悪魔のゲーム・真実

 俺は自室のベッドに寝っ転がり、スマホの時計を確認したところで、ううんと伸びをした。


 まもなく、ゲームを始めて7日目に突入しようとしているところだ。6日間の間にいろいろあったが、約24時間後には俺は億万長者になれる。


 大金を手に入れたら学校なんか辞めて、一生遊んで暮らすと決めている。学がなくても金さえあればいい。それだけできっとモテモテになって、やりたい放題やれるのだから。


 同じくゲームに参加しているサンダは、逃げ切った暁には10億円が欲しいと言っていた。あまりに少なすぎてびっくりしたが、『5兆円は家に入り切らないほどの量』と知り合いから聞いたんだそうだ。


 だから俺も希望金額を500億くらいに下方修正することにした。それでも多すぎるわとサンダにもミトワにも突っ込まれたが、望みは大きいほうがいい。


 ちなみにサンダはゲームをひと足先にクリアしている。


――ただ、本人はそのことをまだ知らないかもしれない。



 ミトワは、何を望むつもりなのか全然教えてくれなかった。ただ、今までのヤツの言葉にヒントはあった。


 これは信用できる情報筋から得た情報なのだが、ヤツの妹さんはかなり重い病気に苦しんでいて、この冬を迎えることはできないと言われているらしい。サイコロの目が小さいほうがいいと言っていたのは多分そのせい。


 きっとあいつは妹さんが元気になることを願うつもりなのだろう。しかしミトワの【残り】は24日。いや、そろそろ23日になるのか。


 死んでしまったものは悪魔にもどうしようもないというので、ゲームの終わりを待たずに妹さんが死なないように願うしかない。


――ここでスマホのアラームが鳴る。日付が変わったのだ。その瞬間、俺の目の前に、あの悪魔が7日ぶりに現れた。


「うわあ!!」


 のけぞる俺に、恭しく頭を下げるバンカー。窓には鍵がかかっているし、ドアも開けてないのにどうやって入ってきたんだという感じだが、悪魔にはその辺りのことは関係ないらしい。


「どうもナナムラさん。お久しぶりです。今日はゲームに関して重大なお知らせがあり、お邪魔させていただきました」


 狭い部屋で膝を突き合わせて座る俺とバンカー。床に直に座ると翼が邪魔なようで、どこか居心地が悪そうな顔をしている。


「で、重大なお知らせってなんだよ?」


「このゲーム、実は期間中の【不運】の総量は参加者全員同じ。サイコロで出た目の数で【不運】を等分し、1日にひとつずつお届けしていたのです」


「は?」


「とはいえ我々も鬼ではないですから。サイコロに仕掛けをして、小さい目は出にくいようにしているのですがね」


 ……ああ、なるほど。


 悪魔の言わんとしていることがわかり、俺はポンと手を叩く。総量が同じなら、細かく分割されるほどひとつひとつの【不運】は小さくなる。受けるダメージは小さいはずだ。


「どちらかと言うとサイコロの目がでかい方がゲームに有利? ってことか?」


「ええ。理解が早くて助かります」


 バンカーはぎゅうっと口角を持ち上げて笑う。


 しかし、小さい目が出ないよう取り計われているのに『3』を出すなんて……俺は今も病院にいるサンダのことを思った。


 ちなみに『3』を引いたサンダは、3日目に駅の階段から転がって救急搬送されている。命はあるのだが打ちどころが少し悪かったらしく、いつ出てこられるかはわからないというのを人伝に聞いた。


 そう、3分割でそれである。俺の場合は7分割されているだけに【不運】は小さなことばかりだったし、この調子だと今日もたぶん楽勝だろう。


「なるほど。今日は最終日だからそれを教えにきてくれたわけだな」


「ああ、いいえ。お知らせというのはですね、ちょっとした手違いが……えっと、単刀直入に言うと、今までナナムラさんにお届けした【不運】は、規定よりはるかに少ないことが判明したのですよ」


 こんなことは我々も経験がなくてと、今まで余裕のある笑顔しか見せなかったバンカーが、初めて表情を曇らせた。


 俺は、今までの話を脳内で復唱する。


 【不運】の総量は全員同じで、それぞれが出したサイコロの目の数で等分される。それが1つずつ、参加者の元に届けられる。


 実はこの6日間、順番こそ違えど、『30』を出したミトワとほぼ同じ【不運】に見舞われていた俺。


 溝にハマって気に入ってた靴を泥だらけにしてしまったとか、信号待ちしてたら鳥のウンコを頭に食らったとか。


 一番大きいものでも、文化祭の作業に駆り出されてる時に段ボールの端で手をざっくり切ったとか、そんな、割と些細な。


 いや、と言うことは――俺はバンカーが言わんとしていることに気がついてしまった。


「ってことはなんだ!? ってああっ!? 俺やばいんじゃねえの!?」


「ええ。最終日、7日目には残りの【不運】をまとめてお届けすることになります」


 バンカーは言うべきことを言ってスッキリしたのかまたいつもの笑顔に戻っていたが、相対している俺は身体が凍ってしまいそうだった。





 今日も俺は【不運】に見舞われる。


 それは『3』を引くよりもはるかに大きいものになることに気がついたからだ!!


 恐怖のあまり、歯の根がだんだん合わなくなってきた。


「はああっ!? 待て待て待て!! そっちのミスなのに救済措置的なのはないのか……お、降りる!! 俺は降りるぞ!!」


 鬼じゃないかもしれないが、やっぱりコイツは悪魔には違いない!! 慌てて手の甲をゴシゴシ擦るが、刻まれた印は消えることはない。バンカーはそんな俺を薄ら笑いを浮かべて見ていた。


「申し訳ありませんがゲームへの参加は取り消せないのですよ。もちろんサイコロの出目も、【不運】の総量も変えられません。しかし今回のは完全にワタクシの落ち度。せめてものお詫びに、本来ならば参加者には秘匿するべきをお伝えしにきた次第です」


「あ、明日俺に何が起こるんだ!? 知ってるんだろう!? 教えてくれ!!」


 バンカーは俺に胸ぐらを掴まれ揺さぶられても、全く動じる様子を見せない。ただ、緑に光る目を笹の葉のように細め、黙って俺を見ているだけ。


 右目の中心には『7』の数字が刻まれていることに気がついて、背筋に寒気が走った。


「申し訳ありませんが、お届けした【不運】が貴方様に具体的にどのように作用するか、ワタクシにもわからないのですよ。それこそ運任せ、ということですね」


「そんな」


 バンカーは俺の手から逃れ、窓辺に移動していた。ひとりでに窓が開き、冷えた夜風が容赦なく吹き込んでくる。俺はとうとう立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。


「それでは、ご健闘をお祈りします」


 黒い翼を背負った紳士は、最初に出会った時と同じ優雅な礼をすると、目の前から煙のように忽然と消えてしまった。


――てか、どうすればいいんだよ?


 部屋に一人取り残された俺は、呆然と手の甲に刻まれた逆ペンタグラムを見つめた。

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