B面後半 I won't forget you.


後悔を音にまとめたカセットテープと彼の手紙を入れた瓶は、終わりのない広大な海にへと投げ捨てられた。

 波の流れにのってブランコのように揺れていく。


「……ばいばい」

 私と彼の突拍子のない提案から始まった悲劇。

 秘密と罪を懺悔し贖罪をしたら、キリストにでも許してもらえるのだろうか。


「……そんなわけない」

 私は暗示を込めて呟く。

 自己を手に入れる為についた嘘が、自己を否定する最悪の結末に至った。

 これは決して許されるべきでない。

 手段を変えれば良かったのか?

 検証の際に中止をしていれば?

 そんな後出しジャンケンみたく仮定を考えても、現実は常に押し付けられる。

 私はそれほどの傷が形成されてはいなかった。

 彼女に裏切られ、噂を立てられ冤罪を受けただけ。

 自殺にさえ失敗していれば後はどうとでもなった人間だ。

 しかし佳は違う、幼少期からの虐待ゆえに孤独、周りには助けを求める人間はどこにもいない。

 性格ゆえに理解もされない、個人ではなく社会が否定し続けた。

 限界なんてとっくにきていたに決まっている、それでも我慢し続けたのだろう。

 しかし入れ替わってからは一変して、自己が崩壊したのだ。

 尊敬されるのはかつての自分ではなく他人としての自分、演技をしている自分。

 本当の自分を救ってほしかったのだ、私も佳も。

 鳥になりたかったのだ、羽ばたける自由の羽が。



 私はこれからも佳として生きていく、それが彼にとってやれる事なら地獄でだって演じて見せよう。

 これが私にしてやれるコミュニケーションであり存在証明であるのだから。


「おーい、危ないからさっさとこっち来いよ佳!」

 新しい芸術高校の友人に呼ばれる、その子の親が運転している車の窓から顔を出して叫んでいた。

 彼も私に勘づくのも不可能だろう。

 最初からこの私が佳として脳のデータベースにインプットされるのだから。

 それでも私は生きていく、それが彼に出来るせめてもの償い、彼の笑顔を守るただそれだけの理由。

 卒業式の笑顔だけは、演技を捨てた確かなる真実。

 闇や泥を濾過した眩しくも美しい最高の太陽であり、兄の数少ない一面を映してくれたのだから。

 ふと海を眺めると、海食崖にそびえ立つ街路灯が真実に辿り着く人を待つ。

 未練である一つの瓶を照らしているような気がした。

































 ガチャ

 再生ボタンを押して数十分経ち、再生を終えたのを確認して停止ボタンを押してカセットテープを取り出す。

ある少年がこのテープを入手したのは偶然が重なっていた。

 受験勉強の退屈凌ぎに海まで三十分程歩いた所、カセットテープと紙の入った大きな瓶が波に流され手元にやってきたのだ。

 陽光が降り注いでいたのも幸運だった。

 かなりの劣化の痕跡があったが、自分なりに修正したら無事に再生を開始した。

 タイムカプセルを残した少年の思い出をくすぶったのか、ウキウキで開けて再生したはいいものの、いざ聞いてみるとなんとも言い難いむず痒さを肌で実感した。

 余りにも救いのない話すぎて、ノンフィクションであって欲しくない気持ちでいっぱいであったが手紙がそれを許さない。

 少し早めの梅雨入りの雨も相まって、ジメジメとした重い空気を部屋に漂わせた。

 薄暗い空間に学習机の蛍光灯が手紙と参考書の山を照らす。

 すっかり渇ききった手紙の内容も読んで音声が脳から無意識的にこびりついてくる……余りにも虚しすぎた。

 小煩い雨水の音を今だけは聞きたくて窓を開ける。

 メトロドームのように落ちる水滴に不規則に降る雨が耳に馴染んでくる。

 しかし次第にテープの最後の最後に叫びか、嗚咽に似た号泣にしか聞こえてこなくなった。

 携帯型再生プレイヤーで聞いていたので、イヤホンを外し物思いに耽る。

 哀愁を心に秘めながら、少年は静かに雨水が滴る窓を閉めて大きく息を吸って……吐いた。

 自分だけはこの二人の人生を正しく評価しようと、この法で裁けない罪の告白を受け入れようと、そう心の底から願う。

 最後に音声データをSDカードに移行させて、フォーマットデータとして残しておく。

 デモテープとして、記憶はいつか復元すると暗示を込めて。

 そうしてカセットテープを机の棚入れに閉まって……そっと電気を消した。








 "デモテープ"録音終了。

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デモテープ 結城綾 @yukiaya5249

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