魔術師見習いカティアたん、辻占いをする

来麦さよな

魔術師見習いカティアたん、辻占いをする

「いらっしゃ〜……ぃ……」

 春の宵、いろんな種族の人々が、友人知人たちとウキウキと行き交うギルド街の飲み屋横丁。

 雑然と建てこんだ建物のすきまの奥、狭い路地のそのまた狭くなっているところ。

 そんな暗がりから、かすかに聞こえてくる、か細い声……。

 なんぞとかし見れば、フードをかぶって座る女。

 小さな机には『うらない』の案内書きがある。


「見るだけならタダだよ〜……」

 いかにもあやしげな呼びこみをしているのは、魔術師見習いカティアたんだ。


 魔法世界と科学世界を行き来するカティアたん。

 今日の彼女は、いつもの魔術師然としたローブに身をつつみ、目深にフードをかぶっている。折りたたみの簡易なテーブルと椅子。机上では、なにやら不思議な文様が浮かぶ布が広げられて雰囲気満点。

 実はこれらの調度品が、科学世界側のホームセンターで調達してきた代物とは誰も気づかないだろう。キャンプ用品のコーナーで現品特価、大安売りのたたき売りをされていたセールアイテムである。


「客来ねえな……」

 ブルッと足をふるわすカティアたん。ちょっと足もとが寒くなってきたようだ。春の夜風はまだまだ冷たい。


「でも今月厳しいしなー。もうちょっと粘るか」

 カティアたんがつじ占いをやっているのは、にもかくにも金銭的な理由からだった。この前の村祭りで散財しすぎたのが、あとからボディブローのように効いてきていた。【註:『魔術師見習いカティアたん、酒乱ドラゴンの退治クエストにまきこまれる』のエピソードを参照】


「ちぇっ。科学世界むこう側のお金と、魔法世界こっち側のとで両替できればいいのになー」

 カティアたんがブツブツつぶやいていると――

「あ、あのぉ、うらない、いいですか?」

 女性の声がかかった。


「あ、はい」

 反射的に返答しながら相手をチラ見する。

 頭の上でピョコピョコしている特徴的な耳。兎耳族の女性だ。それと、

「え? ここちょっと薄気味悪くない?」

 わずかに気味悪がる表情をしているのはヒト族の男性。

「だいじょうぶだよ? わりとよく当たるってうわさのところだから……」

 みたいな会話をしてる。


 いかにも、な感じのカップルである。

 というかラブラブである。

 というか暗い路地が明るくなるほどの、輝かしい幸せオーラを放っている。

 こりゃ結婚まで秒読みだな……とカティアたんは判断する。


 どうぞどうぞ、と兎耳の彼女さんにはテーブル前の椅子をしめす。それからアイテムボックスからもう一脚取り出し、彼氏さんにもすすめた。


「あっ。どうも……」

 二人が腰を下ろす。


「さて、花びら舞い散る春爛漫、今宵はどんなことを占いましょうぞ」

 ちんちくりんなカティアたんだが、なるべく大人っぽい声音でもって尋ねる。こういうときは雰囲気が大切。コミュ障気質の彼女でもビジネスライクなやり取りに特化すれば、まあなんとかなるものである。……ならないときもあるけど。


「はい。実は私たち、今度結婚するんですけど――」

 知ってた。とカティアたんはほぞをかむ。私にはカレシさえいないのに! デキる気配すらないのに! 前世でもいなかったのに!

 そんな感情はおくびにも出さず、


「それはそれは。おめでとうございます〜」

 フードの下から営業スマイル。

 兎耳族は性欲が……っていうけど、彼氏さん夜はだいじょうぶかね〜? 結婚初夜からの数日は夢見心地かもだけど、それが毎晩毎晩果てしなく続いて枯れ果ててしまうって話もよく聞くし……。ご愁傷さま、へっへっへ。という頭の中の悪い考えもいっさい表情に出さない。


 するとカティアたんの営業トークに気をよくしたのか、むふ〜っとした様子で手を握り、ラブラブな視線を交わすカップル。

 すでに付き合いが長いみたいだし、まったく問題ないようだ。

 爆ぜろ! とカティアたんは思うが……カティ悪魔の思考は以下省略。


「なるほど、ではあなたがたのこれからを、ちょっとだけ視てみましょうか」

 カティアたんはカードをすらすらと並べていった。

 彼女が営業場所にしているこの路地は、少々薄暗く、薄気味悪く、肌寒いのは確かだ。けれど立地的にはそれほど悪いものでもない。地脈の枝葉のさらに先の小枝の一端がこの下を通っていて、ちょっとした魔術を起こすのに都合がいい。といって大きめの魔術を行うにはまったくリソースが足りないので、同業者はあまり関心をもっていない区画でもある。


