悪魔のゲーム・2

 大仰な開始宣言ののち、俺たちの左手が緑色の炎に包まれる。全く熱くはないが、俺はビビりすぎて声が出せず、サンダは悲鳴をあげ、ミトワはさすが落ち着いている。


 炎が消えると、手の甲に赤い一筆書きの星が浮かび上がっていた。


「これは!?」


「ワタクシたちとの契約の……ああ、ゲーム参加者の証ですよ。期間が終了すれば自動的に消えますのでご安心を」


 続けてバンカーは何もない空間から、小さなテーブルを喚び出した。それから、どこからか取り出した白いクロスをテーブルにかける。テーブルの大きさは大きめの丸盆といったところ。天板の真ん中から、細かい彫刻が施された足が伸びている。


「ヒッ」


 テーブルの足の細工に目を引かれていると、横にいたサンダが息を引く。その目線を追って見たテーブルの中央には、いつの間にか透き通った緑色の物体が転がっていた。


 そこにあるのは確かにサイコロ……なのだが、サイコロ、と聞いて想像していたのもとは形が全く違った。


 形は球形に近く、書いてある数字がやたら多い。この白く刻まれた数字がなければスーパーボールとでも思ったかもしれない。大きさは2センチくらいか……いやもう少し大きいかな?


「これは、菱形三十面体……か。初めて見たな」


 サイコロをゆっくり手に取ったミトワが興味深げに目玉を寄せ、まるで呪文を唱えるように言う。


 三十、ってことは1から30まで目があるということで。


「げえっ、もし30引いたら丸1ヶ月毎日アンラッキーなわけ!? じゃあ、俺は1狙いで!! さっさと願いを叶えたい!!」とサンダ。


「俺もできたら小さいほうがいいな」とミトワ。


 俺も2人と同意見なので頷いた。【不運】とやらに耐える日数はできるだけ短いほうがいいに決まっている。


「それでは、1人ずつサイコロを振ってください」


 目を細めたバンカーに促され、まずはサンダから。出目は『3』。


 続いてミトワ……なんと、出目は『30』。


「うわあ、いつも固いことばっかり言ってるからじゃねえ? お得意の努力でせいぜい頑張れよ」


 ミトワはサンダの軽口に何も言い返さず、ただ思い詰めた表情をしていた。そりゃそうだ。ほぼ1ヶ月毎日【不運】に襲われるなんて思ったら、あんな顔をするしかないだろう。


 そして最後は俺。できるだけ小さい目が出ることを祈りながら、緑色のサイコロを手に取った。


 見た目から想像していたよりはずっしりと重かった。表面は宝石のように滑らかに磨かれていて、濡れたような輝きを放っている。


「どうぞ」


 5兆円、5兆円と念じていた俺だったが、バンカーの一言で覚悟を決めた。手を離れたサイコロは迷うことなく、ひとつの数字を弾き出す。


『7』


「と言うことは7日間……ちょうど1週間耐え抜けばいいってことか」


 俺がつぶやくと、バンカーは満足そうに頷いた。


 俺もサンダくらい短い方が良かったが、ミトワの30よりははるかにマシだ。ラッキーセブンとかいうし、なんだか縁起がいい気もする。


「それでは、みなさん。ご健闘をお祈りいたします」


 悪魔はポンとひとつ手を叩いた。



――ハッと気がつくと、視界を埋め尽くしていたのは青い空。


 俺は、先ほどに引き続き屋上に寝っ転がっている。俺の隣にはサンダが横たわっていて、なぜか真面目優等生のミトワまでがコンクリートの床に沈んでいる。


「えっ、ああっ、やっぱり夢か……はあ。金持ちになるチャンスが」


 真っ先に体を起こしたのは俺。手に入れかけた5兆円はつゆと消えた。雲ひとつない青い空を見上げ、ため息をつく。


「……おいナナムラよ。もしかして、何でも願いを叶えるってやつか? 俺も同じ夢見た」


「はあっ? サンダも!? そんな偶然あるのか!?」


 サンダも続けて体を起こす。


「……居合わせた3人が偶然、こんな真っ昼間に同時に眠って、同じ夢を見る確率なんて限りなく低い。なんらかの力が働いたと考えるのが自然だ。それにほら。これはおそらく逆ペンタグラム、悪魔を象徴する図形と言われている。あの悪魔は……たぶん本物だ」


 ……そういえばこいつもいたんだった。


 最後に起き上がったミトワが、自分の手の甲を俺たちに差し出してくる。刻まれていたのは一筆書きの星。


 俺、サンダの手の甲にも同じものがある。その中心にはそれぞれが出した出目が刻まれている。


「ええっ、じゃあ、あの夢は夢じゃなくて」


「現実……?」


「だろうな」


 互いに顔を見合わせた。どうやら俺たち3人は、『悪魔のゲーム』の盤上に乗せられてしまったらしい。


 俺は『7日間』


 サンダは『3日間』


 ミトワは『30日間』


――この間、1日1回襲ってくるらしい【不運】から生き延びれば、あの悪魔に願いを叶えてもらえる。


 俺は念願の5兆円を手に入れるために、7日間の戦いに挑むこととなった。

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