デモテープ

結城綾

A面前半 外海の懺悔室

夏めく日差しと波立つ海食崖かいしょくがいで私は殺人の懺悔をしていた。


 空々漠々たる大空では鳩が地上に縛られる事なく飛んでいる。


 もう私には到底羽ばたけないので羨ましい限りだ。


 私はボトルの空き瓶に一通の手紙と録音した音声が収録されたカセットテープを中に押し込む。


 何処へ辿り着くのかは到底検討もつかないが、嘘と戯言に塗れたこの世界でのたった一つの真実なのだ。

 私は贖罪の意を込めて瓶の蓋で丁重に閉める。


 準備は整えた、後は実行をするのみだ。

 そう思いながら、私は瓶の中身をじっと見つめていた。


 もう追憶すらしないであろうはずだったのに、最後の最後にまで思いふけていた。


 震える持ち手をもう片方で必死に抑えながら。






「私」二条佳にじょうけいと僕である二条圭にじょうけいは双子であった。


同じ月に日、時差はあれどそれは至って微々たる物であった。


 両親は我が子の誕生にさぞ感慨深かっただろう。


 初桜が咲き誇っては余花も去り、葉桜の季節になりやがて紅葉へと顔を変えては散っていくのを繰り返す内に中学生となっていた。


「私」の性格はやや内弁慶と言ったところで、口下手だったのか周りに馴染めずに孤立気味でいた。


一方僕の性格は一言で言えば画期横溢かっきおういつ

いつも周辺には友人や先生、大人といった誰かには囲まれていた記憶がある。


「私」達双子は共通点が多い、血液型から身長、外見までも遜色ない程である。


 そのせいなのか幼少期からよく間違われていて、判断基準は性格や仕草といった個性ぐらいだった。


 時には肉親である両親にも判断がついていない事もしばしばあった。

 だけどそれは同時に、比較対象の的なのである。


 その事実にいち早く察知していれば、こんな結末には至らなかったのかもしれない。


 両親はよく固定概念に当てはめる様な性格をしていて、「私」には芸術を、僕にはスポーツを要求していた。


 それこそ幼少期から芸術教育に力を入れていた……しかし本当にしたい夢は全くの逆であったのだ。


 親の願望と「私」の夢、これらが食い違う矛盾が発生していたのか次第にやる気を失い落ちぶれていった。


 僕も同じ現象に苛まれていき、中学時代に「私」達は「バカトリオ」と名付けられる様になっていった。


 そうなると当然親の逆鱗に触れ続ける。

 初めは小言で済んでいた、だがそれは次第にエスカレートしていく。


 陰口となり暴力にまで発展していく……要するに虐待だ。


 食事の際には悪口、部屋に戻っても怒鳴り込んで暴力を振るわれる。


 僕にはかなりの寵愛をしていて、僕がいる時には虐待はされなかった……それが余計にタチが悪いのは言うまでもないだろう。


 次第に心がやつれていき、助けを求める相手もいなかった為に自分が悪いと言い聞かせて乗り越えていった。


 明日こそ死ぬ明日こそ死ぬと考えはしたが、実行に移せはしないそんな日々だった。


 受験期に差し掛かるゴールデンウィークに、河川敷で入水自殺の未遂行為を済ませたある日の午後。


 今日も川の水流が緩やかであったせいで生き延びてしまったと思い耽つつ帰路に着く。


 息を殺して玄関のドアノブをそっと開けると、僕の靴がたたきに置いてあった。


 それを見て「私」は、こっそりと部屋を覗いてやろうと靴の調整をしながら悪巧みをした。


 なんせ「私」との待遇の差に内心快く思っていなかった。

 ここらで一発問い詰めてやると息巻いていたことだろう。


 部屋まで忍足で歩き、音を立てずに部屋の先を眺める。

 部屋は帷を下ろしたカーテンで視界が真っ暗。


 定位置に置かれているバットとグローブだけは脳の想像で補完されたが、他にはベットと学習机ぐらいであろうが一つだけ非日常な点がその空間に漂っていた。


 それは何故か、誰が遭遇しても非日常となり「私」としては日常となる光景。





 ――――極太の縄ロープで首を括っている僕が視界に入ってしまったのだから。







「う、うわぁ!?」


「私」はさぞかし驚いたに違いない、大急ぎでハシゴを用意して縄を切った。


 首が折れないように細心の注意を図り、無事に床に下ろすのに成功した。


 幸い首を吊ってからそれほどの時間を有していなかったので、僕は自殺に失敗してしまったのだった。


「なんで死のうとしたんだ」


と酸素補給で過呼吸となる僕に言ったような気がする。


「彼女に裏切られたんだ」


「彼女って……あの?」