 並べたカードと地脈とを結んでいく。

 それを目の前にいるバカップルに接続。

 カードを媒介にして、地脈とバカップルの糸をつなぐ感覚だ。


 目を閉じて、むにゃむにゃと術式を唱えるカティアたんを見て、

「すげえ、なんか本格的……!」

「でしょでしょ! やっぱりここの占い当たるってうわさは本当かも!」

 とか言いながら手を握りあってイチャイチャするなこのヤロウ、と思いつつ、仕事はきっちりやるカティアたん。

 すぅ……目を開け、ペラペラとカードをめくっていくと――


「ふむ……。『大きな選択』と出ましたが……二人になにか近々大きなイベントは――」

「「ケッコンです!!」」

 二人の声が重なった。

 あっ、はい。そうでしょうね……。

 で、その「選択」に関する先行きを見てみる。


 まためくっていって、最後の一枚に――妙な感触があった。

 ん? 今、「反転」した? とカティアたんは不審に思うが、そのままめくってみると、

「数字の7を表していますね。なにかこれに関連することで思い当たるものはありますか?」

「! すげえ、わかるんだ! 来月の結婚式の日です!」

 うん、彼氏くん、そんなにコーフンしないでいいよ、と思いつつ、カティアたんは思索をめぐらす。


「彼女の誕生日なんですよ! 大安吉日! ラッキー7! もうこの日しかないっしょってね!」

「やだっ。まーくんったら、もう!」

「へへへっ」

 ボッチのカティアたんの目の前でキャッキャウフフする恋人たち。

「ふむ……」

 カティアたんは、しばし考えていたが、


「その日は、やめられたほうがいいですね」

「え?」

 言葉の意味がわからず、一瞬かたまるバカップル。


「このカードを見てください」

 カティアたんは7のカードを示した。

 じっと見る二人。

「それで今出している他のカードの数字を見てください」

 めくり終えている他のカードを示す。

 じっと見る二人。

「あ……。7のだけ色が逆転? してる……?」

 ウサ耳の彼女さんが気づいた。


「そうです。基本的にこれはあまりよくない兆候を表します。あるいは運気の反転。今までご結婚という運気の上り坂にいらしたお二人ですから、これからはしばらく逆に下り坂にさしかかる可能性が高く、もっと悪いのがこの7の日、ということです」

「そんな……」

 顔を見合わせる二人。


「ですので、とりあえず式の日取りは改められたほうがよろしいかと。あいにくですが。まあこんなところでしょうか……」

 とカティアたんは穏便に話をまとめようとしたが、

「そ、そんなわけないだろ!」

 彼氏さんの剣幕が穏やかではない。

「コレなんて、ただの……たかが占いだろ!? 先のことなんて誰もわからないだろ!? 当たるかどうかわからないじゃないか!」

「ちょっと……。まーくん……」

 彼女さんがたしなめているが、

「だってよ……」

 と彼氏さんは気がおさまらない。


「そうですね。です」

 カティアたんは慎重に言葉を選び、

「けれど、です。そうですね――ではこうされたらいかがでしょう?」

「……なんだよ?」


「これから先、七日間のあいだに、お二人が『不吉だ』と感じることが七つ起こったら、お式を延長なさることを強くお勧めします」

「七つ?」

 彼女さんが聞き耳をたてた。かわいい兎耳がピョコピョコ動いている。


「きっかり七つです。たとえば、夜の営みの最中に誰かが寝室の窓をノックするとか、夜の営みの最中に屋根裏からギシギシアンアン不可解な音がするとか、夜の営みの最中に彼氏さんが中折れするとか、夜の営みの最中に彼女さんがまったくイけな――」


「え、待ってよ。『俺たちが不吉だ』って思うことだよね。それって主観だよね? 今みたいに不安だったりするとさ、いくらでも出てくるんじゃ……」


「そうです。だから七つです。六つとか八つとかだったら、まあ……問題なくはないですが、致命的な悲運はふりかからないと思います。けれどきっかり七つ。『アンラッキー7』が起これば、と思ってください」

