第3話 ただの日常会話だよ
バリスタの権田さん特製カプチーノを飲みながら、俺は死んだ目でソシャゲを進める。
全ては無償の魔法石を集めて無料でガチャを引くためだ。
――カラン、コロン
すると、ドアに付いてるあの名前の分からない鈴が鳴った。
どうやらお客さんが来店したらしい。
悲しいことに1人でも十分に手が足りてしまうこのカフェのウェイトレスは田中さん1人だけである。
そんな看板娘の田中さんはパタパタと走ってお客さんを迎えに行った。
「いらっしゃいませ! おひとり様でよろしいでしょうか?」
来店したのはガタイの良い欧米人顔の外国人男性だった。
サングラスを頭にかけて目に優しくない派手な服を着ている。
「"なんだ、この店はメイドがいねえのか? まぁ、どこも混んでるからここでいいか"」
「あっ……えっと……」
外国人客は英語しか分からないようだった。
田中さんも優等生なはずだけど、この欧米人はカントリーサイド出身なようで訛りが強い。
聞き取るにはかなりの慣れが必要だ。
「"へい、可愛いお嬢ちゃん。窓際の席に案内してくれ、ガールズウォッチしたいからな"」
「えっ、あっ、は、ハロー。ハワユ?」
田中さんは完全に委縮してしまっていた。
外国人の方もあまり柄が良いようには見えない。
(全く、俺はコミュ障だから会話は苦手なんだが……)
俺は席を立ちあがった。
「"窓際のお席ですね。こちらへどうぞ"」
俺は田中さんの後ろからその外国人に声をかける。
そんな俺の姿を見て、田中さんはポカーンとした表情で呆けていた。
「"おっ、英語が分かる兄ちゃんが居るじゃねぇか"」
「田中さん、俺が案内するから英語のメニュー持ってきて」
「えっ!? あっ、はい!」
欧米人を俺のすぐそばの席に座らせた。
ここなら何かあっても田中さんを俺がフォローできるだろう。
「"お決まりになりましたら手元のボタンでお呼びください"」
「"おうよ~"」
田中さんが持って来た英語のメニューを渡しながら俺はヘタクソな笑顔を向ける。
自分の席に座って深くため息を吐いた。
田中さんが俺の隣に勝手に座って鼻息を荒くする。
「お客さんって英語話せたんですか!?」
「オンラインでゲームする時は外国人ともマッチングするから英語くらいは話せる。特にサバイバル系のFPSゲームは連携が命だからな」
「す、凄い……私なんて慌てちゃって……」
「あの人の英語はかなり粗雑だ。俺みたいにFPSで糞みたいな罵り合いや煽りや文法がめちゃくちゃな猿の鳴き声でも聞いて耳を慣らさないと聞き取れない。というか、聞き取れなくて良いから」
「ゲームって、役に立つんですねぇ~」
田中さんは珍しく俺に尊敬のまなざしを向ける。
「と言っても日常会話レベルだ。『9mmのハンドガンの弾をくれ』とか『右前方の草むらに敵が居る』とか『二度とその汚い面を見せるなよ!』とかだな」
「それ、日常会話で使います? ともかく、助けていただきありがとうございます! こちら、お礼のカプチーノでございます」
田中さんは英語のメニュー表を取る際にバリスタの権田さんにお願いしていたのだろう。
グツグツと沸騰しているカプチーノを差し出した。
「まだ2杯目も飲み終わってないんだが? というか、熱すぎだろこれっ!」
「さっきはぬるいって文句言ってたじゃないですか~」
まぁ、2杯目を飲んでいるうちに最適な温度になるだろう。
そんな会話をしていると例の外国人が注文のベルを押した。
「俺が注文を取ろうか?」
「いえ! 英語のメニュー表がありますから、お客様はどうぞごゆっくりおくつろぎください!」
「大丈夫か?」
「さっきは取り乱しましたが、今度は大丈夫ですよ!」
田中さんは元気にピースをする。
英語よりも俺は少し気がかりなことがあった。
この外国人、さっきから田中さんのことを品定めするような目で見ているような……。
不安に思いつつ、俺は田中さんと外国人のやり取りを見守る。
すると、その外国人は不意に手を伸ばして田中さんのお尻を触った。
「――キャっ!?」
田中さんは小さく悲鳴を上げると、驚いて跳びのく。
いつも天真爛漫な田中さんの、見たことのない狼狽えた表情だった。
「"わりぃ、手が滑っちまった"」
外国人はそう言ってヘラヘラと笑う。
「"――こちら、当店自慢のカプチーノでございま~す"」
気が付いた時には、俺はそんな言葉と共に熱々のカプチーノを座っている外国人の頭に注ぎかけていた。
「"あっつぅぅ! 何すんだテメー!」
外国人は額に血管を浮き上がらせて立ち上がり、俺を睨みつける。
俺はすぐに田中さんの手を引いて、自分の後ろに隠した。
「"すみません、俺も手が滑っちゃって。お互い様ですね"」
「"んなわけあるかぁ! ぶっ殺す!"」
そして、外国人はその太い腕を振り上げる。
俺は殴られる覚悟を決めて、ギュッと目をつむった。
しかし、俺の顔には衝撃がやってこなかった。
恐る恐る目を開くと――
「あらぁ~ん! どうしたの~? 田中ちゃんの可愛い悲鳴が聞こえたんだけどぉ~?」
ニューハーフのバリスタ、権田さんが笑顔でその外国人の腕を掴んでいた。
太いと思っていたその外国人の腕のさらに一回りは大きい腕に、ハートのタトゥーが入っている。
「お、お尻を触られたんですっ!」
「あらあら~、イケない子ねぇ」
田中さんが頑張って声を上げると、権田さん腕に力が入りミシミシと音を立てる。
「"痛たたたた! 腕がっ! 腕が折れちまう!"」
さらに、権田さんはもう片方の手でその外国人のお尻を触ると耳元で舌なめずりを聞かせつつ、ねっとりと言う。
「ファック、ユー♂」
こんなに怖いファックユーを俺は知らない。
外国人は自分のお尻を両手で守るように抑えながら腰を抜かしてしまった。
権田さんはその外国人の襟を掴んで子猫でも扱うようにお店から叩き出す。
「これで少しは田中ちゃんの気持ちが分かったかしら?」
「"ひぇぇ~、お、犯され……犯される……!"」
外国人は腰が抜けたまま、生まれたての小鹿の様に這いつくばって逃げて行く。
無敵の権田さんを味方につけた俺は中指を立てて英語で煽った。
「"二度とその汚い面を見せるなよ!"」
田中さんは俺の英語を聞いて首をかしげる。
「今のは、なんて言ったんですか?」
「ただの日常会話だよ」
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