第2話 バレてますよ、佐藤さん


 ――放課後。

 月永先生に課された、ソシャゲ『ツイスト』の感想文をパソコンで1万文字ほど書いて提出した。

 執筆時間は約30分。

 タイピングが速すぎてキモい。

 速すぎて指が沢山あるように見えると言われた俺の本気である。

 沢山あるよ。


 『ツイスト』のストーリーに込められた想いや普通は見落としてしまうような伏線、人物同士の関係性を象徴している動作や出来事。

 それらを自分なりに全てくみ取って原稿に書き記した。


 目の前で原稿を読み終えた月永先生は思わず眉間を指で抑える。


「良すぎる……解釈一致だ。これは確かに私の授業なんか聞いてる場合じゃないな」


 おい、国語教師。

 それだけは言っちゃダメだろ。


 月永先生は職員室内をキョロキョロと見渡すと、俺にこそこそと話す。


「よし、次の課題だが……『ローラン×主人公』で創作を書いてくれ」


「生徒に同人小説発注するなよ!」


「頼む! ニッチ過ぎて供給が足りないんだ! 神作家様、どうか!」


 月永先生は両手を合わせて俺に頭を下げる。


 美人でスタイルも良くて女性なら誰もが羨むような美貌を持つ月永先生。

 そんな彼女に彼氏が全くできない理由が少し分かった気がした。


       ◇◇◇


 ようやく月永先生から解放された俺は帰りにいつものカフェに立ち寄った。

 部活なんて入っていないのでよくここでソシャゲをして時間を潰している。


「いらっしゃいませ、おひとり様ですね!」


 入店する俺を、カフェ店員の女の子が笑顔で出迎える。

 胸元には『田中』のネームプレートを着けていて、長めの前髪を☆型のヘアピンで留めている快活な女の子だ。


 ここは秋葉原駅前のカフェ、『ソクラテス』。

 そのネーミングセンスはともかく、この町にもメイドカフェ以外の普通のカフェは存在していた。


 俺は鼻で笑ってその店員に一言申す。


「決めつけるな、もしかしたら今日こそは1人じゃないかもしれないだろ? 素敵なお友達を連れているかもしれないし、ひょっとしたら可愛い女の子と待ち合わせで――」


「おひとり様、1名入りまーす! いらっしゃーせ!!」


 いつもながら、断定されてしまった。

 まぁ、俺に友達なんて居るわけないが。

 あと、「団体様、3名」とかなら分かるが、「おひとり様、1名」ってそんなに強調する必要あるか?

 そして、その居酒屋みたいな景気の良い掛け声はやめた方が良いと思う。


 俺が席に着くと、注文する前にいつも飲んでいるカプチーノがテーブルに置かれた。


 何これ、お通し?

 本当に居酒屋になったの?


 田中のネームプレートを着けた彼女はドヤ顔で胸を張る。


「お客様のご注文はこちらですよね? 常連さんですから分かっていますよ。先に淹れておきました!」


「おっ、凄いじゃないか。珍しく気遣いができてるな」


「えへへ~、もっと褒めてくれても良いんですよ?」


 いつも無礼しか働かない彼女を褒める日がくるとは……。

 素直に感心し、一口飲んで俺は顔をしかめる。


「あの、凄くぬる~いのですが……」


「そりゃ~、先に淹れておいてましたからね。ぬる~くもなりますよ。お客様の人生と同じです」


 放置してどうする、俺が来た瞬間に淹れろよ。


「誰がぬるい人生だ。前言撤回する、これ飲んで待ってるから提供をやり直せ」


 俺が至極まっとうな指摘をすると、田中さんは衝撃を受けたような表情をした。


「そんな!? いつも店内でソシャゲばかりやってるお客様の人生がぬるくないって言うんですか!? 色々とやり直すべきなのはそちらでは!?」


「どこに引っかかってるんだよ! あと言いすぎだ、泣くぞ」


「ガチャ回すよりも友達と一緒に遊び回った方が良いですよ?」


「できるならやっとるわ。友達ができないからここで毎日時間潰して家に帰ってるんだよ」


「なるほど……や、やっぱりお客様に友達は似合いませんね! どうぞ、毎日ここで時間を潰して貴重な青春を浪費してください!」


 田中さんはなにやら少し慌てた様子でそう言うと、俺の注文であるカプチーノを伝えにカウンターに行く。

 そして、すぐに戻ってきた。


 今日もいつも通り、店内はガラガラなので俺に世間話を仕掛けるつもりなのだろう。

 いや、大丈夫なのかこの店。


「実は私も始めてみたんですよ! 『イヌ娘』!」


 そう言って、田中さんは自分のスマホを取り出した。


「あぁ、道理で……」


 合点がいった俺は思わずそう呟いてしまう。


「道理で……?」


「……道理で今日はいつも以上に元気なんだと思ってな。ソシャゲは人生にハリと徒労を与えるからな」


「徒労も与えちゃうか~。これ、起動すると声が出てくるんですよねぇ。私、知らなくて今日びっくりしちゃいました。でも、これでお客様と一緒のお話ができますね!」


「わざわざそんなことの為にゲーム始めたのかよ」


「田中ちゃ~ん、カプチーノできたわよぉ~」


 そんなことを言っている間にカウンターにいるバリスタに田中さんは呼ばれた。

 ちなみにバリスタさんは筋肉ムキムキのニューハーフ、名前は権田さんである。


 1杯目のぬるいカプチーノを飲み終えた俺はようやく暖かいカプチーノにありつける。


「へい、カプチーノお待ち!」


 寿司屋か、と思わず突っ込みたくなる掛け声で威勢よく田中さんは俺のテーブルに提供した。


 俺はそんな田中さんをじっと見つめる。

 そして、言ってやった。


「――『サトウ』」


 俺の言葉に、田中さんは一瞬ビクリと身体を震えさせた。

 俺はカプチーノと共に運ばれてきた目の前の小瓶を指さして注文する。


「お前が運んできた砂糖入れ、空だぞ? 『砂糖』もらえるか?」


「あっ! すみません、私が運ぶ途中で食べちゃいました! すぐにお持ちしますね!」


 冗談を言った田中さんはホッとしたようにため息を吐くと、パタパタとカウンターまで取りに行った。


(バレバレですよ、佐藤さん……)


 俺だけが密かに知っている秘密。

 俺の隣に座る物静かな優等生、長い髪で顔が隠れている佐藤さん。


 でも、バイト先だとその長い髪をヘアピンで留めて、少しウザい位に明るい女の子『田中さん』として振舞っているということだ。

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