 大真面目なカティアたんの抑制のきいた声に、しばし言葉を失う二人。


「わ、わかったよ。数えればいいんだろ数えれば!」

 サッと彼氏さんが立ち上がった。すこしおびえた態度が透けて見える。

 彼女さんもつられて立ち上がった。


「ふんっ。なにが占い師だ。気分が悪いったらありゃしない」

「ちょ、ちょっと、まーくん……。あの、ありがとうございました」

「いえいえ、お大事に。あと料金はお一人三千Gですので、お二人で六千Gになります〜♪」

 えっ!? という顔になる二人。


「――なのですが、ここは大サービスいたしまして、お二人で五千Gぽっきりでよろしゅうございます〜♪」

「……!」

 彼氏さんはなにか言いたそうだったが、ほらよっという手つきで五千G金貨を放り投げるように手放すと、さっさと表通りの方に歩いていった。


「あ、あの、ありがとうございました……っ!」

 礼儀正しくペコリとお辞儀して、きびすを返し、いとしの彼氏のあとを追いかける彼女さん。

 明るい大通りに向かう二人の背中を見送るカティアたん。

「ふぅん。できたじゃん。彼氏くんにはもったいないじゃないか……」

 そう言いながら、ほぅ、と細く長い息を吐いた。




 ◇ ◇ ◇ 28日後… ◇ ◇ ◇



「いらっしゃ〜……ぃ……」

 薄暗い路地裏で辻占いをしているカティアたんのか細い呼び声。


「やすいよ……やすいよ……」

 価格改定もしたらしい。


 そして今回は寒さ対策も万全だ。

 簡易テーブルの上に、あるブツが乗っている。こっそり隠し持ってきた小麦の蒸留ジュースだ。チェイサー代わりに水のボトル。

 すぐそこの酒場でポテトのキッシュのカットもゲットし、「これうまいんだよな」ともぐもぐやっていると――


「あ、あのぉ……」

 遠慮がちな、けれど聞き覚えのある女性が声をかけてきたので、ひょいと見上げれば――

「ども……。へへへ……」

 と言いながら頭をかいている彼氏らしき人に、腕をからめている兎耳族の彼女さん。

 先日のバカップルだった。


「あ、どっ……どぅも……」

 つい素の返答をしてしまうカティアたん。

 二人の雰囲気が、どう見ても占ってもらいに来た感じではないので、ふだんのコミュ障ぽさが丸出しになってしまった。


「じつはですね。あれから――」

 二人の語ることは、以下の通りだった。


 七つの不吉、アンラッキー7なんて起こるはずもない、と思っていた二人。あの日、占いのあと表の路地に出たところで、二人の足もとをヒュッと黒猫が横切った。いや、黒猫といっても別に全部が全部不吉ってわけじゃ――と思って見ると、軒下の暗がり、酒樽に乗った黒猫の目が奇妙なほど爛々らんらんと輝いている。いやギラギラと輝きすぎていて、目だけが浮いているように見えて、なぜか二人とも背筋がゾクリとしてしまった。これが一つ目。


 それでも「まさかねえ」と思っていたが、次の日だ。街道で葬儀の長い列に出会ってしまった。しかも葬列が妙に細く、長い。長過ぎる。いつまでたっても終わらない。誰か名のある人が亡くなったのかと思ったが、そんな話も聞かない。

 しかもその葬列の気配が暗すぎる。たしかに葬儀というものはしめやかに行われるものだろう。しかしそれにしても嘆きの度合いが奇妙なほど深く、沈んで、悲哀に満ちている。まるで遺族の嘆きの叫び声が空いっぱいにあふれているようで。それでビリビリと空を引き裂いているようで――けれども葬列自体はいたって静かで、ただしずしずと進んでいくのが、なにやら恐い。これが二つ目。


 それからも彼女さんが使っている愛用の編み道具が折れたり、彼氏さんの弓弦が切れたり、といった「不吉」な出来事が立て続けに起こった。

 数えてみれば、それが「七つ」なのである。

 そしてさらに奇妙なことに、それから期限の七日めまでのあいだ、不吉と思う出来事はさっぱり起こらなかった。


 占いの通りにコトが起こりすぎたので、さすがにこれは占いが当たったのでは? と考え始め、それからもあーだこーだと相談しあったが、結局しぶしぶながら結婚式を延期することになったそうだ。


「――そうするとですよ……」

 彼氏さんがこちらに身を乗り出してきて、

「出たんですよ……」

 出た? なにが!? おもわず喉をごくりと鳴らすカティアたん。ついでにウイスキーもごくり。


 すると兎耳の彼女さんが引き取って、

「私たちが結婚式するはずだった教会に……その……ぞ、ゾンビ……が!」

 ゾンビアンデッド

「しかも大量に!」

 ゾンビが大量に!


 カティアたんはちらりと記憶をたどった。

「あー……。その話聞きました。先日けっこう話題になってましたよね。なるほど、あそこで式あげられるご予定だったんですね……」


 暴れまわったゾンビで教会はてんやわんや。聖水の放水でなんとかしようとするもらちがあかず、とうとう聖都の聖女様がおでましになったとか、ならないとか――そんなうわさも広がるほど被害が出たらしい。


「もしあの日あの場にいたら……。カノジョになにかあったかもしれないんです。なんとお礼を言ったらいいのか……」

 先日は不満爆発、たんかを切って去っていった彼氏さんだが、今夜は神妙な表情だ。そして、

「これ、つまらないものですが……」

 スッと差し出された菓子折りの小箱。


「あ。いえいえ、そんなものはー……」

 いちおう遠慮のそぶりをみせているが、本音は「現ナマにしろよ。ちっ」なカティアたんである。


 けれど二人は菓子折りを押しつけるように渡すと、なんどもお礼を言いながら、立ち去っていった。


 またぽつんと一人になるカティアたん。

「ふん……。まあ当然のことをしただけなんだけどね。占いはいいことも言うし、悪いことも言う」

 達観した様子でつぶやく。

 しかし彼女の手は、「なにかな? なにかな?」という感じで包み紙をガサガサと解いているので、内心のワクワクがダダ漏れだ。


「おーっ。チョコ!」

 一個つまみ上げて、

「へぇ。ホワイトなやつか」

 ぱくり。

「もぐもぐ。おおっ、これアテにいいじゃん♪」

 ウイス……小麦の蒸留ジュースをまたちびりとやりながら、カティアたんは夜空を見上げた。

 ほっと吐く息が、ちょっと酒くさいのは秘密である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術師見習いカティアたん、辻占いをする 来麦さよな @soybreadrye

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