終.ぼっち飯ラプソディ

 翌日の昼休み。

 俺は、いつもの屋上扉の前で、弁当を食べていた。

 結局、昨日の花火騒動は有耶無耶になったらしい。

 消防車の出動はあったがケガ人もなく、出火原因も不明……というのが学校側の説明だ。

 生徒からは学祭の中止を危ぶむ声もあったが、杞憂に終わった。

 おそらく、愛染グループが裏で動き回ったのだろう。あれだけの騒ぎがあったのに何も無いのは、不自然すぎる。

 よくよく考えると恐ろしい話だ。法治国家が泣いてしまう。

 ちなみに、Jは上手く逃げ切れたようで、今日も普通に登校しており、さっき、ガクと二人で購買に走っていた。

 俺は相変わらずの“ぼっち飯”だ。

 二年も続けていたんだ、今更、一緒に昼食をとる相手もいない。

 昔はどうしてたんだっけと、弁当をつまんでいると、


「崇三根さんですか」


 扉の向こう、つまりは屋上のほうから、愛染の声がした。


「……そうだけど」

「……昨日は、ごめんなさい。事情を知らなかったとは言え……」


 扉越しのくぐもった声は、弱々しかった。


「まあ、無茶したのはお互い様だし。それに、昨日タクヤさんに言われて気付いたんだ。意地を張るのは、ちょっとガキっぽいなって」


 ふふふ、と愛染が笑う。


「それも、お互い様ですね」

「……色々してくれたのに、悪かったな」

「いいんです。おかげで、たくさんの友人と、一緒にお昼が食べられました」

「そういうもんか」


 背中を預けている扉から、振動が伝わってきた。愛染も、扉に背中をつけて座ったらしい。


「今、私もお弁当を食べてるんです」


 愛染は弁当派だったっけ、とどうでもいいことが頭に浮かぶ。


「……これって、まだ“ぼっち飯”ですか?」


 愛染の言葉に、ドキっとする。

 以前、愛染に定義を訊かれた俺は、知人と同席して食事をとった場合、それは“ぼっち飯”ではないと答えた。

 今はどうだろう。

 俺と愛染の間には、扉がある。同席しているとは言い難い。

 しかし、確かに隔たれてはいるが、会話――意思の疎通はできている。


「うーん。“ぼっち飯”と言うには中途半端な状態かもな」

「……嫌ではないんですか」


 愛染は、躊躇いがちにそう言った。


「別に。もう“ぼっち飯”へのこだわりは、どっか行っちまったみたいだよ」


 俺の心は一連の騒動を通じて吹っ切れ、清々しさまで覚えていた。

 きっかけをくれた愛染には、感謝している。


「それじゃあ……」


 扉が急に開き、俺は後ろに倒れ込んだ。

 弁当をひっくり返しそうになり、必至にバランスを取る。

 前言撤回だ。文句の一つでも言ってやらなくては。

 弁当を置き、背後を向く。

 扉の向こうには、黒髪とスカートを風になびかせて微笑む愛染と、秋の高く澄んだ空が広がっていた。


                                   <了>

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愛染美雪は「ぼっち飯」を許さない! 真瀬 庵 @kozera_hinami

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