集合体

 それから数日後、山下は沖縄で撮影に勤しんでいた。

 午前中の撮影が一段落したので山下は昼飯を食べながらメールの確認をする。小路丸からのメールが一件入っていた。


拝啓、お仕事のほうは順調でしょうか。

こちらは店と粘菌のお世話とで、てんてこまいです。

さて、早速本題に入りますが、田口くんに粘菌の実物を見てもらったところ、この粘菌はススホコリの一種らしいとのことでした。おそらくは新種だろうとのことですが、粘菌は毎年のように新種が発見されるので新種であるということは珍しいことではないそうです。

野中さんの分析結果もでました。毒性を持つ成分は検出されませんでしたよ。もちろん幻覚や幻聴を誘発するような成分もありません。ただしこれは現在判明している化学物質においてのみで、未発見の新しい毒物だった場合はわからないので見知らぬものを無闇矢鱈と食べるのは危険だということです。


……が、未発見の物質は検出されなかったので大丈夫だということです。先輩、少しびっくりしましたか。少しびっくりしてもらえたら嬉しいです。

とここまでは前準備、準備運動のようなものです。肝心なのはこの美味しさがどこから来るのかということです。

先輩、人が感じることのできる味は、五味と呼ばれていることはご存知でしょうか。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五つです。この五種類の味の組み合わせが料理の基本となります。

あ、そのほかに匂いも大切です。先輩はどんな味のかき氷が好きですか。私はレモンが好きです。でもかき氷シロップってどれも同じ味だってこと知ってますか。あれって匂いが違うだけで味は全部同じ味なんですよ。

いやいや、少し脱線しました。

味のほうですが、これも野中さんに協力してもらって分析してもらいました。

で、結果はというと先輩の粘菌、驚くことにほとんど無味だったのです。甘味も塩味もほとんどないのです。粘菌そのものが持っている味を人間の舌が感じ取ることはできないのです。

でも食べてみると美味しさを感じ取れます。謎です。

そこで私は唾液と粘菌が混ざりあうことで化学変化が起こって味が生まれるんじゃないかとひらめきました。天才ですね。

再び野中さんに協力してもらって唾液を混ぜた状態で分析してもらいました。

さて問題です。結果はどうだったでしょう。

正解は先輩が帰ってきてからお教えします。


嘘です。

結果は残念ながらだめでした。化学変化などしていませんでした。わかったことといえば私の唾液は極めてきれいだったということぐらいです。無味無臭といってもいいほどだそうです。

またしても話がそれそうになってしまいました。

味のないものを食べてどうして美味しいと感じるのかという問題を解決するために今度は医大に勤めている今井先生に協力をしてもらって脳波を計測しながら粘菌を食べる実験をする予定です。結果が出たらまた報告します。

それから粘菌のほうは順調に育っています。私もものすごく忙しいので毎日先輩の部屋に行って粘菌の面倒をみるということはできませんが、それでも順調に育っていますので安心してください。


かかった経費はあとで請求しますので、以上よろしくお願いいたします。


ps.ところで先輩、この間帰ってきたときに郵便の確認してなかったでしょ。電力会社から未納の通知が来ていて電気止められてましたよ。私が立て替えて支払っておいたので帰ってきたときに徴収します。


「しまった」と山下は叫び、あわてて小路丸に電話をかけてすまなかった助かったよとお礼を言った。

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