第③話 アゲアゲ『ホットなチリペッパー』




★★★前回のあらすじ★★★




僕は唐突にお嬢様から告げられた。

「そうそう、今朝は機嫌が悪くて言い忘れてたんだけど、

今夜合衆国の大物がお忍びで我が屋敷を訪問するから。」




★★★前回のあらすじ★★★




今夜の21:00に合衆国の超大物、

アメリカ最上級国民の元大統領で支配者層の中の支配者、

「ロナウド・ジョーカー氏がお忍びでお嬢様のお屋敷に来賓する」

というのだから、




従事者たちには「たまったもの」ではない。

彼らは昼が過ぎるや否や、

より一層に慌ただしく来賓準備のために働き始めた。




お嬢様が所有する敷地面積はおよそ3000ヘクタール(ha)で

東京ドーム500個分を軽く超す。




敷地内はお嬢様専用のエアポートや、ヘリポート、

バスターミナルまで完備されているが、

その敷地の大半は湖沼や原生林に覆われている。




原生林にはオオカミやクマなどの獰猛な危険動物も多数生息している。

その原生林のど真ん中にお嬢様のお屋敷、「お嬢様御殿」がある。




おまけにお嬢様は、私設警察や私設自衛隊(軍隊)も所有しているので

彼女に反旗を翻そうものなら、

身内ごと「事故死」として一括処理されるだけである。



政敵すらも縮み上がって彼女に

指一本触れることすらままならない。




おそらく、ジョーカー氏は少人数の直属部下とともに

プライベートジェットで来賓することだろう。

彼の身辺警護のために軍人なども同伴させるかもしれない。




僕は、お嬢様の遊興係というか、

実質オモチャとして雇用されているので、

雑務処理などは管轄外である。

よって、大物の来賓時の準備や余興などは他の従事者の仕事だ。




お嬢様の留守時や就寝仮眠時、もしくは入浴時など

彼女が僕に用のない時などは御殿内や近辺を自由にブラブラしたり、

お嬢様から無償でお貸しいただいている3LDKの冷暖房完備の完全個室で、

流行の映画やアニメをダラダラと鑑賞することも許されている。




お嬢様お気に入りの『ポイズンピンクローズ』の世話と、

『最高品質ロイヤルティー』の提供は「させられている」が、

義務ではないのだ。

………と、就労規定書と労働契約書には書かれている。




お嬢様もロナウド・ジョーカー氏との

ご対面時に披露する衣装選びで忙しいらしい。




僕はジョーカー氏が来賓するという21:00まではかなり時間があるので、

しばらくお嬢様御殿内をブラブラさせてもらうことにした。




御殿内には名品珍品何でもござれの

豪華絢爛な骨董品が所狭しと飾られているので

見識の浅い下級貧民の僕にとっては眺めているだけでも飽きることはなく、

まさに大英博物館も真っ青といったところである。




最近は、エジプトファラオの聖王遺物、ゴールドラッシャー呪いの金仮面と

奥州平泉にあったとされる13体目の

エキセントリックグランドマミーに心惹かれている。




「これらを盗んで逃走したら、お嬢様の怒りを買って

火あぶりにされたりするんだろうな。」

「いやいや、地下牢で凌遅刑の憂き目に遭わせられるんだろうか!?」




「グランドマミーは重たそうだからどっちみちムリだな………。」

などと僕はぶつぶつ、つぶやきながら時間をつぶしていた。




VIP来賓準備に慌てふためくほかの従事者を横目に僕は澄ましたものである。

御殿内には僕を軽蔑する従事者も多いが、『お嬢様付き』という特権は

下級貧民の僕にとっては格別なものであるに違いない。




そうそう、ジョーカー氏の来賓が、ひょっとして

僕とお嬢様の主従関係を分断するのではないか…。と、




僕はさっき一抹の不安に苛まれたが、

よくよく考えてみれば、ジョーカー氏はそこそこハンサムではあるものの、

御年77歳の後期高齢者ではないか。




お嬢様に気があるというのは「性的興奮を覚える」とか

「愛人にしてやりたい」などといった類の話ではなく

AKBや乃木坂などのアイドルグループのメンバーを崇め奉る

「推し」のような感覚ではないだろうか?




