になってきた証拠ね、年上キラーの素質があるかも!!』


『か、からかわないでください!! 僕はそんなに女の人からモテませんし、気の利いたセリフの一つも言えないって華鈴から良く怒られてばかりですから……』


『ああ、華鈴ちゃんのそれはね、気持ちの裏……。まあいいか、余計なことを言ったらまたこの間、悠里くんに事前に伝えたときみたいに怒られちゃう』


『ですね!! 最近、また華鈴はな性格に戻ってますから、絶対に怒られます……』


『うふふっ……。間違いないね。きっと華鈴ちゃん、私たちに噂されて今ごろくしゃみしているかも!!』


 混雑の少ないエリアに並んで移動しながら二人で雑談を交わす。ふと盗み見る華蓮さんの横顔は本当に綺麗だ……。その表情にわずかな陰りが浮かんで見えたのは僕の気のせいだったのかもしれない。


『……悠里くん、気にしいで面倒くさいだけど、私がお嫁に行っても可愛い妹をどうか末永く守ってあげてね』


『それじゃあ、まるで僕と華鈴が結婚するみたいな口ぶりですよ、お嫁に行くのは華蓮さんなんですからしっかりしてください!!』


『悠里くんの的確なツッコミ久しぶりに貰えたね。ちょっとマリッジブルーな気分も味わってみたかったから、なんて……。そんなことを言ったらまた華鈴ちゃんに怒られるね』


 そう言って華蓮さんは僕にとって、あの笑顔を見せるんだ、あのころと変わらないのはあなたのほうなのに……。


『そうですよ。華蓮さんには幸せになってもらわないと僕も怒りますから……』


 その瞬間、スーパーの店内に特売タイムセールを告げるアナウンスが響き渡った。


『えっ!? なんて言ったの、周りがうるさくて悠里くんの声が聞こえなかったよ……』


『……別に何でもありません、それよりこれから各フロアで特売スタートですから華蓮さんもモタモタしないで、さあ、そこの列に並びますよ!!』


『ええっ!? 悠里くん、あの混雑の中に入るのは何だか恥ずかしいし、私には無理めなんだけど……』 


『これくらいで恥ずかしがってたら主婦に必須なお得な買い物は出来ませんよ!! まわりのおばちゃんを見習ってください』

 

『……す、凄い、この時間帯はあっという間に半額シールをゲット出来るのね、華鈴ちゃんにもこのお得さをぜひ教えとくね!!』


『それはまだ勘弁してください、可愛い華鈴が中学生で所帯じみると何か嫌なんで……』


『悠里くん、甘々なお惚気をごちそうさま。まだ夕飯を食べていないのに私、お腹いっぱいになっちゃいそうだから!!』


 屈託なく笑う彼女の姿を見ていると僕はとても明るい気分になれた。華蓮さんはきっと良い家庭を別の人と築いていけるだろう。いつの日か僕も大好きな華鈴とそんな生活が出来たら……。


 そんな僕の未来予想図ライフプランを彼女に話したら、いったいどんな顔をするんだろうか? 


 おっと、口を滑らしてしまわないように気をつけなきゃな、小学生のころ幼馴染の華鈴かりんと遊んだ神社の境内、姉の華蓮かれんさんも引率役として付き添ってくれた。そこで良くやった定番の遊び、かくれんぼの最中に華蓮さんと肩を並べて二人で隠れたあの日起こった出来事は自分の胸の中にだけしまっておこう、気が早い話だか僕の黒歴史として墓の中まで持っていくとするか……。


 やかましい蝉の声とともにあの夏の日、かくれんぼの鬼役だった華鈴が叫ぶカウントが僕の脳裏に鮮やかな輝きを持って蘇ってくる。



 *******



『……さーん、しーい、ごーお、ろーく、なな!!』


 いつもでカウント終了が僕らのかくれんぼの暗黙のルールだったな……。

 

 カウントの終わりと合わせるように華蓮さんは僕の耳元にむかってそっとつぶやいた。


【……悠里くん、告白はとても嬉しかったよ。だけど私はあなたの恋人になることは出来ないの、ごめんなさい】


 まだこの胸に残るかすかな夏の残り香をあの日、告げられた彼女の返事と一緒に完全に消し去ろう。


 当時憧れだった年上の女性ひとに告白して見事に玉砕したあの夏の日、不運なさまアンラッキーのカウントは境内から見上げた真っ青な空に吸い込まれていった……。


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 最後までお読み頂き誠にありがとうございました。


 ※この短編は下記作品の六作目になっております。


 それぞれ単話でもお読み頂けますが、あわせて読むと更に楽しめる内容です。

 こちらもぜひご一読ください!!


 ①【あなたの顔が嫌い、放課後の教室で君がくれた言葉】  


  https://kakuyomu.jp/works/16817330653919812881


 ②【私の大好きだった今は大嫌いなあの人の匂い……】  


  https://kakuyomu.jp/works/16817330653972693980


 ③【私の嫌いを見逃してくれたあの日から、つないでいたい手はあなただけ……】


  https://kakuyomu.jp/works/16817330654109865613


 ④【真夜中は短し恋せよ中二女子。あなたのやりかたで抱きしめてほしい……】


  https://kakuyomu.jp/works/16817330654178956474


 ⑤【好きな相手から必ず告白される恋のおまじないなんて私は絶対に信じたくない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654262358123


 ⑥本作品

 

 ⑦最終話【私の思い描く未来予想図には、あなたがいなくていいわけがない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654490896025

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