A面後半 嘘が真となり、真が嘘となる
突発的発言を実行することになった「私」達は緻密な計画を立てていく。
特徴は似通っている点が多いのは事前に把握済みなので、癖や口調、性格から修正していった。
左利きを右利きに直す作業のようなものだ。
勿論記憶の食い違いのないよう共有も欠かさない。
まずは互いの性格の分析。
夜中や親の不在中に集合しては丁寧に見比べてノートに記録する。
意外と自覚していなかった部分も浮き彫りになりがちで、それを発見するたびに真似をする……言うなればトライアンドエラーだ。
また性格も入れ替えないといけない。
SNSの動画で演技の練習をして、お互いの駄目な点を指摘し合う。
またまたこれらを繰り返していくうちに、徐々に成長を実感したのだ。
最初は羞恥心もあったのかぎこちない凡庸な状態だった。
ビデオ動画で分析すればするほど欠点が浮き彫りになりその分ノートの紙の文字量が増える一方であった。
二ヶ月経つと一変して、普段するあらゆる言動や仕草や息遣いまで酷似してきた。
「私」達ですら似ているという次元を超えて「本物」そのものであったと実感していたのだ。
「そろそろ検証を開始してもいいんじゃないか?」
夏休みに差し掛かろうとしている七月上旬に、部屋で一緒に受験勉強をしながら話していた。
この時期に成功させないと計画に支障が出ると踏まえた上での意見だ。
「そうだね、まずは……」
最初の実験は憎たらしい生みの親、肉親からである。
難易度が高すぎて懸念をしていたが、もしこれで成功してしまったら……それ以上の思考はせずに本番へと向かう。
準備を整えて最終チェックに移行する。
「こ、これで合ってる……?」
「合ってるよ、正真正銘僕だな」
「えへへ……」
後はルーティーンを頭に叩き込み、怪しまれないように全力を尽くすのみだ。
私の部屋に入ると、異臭や埃だらけの空気が舞い散るとても「最低限の営み」が可能な空間を維持していなかった。
絵の具や鉛筆などの画材や紙を除けば、学校に通う為の学習用具と布団しか残されていなかった。
あまりにも悲惨な環境すぎて、私は戦慄せざるをえなかった。
環境を変えないといけないと思いすぐさま行動を開始して、隅々まで清掃、脱臭をする。
窓も全開にして、空気の流れを変える。
工場でしか嗅いだことがない匂いが抜けていき、新鮮で美味しい自然な空気が入ってくる。
次に整理整頓をする、今度も検証を繰り返していくので確実に把握しておかないといけないと考えたからだ。
散らかる画材を整理していると、過去の作品が机に置かれていた。
「これは……」
作品はデッサンであったが、形の崩れていないとても精密で良く観察されているのが一目で分かった。
これを「下手」だという両親は芸術の理解者ではなく、無知なのか盲目でしかない。
絵が上手い下手は技法によってかなり異なる。
水彩画や油絵、近年だとイラストを描く人も少なくない。
どれも人によって絵のタッチが違うので、一概に特殊でもそれが下手に概要される訳ではないのだ。
育児環境さえ改善されたら、恐らくは私より断然達人の域に達するだろう。
そのことに私は悲痛に感じた。
私には努力で埋められる才能があるのにそれを阻止してくる大人に。
……しかしこれは任務なのだ、絶対に成功させなければならない。
そう思い込んで余計な感情と思考を殺した。
全ては私達を守り、そして生きる為に。
そうして私はただひたすらにキャラクターイラストを描きつつ、演技をしているとターゲットがやってきた。
「おい、クゾガ……あら」
母親はカッターを持ち運んで、どしどしと足音を立てながら入ってきた。
ガタンッとドアを閉めて内側から鍵をかける、犯罪行為の隠蔽のつもりだろうか。
そのカッターで何をするつもりかは概ね予想がついた。
「あらあらあら、珍しく描いてるじゃない〜」
しかし私が絵を描いているのを見た途端に、怒り狂った表情や声が私の知ってるいつもの彼女に戻る。
お膳立てをしながら歩み寄ってくる、醜いアヒルだ。
「これならコンテストも受賞するわねぇ」
「う、うん。頑張るよ私」
「じゃあお菓子とジュース持ってきて
相変わらずの上から目線、これに耐えてきた私の精神は鋼のような盤石で構築されていたのだろうか。
カッターを隠す動作をしてから、ゆっくりと階段を降りていった。
スケッチが一つ完成した後に再び彼女が下から登ってくる。
「置いておくわね」
お盆の上に乗せたクッキーとオレンジジュースを机の上に置いた。
「頑張るのよぉ……あら?」
彼女は「私」の描いてあったクロッキー帳に目をやる。
「これ、もういらないわよね破っておくわぁ」
私の悪寒が全身に巡っていくのが伝わる。
「ちょ、やめ」
気がついた頃には私の努力の結晶、パーソナリティーが打ち砕かれていた。
この瞬間に、「私」のかつて抱いていた母の抱擁、父の威厳が打ち砕かれていった。
「あ、ありがとう……」
本当は感謝する義理もない、でもしなければ正体がバレてしまう。
このどうしようもない憤りを溜めたままひたすらに筆を走らせた。
「コンテスト、期待してるわぁ」
そうしてドアを閉めた彼女を見て唖然としていた。
いや正しくは破られたスケッチブックの残骸に注視しながらか。
「……拾わなくちゃ」
私はその残骸を拾っては解答が出来ないパズルをただひたすらに揃えて、その日の憂鬱な一日は幕を閉じた。
「私」達はこの日の実験を終えて、再び密会を行なっていた。
「私」のずっと願っていた夢が、こんなにもあっさりと叶ってしまったのか放心状態になっている。
僕も価値観の急激な変化についていけずにオーバーヒートしていた。
「彼女が……よりを戻したいだってさ」
重い空気が部屋中に漂う中、僕の声が響く。
「会ったのそいつに?」
僕は「私」の行動に危機感を持ちつつ、それが杞憂であったのも理解してしまった。
「ああ、ここ最近の活躍で見直したって」
総体でツーヒットワンホームランという勝ち星を上げてからずっと言い寄られたという。
僕自身、今までそのような活躍をせずにベンチ入りが関の山であったので「私」の活躍に称賛していた。
「それで、悪かったって……」
恐らくは彼女は彼氏と別れでもしたのだろう、だから次のお財布を手に入れたいのが見え見えであった。
「そうか、まあ断っておいてくれ」
「……分かった」
「私」はグローブの手入れをしながらごもごもとこもった返事をした。
「兄ちゃん」
僕は聞き取れるか分からないぐらいの声量で言う。
「……なに?」
「成功しちゃったね……」
「……」
「私」達と一番関係が近しい人間に不審にすら思われず、あまつさえこれこそが本物であるかのように丁重に扱われたのだ。
「僕達って……元々逆だったのかなぁ」
元々
「……さあ、世間はこれをご所望なのかもね」
両親は兄に芸術を、弟にスポーツを求めていた、彼女も同様に野球が得意かどうかでしか判断していなかった。
「私」達の存在意義は、何をするかではなく何ができるかであったのだ。
真実は、探求をして手に入るのではない。
真実は、勝手に訪れては伝える自己中心的なのだ。
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