僕は相変わらずの子供じみた甘い思考で

「ジョーカー氏の『推し』はお嬢様で、

きっとファンクラブに入ってるだけなんだ。」

という、楽観的かつ短絡的で稚拙な結論に落ち着いていた。




実際にお嬢様のファンクラブは存在し、ファン数も桁外れに多い。

僕も彼女には秘密にしているが、

会員ナンバー1111111番目の列記とした会員である。

運よく連番がゲットできたので、下級国民の友人には実際うらやましがられている。




「しかし、骨董品の鑑賞もちょっと飽きてきたから、

ローソンで週刊誌でも読みながら時間をつぶすか。」




僕はお嬢様御殿のすぐそばにある、『ローソンお嬢様御殿支店』へ

時間つぶしのために向かおうとした時、

不意に僕の従事者専用スマホがブルブルとシェイクしはじめた。




「クソボケ高慢ムシケラ女だ!やべっ!」

お嬢様から直の呼び出しである。




ちなみに僕は、お嬢様を『クソボケ高慢ムシケラ女』

という名まえで登録している。




見つかったら、どんな目に遭わされるかわからないが、

『いわゆるひとつのスリル』というところなのかもしれない。




気弱な僕は不意の呼び出しにバタバタと首を落とされて足掻く牝鶏のように

慌てふためいたせいか、なかなか電話に出ることができなかった。




しかし、なんとか10秒以内に出ることはできた。

「クソボケ高慢… じゃなかった。お嬢様ですね?」

「いかがなさいましたか?」




「あんたねぇ!あたしがコールしたら3秒以内に出ろって言ったわよね?

あんたひょっとして、あれなの?

スローモーション底辺のろまガメなの!!??」




お嬢様はいつものごとく、怒り狂っているようだ。

「す、すみません!今ちょうどローソンに向かっている途中でして……。」




「そう。」

「で、何用ですか?」




「ちょうどよかったわ、あたしも今ローソンにいるのよ。

あんたも手伝ってよ。以上、秒で来ること。」

ブツッと一方的に通話が切れてしまった。




彼女、衣装選びに忙しかったんじゃなかったっけ!?

しかし、僕の都合などおかまいなしのお嬢様の態度にも慣れたものである。




僕はとりあえず、お嬢様の命令通り、

全速力でローソンお嬢様御殿支店に向かうことにした。




「はあはあ、クソボケ高慢…じゃなかった。

お嬢様、衣装選びをされているのではなかったのですか?」




僕は、息も絶え絶えに、お嬢様御殿のすぐそばにあるローソンに到着した。

御殿は広いので徒歩だと時間がかかるのだ。




「はぁ~ん?そんなもん、もう終わったに決まってるじゃない。」

お嬢様は不機嫌そうに僕を睨みつけている。




「で、何をすればいいのでしょうか?」

また、ご来賓の方々の余興の準備で何かトラブルでも発生したんですか?

それともまた誰かがご来賓用の食器を割ったとか!?」




「違うわよ!!!!!」

「え!?!?!?!?!?」




僕は驚いた。お嬢様は、手に持っている「それ」を

僕に見せつけながら 顔を真っ赤にして激怒していた。




「それは、ローソン定番の『唐揚げちゃん』

レッドホットチリペッパー風味じゃないですか!」




お嬢様から聞いた話によると、以前来日したときに食べた

ローソンの唐揚げちゃんレッドホットチリペッパー風味はジョーカー氏にとって

「偉大なるアメリカンスタイルに起因するソウルフード」ということらしい。




そこで、ジョーカー氏が来賓する際は、

必ずこの「唐揚げちゃん」レッドホットチリペッパー風味を提供すべき

というのが、お嬢様の見解だった。




「あ、あの、お嬢様……?」

「なによ!!!」

お嬢様が僕にキレている。




「いや、お嬢様の仰る通りに、ジョーカー氏のおもてなしのために

唐揚げを用意したのはわかりました。」




「で、お嬢様、僕はいったいどうすれば……!?」

お嬢様が、ますます怒っている。




「バカなの?ほんとに低能ね!!唐揚げは

揚げたてじゃないと不味いからだめなのよっ!!!」




「だから今夜ジョーカー氏が来たら、あんたが唐揚げちゃん

レッドホットチリペッパー風味をその場で揚げて提供しなさいよねっ!!!」




「……はいぃ?」

「わかったわね!!!」




お嬢様はそう言い捨てると、プリプリしながら店から出て行ってしまった。

「おいおい、マジかよ……。」

「僕が、唐揚げちゃんレッドホットチリペッパー風味を調理するのか!?」




たこ焼きは焼いたことがあるが、唐揚げは僕の専門外なのに…。

僕の心に再び、途方もない不安が駆け巡るのであった。




つづく

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