占いの7位は良いか悪いか

小池 宮音

第1話

『今日の7位はてんびん座のあなた! 気になるあの子と急接近するも素っ気ない態度を取っちゃうかも。何を言われてもニコニコしていよう! ラッキーアイテムはシャープペンシル!』


 トースターでカリッカリに焼いた食パンを頬張っていると、テレビから星座占いが流れてきた。へぇ、てんびん座は7位か。可もなく不可もなくって感じ? いや、12位中7位って不可の方か? んー微妙だな。


「ちょっと、床に落ちたパンくず、丸蔵が食べちゃうじゃない。気をつけてよ」

「いや逆にいいんじゃない? 掃除する手間、省けるし」

「バカ、そういうことじゃないの。ほら、早く準備しないと遅刻するわよ」

「はぁい」


 お母さんと朝の会話をして、尻尾を振るチワワの丸蔵の頭を撫でてから私は学校へ行く。


 私の通う高校には普通科と理数科があって、一組から五組までが普通科、六組が理数科というクラス分けになっている。私は理数科なので六組だ。転科できないため、一年から三年までクラスの顔ぶれは変わらない。部活動をしていない限り、普通科の生徒と関わることはない。


 それなのに私は、一人だけ普通科の生徒を知っている。


「おはよう、森本さん」


 靴箱で靴を履き替え、階段を上っていると後ろから声をかけられた。振り返って「げ」と口から嫌な音が出そうになって口元を引き結んだ。代わりに小さく会釈する。


「おはよう、奥田君」


 唯一知っている普通科の生徒、奥田君だ。彼と出会ったのは本屋だった。二年生全員の顔と名前を覚えているという彼に話しかけられ、それからなんやかんやあって顔見知りになってしまった。


 最初は彼のことを変人だと思っていた。なんせエロ本を探しに本屋へ行き、手の平サイズのぬいぐるみを自分で作るのだ。しかし最近では三つ子の妹たちの面倒を見たり、重い荷物を持ってくれたり、優しい一面もあることを知った。


 研究者になりたい私は、彼とは研究対象として関わろうと思っていたのだが、思ったより距離が近づいていてこのままでいいのかと葛藤していたりする。


 正直言って複雑だった。


「森本さんって何座?」

「え? 星座? てんびん座だけど……」

「え、マジ? 俺もてんびん座! すごい偶然。じゃあ今日は俺も森本さんも7位だね」

「朝の星座占い? 私も見た」

「そうそう。7位ってさ、微妙だよね。7っていう数字自体はラッキーだけどさ、順位的にはアンラッキーじゃん? ラッキーセブンならぬアンラッキーセブンだよね」


 なんだその理論。共感できなかったので首を傾げると、奥田君は肩をすくめた。


「盛り上がんなくて残念」


 落ち込む意味が分からないし、盛り上がる話題でもない。冷ややかな目で奥田君を見て、ふと占いを読み上げるアナウンサーの声を思い出した。


『今日の7位はてんびん座のあなた! 気になるあの子と急接近するも素っ気ない態度を取っちゃうかも。何を言われてもニコニコしていよう! ラッキーアイテムはシャープペンシル!』


 いやいやいやいや。そもそも奥田君は『気になるあの子』に該当しないし、ただ星座が同じだったというだけで急接近したわけじゃない。何を言われてもニコニコできるほど表情筋が柔らかくない私にとって、この占いは信じるに値しないものだと判断した。


「あ、そうだ。森本さん、シャーペン持ってない?」

「あるけど……」

「ラッキーアイテム、たしかシャーペンだったよね? 俺ペンケース持ってきてなくてさ、持ってないんだよね、シャーペン。一本貸してくれない? ちゃんと返すからさ」

「別にいいけど」


 私はカバンの中に入れたペンケースから青色のシャープペンシルを取り出して、奥田君に渡した。彼は満面の笑みで「ありがとう!」とお礼を言う。


「俺、モノを失くす天才でさ、自分のシャーペンとかってすぐどっかに行っちゃうんだよね。でも借りたモノは絶対返すからさ、安心してよ」


 じゃ、と奥田君は手を振って階段を上り始めた。


 やっぱり彼は変だ。自分の物を失くしても他人の物は失くさないって、意識の問題なのかな。彼はいつもどうやって授業を受けているのだろう。毎日誰かに借り物してるのだろうか。っていうか借りたラッキーアイテムってラッキーにしてくれるの? まったく分からない。


 興味がないのに奥田君のことが気になって仕方がない。


 私はひとつため息をついて自分の教室へ向かった。


Continue……

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