第9話 ここにいる理由

「だから関係無いと言っているだろう!」


「どうだか、近頃お前の様子はどこか怪しかったからな」


明日に試験を控えた『EUN(ユーン)』の格納庫では怒鳴り声が響き渡っていた。


「年下の男にうつつを抜かすとは、『氷の貴婦人』が聞いて呆れるぜ」


「貴様…………」


「別に睨みつけたって怖かねーな。なにせお前にはことある事に怒られっぱなしだからよ」


「誰が好き好んでこのような計画に参加するか!」


「ハァ?何言ってるんだお前?」


「人の気も知らずに相手を見透かしたと思い込むな愚か者!」


「なっ!おいマリナ。どこに行く?まだ調整は終わって………」


「うるさい!こんな状態で調整など進むものか!」


「そんなこと言ったって限られた時間は…………」


足早に立ち去るマリナ。


「どうする中尉?」


「『メインパイロット』のマリナがいないんじゃ、お手上げだよ『貴婦人』の機嫌が治るまで休憩としよう」


「わかった」



(それは本当なのですか?)


(あぁ。間違いない。他の勢力では既に成功したという情報もある)


(ですがそのような自然の摂理に反する行為を認めてしまってよろしいのですか?)


(…………既にこの計画は【人を機械のエネルギーとする】なんて充分侵してならん領域まで到達してるんだ、【死者を冒涜する】など生きている人間を利用することに比べればどうということも無い………)


(それは…………)


(それに我々が使用する【サンプル】の最適任者は君だ。『γ-ブレイク』の説明を聞いて理解しているとは思うが、この計画を成功させ『EUN(ユーン)』が今後主導権を握るには【君達】の力が必要不可欠なのだよ)


(仰ることはわかります。ですが…………)


(我々はね、君の現状を危惧しているのだよ。『マリナ·ユーベンバッハ』大尉?)


(危惧ですか?)


(近頃の君はどうも死に急いでいるように見える)


(!?)


(その原因がなんなのか…………我々はある程度予測はしている)


(……………)


(『マリナ·ユーベンバッハ』大尉。我々は君に期待している。だからこそ今の君の状態を愁いでいる)


(…………)


(この計画に参加することは今の君にとっても悪い話しでは無いと思うがね)


(……………)


(『EUN(ユーン)』の為に、いや君の為にも良い返事を期待しているよ。『マリナ·ユーベンバッハ』大尉)



「…………クソ」


力の籠った拳が壁に鈍い音を響かせる。『氷の貴婦人』は力なく壁にもたれかかった。


「マリナ大尉?」


「…………ダニエル少尉か」


目の前にはこの状況の元凶。しかしマリナは嫌な気はしなかった。


「どうかされましたか?」


「少し、行き詰まってな。貴官はどうした?」


「なんだか眠れなくて」


「一応試験はパスしたのにか?」


「あれは、僕の力じゃないですから」


「どういう意味だ?」


「最後の一突き。あの時僕は何も出来なかった。殺られると思った瞬間身体が動かなかったんです」


「なにを馬鹿な、貴官の機体はしっかりと『アルジル』の機体の胴体に剣を突き立てたではないか!?まさか機体が勝手に動いた等と妄言を言うつもりては無いだろうな?」


「…………タリサの意志に『シュバリエ』が反応した。それが最後のあの瞬間なんです」


「お前…………」


少年の眼を見てマリナは嘘と切り捨てる事が出来なかった。


「…………まあそれはいい。ダニエル少尉。何が今貴官を苦しめているんだ?」


「また守れなかった」


「・・・・・・」


「僕は今度こそタリサを守りたい。だから手にした力と立場のはずなのに、守りたい人に助けられてしまった。それに人を殺したという業をタリサ1人に背負わせてしまった。という己の無力さを痛感しています」


「そうか」


「どうすれば、どうすればこのモヤモヤとした気持ちを晴らせるのでしょうか?」


「・・・・・ダニエル少尉。貴官は実戦は初めてか?」


「はい」


「そうか。初の実戦であそこまでやれたのだ。自信を持て」


「そんなこと言われましても」


「初の実戦とはそういうものだ。いくら訓練に励もうが現実の戦闘というのはそう上手くはいかない。生き残った誰もが己の無力さを痛感するものだ」


(少尉!『マリナ·ユーベンバッハ』少尉!しっかりしろ!!)


(あっ・・・・あっ・・・・嫌~~~)


(馬鹿落ち着け!っ!!)


(隊長?隊長!)


(少尉・・・・生き残れ、人類の・・・未来を・・・・・)


(隊長~~~~!!)


「・・・・・。私もそうだ」


「大尉も?」


「そうだ。次々と味方が堕とされていく戦場で初の実戦を迎えた私はパニックに陥ってな、私を助けて所属していた小隊は壊滅。その小隊で生き残ったのは私とソルト中尉の2人だけ・・・・・それが私の初実戦だ」


「そうでしたか」


「・・・・・。貴官のいう業も戦場に立てばいずれ背負う日が来よう。昨日がその日では無かっただけだ。」


「大尉・・・・・」


「今は生き残ったことに感謝し、テオ中尉を弔ってやれ。行動で示すと反感を買う可能性が高いから己が内でな」


「はい。」


「フッ、素直なことはいいことだ」


「?」


「気にするな、こちらの話だ」


「はい・・・・・あの大尉?」


「なんだ?」


「ありがとうございます!大尉の方が明日は気が気じゃないはずなのに、小官の悩みに真摯に答えてくださって」


「気にするな、私の気晴らしだ」


「お礼と言ってはなんですが、小官が大尉のお悩み解決出来るとは思いませんが、思いの内を黙って聞くことでしたら」


(俺は助けたんだ・・・・・けどその子俺をすごく睨むんだ)


(俺のやったことは間違っていたのか?)


(わかったよ、俺の過ち)


(タリサ・・・・頼む)



「・・・・・ありがとう。その気持ちだけで充分だ」


「よろしいのですか?」


「あぁ、貴官と話して楽になった。大丈夫だ」


「そうですか」


「私は明日に備える。貴官も休め」


「はい。大尉おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


(お前との約束・・・・果たし通してみせるさ)


無邪気な子ども見守るようにダニエルの後ろ姿を見つめる『氷の貴婦人』。彼女もまた【約束】の為に戦う決意を固めるのであった。




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