第25話 夏祭りの夜
結局祭りが始まるまであれこれ雑用をこなしていて、やっと一息つけたのは辺りが暗くなり始めた六時前だった。神社内にも人がちらほら。ほどなくここも人でイッパイになりそうだな。
「ふぅ……」
「聖也くん、お疲れ様。毎年帰ってきて偉いわね」
「アハハ、僕もここのお祭りが好きですからね。普段あっちに行きっぱなしなので、たまには帰ってこないと」
出店の列の間に作られた休憩所兼事務所の様な場所で話していると、やがて人も増えてきて祭りが始まる。開始の合図がある訳じゃないだけど、来ている人たちが色々と食べ物を持ってウロウロしだすんだよね。ああ、何か香ばしい匂いが……トウモロコシかな?
事務所で案内などをしていると周りが一段とザワザワしだして、やがて人混みが左右に割れてその間を浴衣姿の女性が歩いてきた……詩織さんだ。
「聖也さん、どうかしら?」
「とっても似合ってます!」
マジで息を呑むほどに美しい詩織さん。そりゃ周りもザワザワしますよねー。髪も母さんがセットしてくれたそうで、まさに神々しいとはこのことだ。一緒に受付をやっていたおばさまが気を利かせてくれて、暫く詩織さんと店などを見て回ることにした。二人きりになると口調も元に戻る詩織さん。
「浴衣もいいもんじゃのう。やはり祭りを楽しむなら浴衣じゃな」
「口調、戻ってますよ! まあ、いいか。ところで、神様ってお祭り好きなんですよね? ここに来ている人たちの中にも神様っておられるんですかね」
「神社の外にはおるかもしれんが、中にはあまり入ってはこれんだろうな。ここは結構古い神社じゃから、しっかり守られておる」
「詩織さんは大丈夫なんですか?」
「私は『そこそこ』格のある神じゃからな。おっ! 最近は屋台で肉を売っておるのか!」
「ああ、串焼きですね。結構色々ありますよ。イカ焼きにタコ焼きにお好み焼きに焼きそばに……フランクフルトとかソーセージもありますし、トウモロコシもありますし。あとはりんご飴にチョコバナナ、甘栗とかお煎餅とか……ああ、綿菓子も!」
「先ずは肉じゃ! あと冷えたビールがあるといいのう!」
「はいはい、じゃあ食べ歩きますか!」
詩織さんと並んであちこちの出店を覗きながら歩く。子供の様にはしゃぐ詩織さんを見てほっこりしたり、時々色っぽくてドキッとしたり。お酒も入ってほんのり赤くなった項の辺りが妙に色っぽい。
「こんな所で欲情しても、処理してやれんぞ」
「し、してませんから!」
またそう言う下ネタを! 色々食べたりゲームをしたりしてご満悦な詩織さん。やっぱり祭りが好きなんだなあ。そうこうしている内に一発目の花火が上がった。
「おお! 見事なもんじゃな!」
「詩織さんが前に花火を見たのって、結構昔ですか?」
「そうじゃなあ。天界から見たことはあるが、下界で見るのは初めてかもしれんのう」
「僕、花火好きなんですよねー。夏! って感じしますし」
「うむ、祭りはこうでなくては。明日もあるのであろう? 二日も楽しめるとは贅沢な話じゃ」
「手伝う方は大変なので、一日にして欲しいんですけどねえ」
暫く並んで花火を見ていると、受付交代の時間に。詩織さんはもう少し花火を見ていると言うので、一応お金を渡して僕は事務所に戻ることにした。戻る途中、お社の方を見ると暗い中に薄っすらと光る部分が。不思議に思って見つめているとそれは人の形をしていて、どうやら手招きをしている様子。あれ? 他の人には見えてない?
「……」
こわごわながら近寄ってみると、そこには見覚えのある人物が。子供の頃、神社で遊んでいて友達が帰ってしまった後も一人遊んでいると、時々その人物が現れて話し相手になってくれたんだ。その人物は袴姿だったので子供の頃は神社の関係者の人だと思っていたけど、今目の前にいる人物はその時と全く変わらない姿。今なら分かる、それが神様だと。
「ど、どうも」
「聖也よ、今年も戻ってきてくれたのだな。良く顔を見せておくれ」
「ご、ご無沙汰しております」
近寄っていくとニコニコしていた男性の顔が段々と驚きの表情になり、ガシッと肩を掴まれる。
「お、お主! 祟られておるではないか! 何ともないのか!? どこの愚か者だ! この子にこんな……」
「おー、スマン、スマン。お主のお気に入りじゃったな、聖也は。楽しゅうてついつい気を抜いてしもうたわ」
そう言いながら僕の後ろから歩いてきた詩織さん。顔見知り?
「し、詩織様! ご無沙汰しております」
「久しいのう、神崎。前に会ったのは百年……いや、二百年……もう忘れたの」
「どうしてこの様な場所に?」
「今は下界で聖也の部屋に居候しておる。こやつと一緒に帰省したと言うわけじゃ。悪う思うなよ。下界ではなかなか頼れる者がおらぬゆえ」
「何をおっしゃいます! 詩織様ほどのお方に見初められたのでしたら、聖也にとっても幸いでございましょう」
なんか神様の間で僕がやり取りされているような……僕ってそんな特殊な人材なんですか!?
「あの、改めまして神様。子供の頃は大変お世話に……と言うか、じいちゃんと母さんがお世話になっております」
「まさかこの様な形で神とバレてしまうとは……しかし、立派になったものよ。仕事も頑張っておる様だな」
「はい、実は……」
入社した会社が神様ばかりの会社で、沢山神様と知り合えたこと。今日ここに来る途中に支社にも寄ってきたことなどを話すと、驚きながらも喜んでくれた神様。ああ、最近は僕が神様のお姿を見ていなかっただけで、神様はずっと見守ってくださってたんだろうな。詩織さんの話では『神崎』と呼ばれた神様は龍神様で、この辺りでも特に格の高い神様だそうだ。そんな神様から『詩織様』とか呼ばれてるぐらいだから、詩織さんの格って僕が思っているよりもずっと高いに違いない。会社の先輩方がオーバーに反応した意味がようやく分かった気がする。
一週間ほどこちらに滞在する許可を神様にも頂いて、僕は事務所へ。詩織さんは龍神様とお喋りしたいそうで、お社の奥へと消えていった。『美味い酒がある』と言われて目を輝かせていたから、絶対お酒目当てだよな。あんまり飲みすぎないでくださいよ!
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