 彼女は一度も見たことがないけど、クラス中で話題となるほどの美女でした。

 大人しい華奢な雰囲気を漂わせる温厚質実に近い性格をしながらも、制服や私服を着こなす。

 当時僕がその子と付き合えた時、クラスどころか学年中が噴き上がるような話題を見せ、友人からも羨ましがられていたのだ。


「どうしてお前が……」


 恐る恐るも問いただした所、


「浮気されたんだ、スポーツが出来ないのに呆れたからって言われたさ」


 なんとも冷酷で残虐な理由だと思っただろう。


 彼女曰く、僕は容姿は好みだから付き合ったけどあまりのスポーツの下手さ加減に見切りをつけて、適当に付き合っていたらしい。


 そして同じ部活の先輩に言い寄られてそのまま浮気、性行為もしたという。


 虚言だと言い聞かせたかったがビデオ動画を視聴させられて事実だと認めざるを得なかった。


 ここまでは別れるだけでよかった、でもその彼女が噂を学年中に蔓延させて、DVをしたと捏造され決めつけられたのだ。


 先生や友人ですらそのフェイクニュースを信者のように信じ込み、暴言やら陰口あだ名すら付けられた。


 彼女を問い詰めたが喚き散らして複数人に加害者として扱われるという待遇。


 こんな醜い人間と世間と社会と世界が、全てに嫌気がさしてどうでも良くなったのだ……と。


淡々と語る僕は精神が体に影響を及ぼしているのか、痩せこけた顔にしわくちゃの制服、風呂にすら入れていなさそうな髪の艶加減と体臭が印象に残る。


 静かに傍聴した「私」は、胸に塞ぎ込んでいた鬱憤を晴らすべく悩みを全て暴露したのだ。


 両親の数々の悪行と虐待、そして本当にやりたくて得意なのは球技の方だと。


「私」は絵や音楽の技能にはめっぽう弱く苦手であったが、一方でサッカーや野球といった球技はとびきり得意であった。


 小学生の頃からこっそりと名前を隠して助っ人として参加して、「私」の活躍で試合が勝つことも稀ではなかった。


 当然親には認めてもらえないので、自室での筋トレや球技の基礎練習を独学で行っていた。


 最近ではフライパンやハンマーで殴られても、腕で防げば怪我でも済むようにはなっていたのではないだろうか。


「私」の全身のアザを見せると僕は絶句しているのが即座に理解できた。


「父さんと母さんはこんな非道な事を……」


「ああ、クズだよあいつらは」


 部屋にある置き時計の針だけがチッチッと小さく鳴る。

 沈黙が続くこの状況を変えようと、明かりをつけてベットに座らせてカーテンを開け日光を浴びさせる。


 お茶を用意しようとして、「私」だけコップが無いのを忘れていたので僕のコップを二個使わせてもらった。


 机に置こうとすると、ふと置かれていたクロッキー帳がそこにはあった。


 こぼして汚れてしまわないよう手に持ち、ついでに中身を調べてみる。


 するとどうだろう、プロ顔負けの風景画やキャラクターイラストが続々と出てくるではないか。


 永遠に眺めたくなるほどの出来に、思わず作者の名前を聞く。


「これ、お前が書いたのか?」


「うん、そうだよ……やっぱり下手かな」


「下手だなんてとんでもない!これはプロとして充分食っていけるぞ!」


「そんな事ないよ……」


 咄嗟に肩に触れて上下に揺らす。

 僕は内心褒められて嬉し涙をした。


 友人にも甘々だった親にだって「バカ」というかレッテルは貼られていたからだ。

 初めてだったのだ、人に本気で褒められたのは。


「私には何もないのにな……」


 「そんな事ないよ、兄ちゃんスポーツ得意なんでしょ!誇るべきだよ名前なんて隠してかっこいい!」


 素性を見通していたのかそう言う僕に「私」は崩れ落ちるかのように床に座った。


 今まで「私」達は互いに知らなかったのだ、内に秘める才能に、この才能は確実に伸ばせると。


 その実感が自壊するのは勿体無いと考えた、このままでは一生奴隷として生活して死ぬ。


 運命に縛られるぐらいなら、ここで変えてやろうと。


 そして気まぐれな提案をしたのだ。








「入れ替わってみないか私達!」……と。

 利害の一致からの突発的行動で後戻りできなくなる。

 心を守る為に心を壊すとは想像もしていなかった立夏の日、取り返しのつかない罪を犯すあの日の予兆に希望を分かち合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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