第②話 踊ってアイーン『プリってぇんだぁぁ』
「ぷっ、あははっ! あはははっ! あーっはっは!
バカじゃないの? あーっはっはっはっは! 」
「あひゃひゃひゃっ! あひっ、あへぇ……あはははははははははは!! 」
「あはははははははははははは!!!」
お嬢様は夢中で笑い転げているが、それは仕方がないことだ。
何故なら、僕の股間のイチモツが、 激しくヒゲダンスを踊るほどにブラブラと
メビウスの輪を描くように揺らめいていたからだ。
「あっ、あははっ、あはははははっ! やめてよぉ、もう、苦しいぃ~」
「あんた、あたしほどじゃないけど、なかなか立派なイチモツね?」
「女の子みたいな顔でガリガリのチビだから、
てっきり男性器は退化してるのかと思ったわ。あはは。」
「あの、お嬢様、ヒゲダンスはいつまで踊り続ければいいんですか?」
僕は恐る恐るお嬢様に尋ねる。
「そうね、ひぐらしの鳴く季節まで続けてみたらぁ?」
「まさに、あんたはヒゲダンスを踊るためだけに
生まれてきたといっても過言じゃないくらいよ!うふふ。」
お嬢様に言えるわけはないが、この界隈は平地なので、ひぐらしは鳴かない。
鳴くのはせいぜいミンミンゼミやツクツクボウシくらいだろう。
「そんなぁ~、飲まず食わずで3か月以上、ヒゲダンスを踊れってことですか!?あ、あんまりだぁぁ(泣)」
僕はすでに汗だくで、動悸息切れに『救心』が欲しいくらいに狼狽している。
「冗談よっ。じょ、お、だ、ん★ 軽いメリケーンジョークよ。あはっ☆」
お嬢様の暴言は止まない。
ホッと僕が胸を撫で下ろした瞬間、不意にお嬢様が叫んだ。
「えぇ~っ、本気にしてたのぉ?あんた、ガチのマジメ系!?」
「ひょっとしてあれなの?あんた、意識高い系の本をちょっと読んだだけで、
人生変わりました~!みたいなツイートするタイプの底辺ゴミクズでしょ?」
僕はヒゲダンスを踊りながらギクッとした。何故なら図星だったからだ。
昨日、ブッキングオファーで安く買った「ホラレモン」の著書、
『メスイキロケット、ギョウザチェーンにしたら「へろゆき」にディスられた』を
読んでいたく感動し、その気持ちをツイートしてみたところ、
「あなた、それってもうすでにオワコンですよ。」
とペカチューのアイコンを無断使用している
顔も知らぬ誰かに引用リツイートされた。
カッとなった僕は大人気なく(まだ10代だが)、トゥイッターでそいつと大ゲンカをして貴重な時間を無駄にしたかばかりだったからだ。
ギクッとしたおかげで、疲労した身体にさらなる負荷がのしかかった。
「お、お嬢様、もう限界です。これ以上ヒゲダンスを踊ると、
足がつってしまいそうです。」
僕の必死の懇願も空しく、お嬢様はただただ半笑いのまま
まるで珍獣を眺めるかの如く僕に好奇の視線を浴びせた。
「仕方ないわね。じゃあ、あたしが、OH!フィッシャーヒゲダンサーズの新曲、
(プリってぇんだぁぁ)をアカペラで歌うから、
あんた、それに合わせて最後までヒゲダンスを踊りなさいよ?」
「今日のところは、それくらいで許してあげるわ。」
僕はさらに、ギクリとした。
ぷぷぷ…、「プリってえんだぁぁ」だと!?
あの曲は演奏時間が8分30秒もある!
歌のパートだけでも優に7分は超える長い曲だ。
僕はただただ、足がつりそうになるのを恐れながら、
お嬢様が歌う7分を超える「プリってえんだぁぁ」のアカペラを聴きながら
それに合わせて一生懸命ヒゲダンスを踊り抜いた。
お嬢様はバスからソプラノの8オクターブの音域を必要とする
オペラ歌手でさえ高難度とされる(プリってぇんだぁぁ)を見事に歌い切った。
最後の高音「あいぃぃぃ~ん!!」のシャウトも忘れることなく完璧に。
僕は、ヒゲダンスを踊り終えた疲れすら忘れて、
お嬢様の歌声に絶賛の拍手喝采を浴びせていた。
庭にうごめく毛虫の除去を行っていた執事長のハインリヒ近藤も、
植物を元気にするHP101を散布していた執事副長のセバスチャン土方も、
ぽかんと口を開けて放心したまま、お嬢様の美声に酔いしれていた。
僕は、気づいたら拍手をしながら大量に射精していたらしい。
誰かの歌声を聴いて射精したのは初めての経験だった。
くやしいが、やはりお嬢様は『最上級国民』だ。
我々凡人が毎日粉骨砕身努力しても越えられない壁を
いとも容易く理不尽に踏み越えてくる。
我々、下級国民とは遺伝子のレベルが違うのだ。
お嬢様は『プリって』を大声で歌い終えて満足したようで、
ようやく僕を解放してくれた。
「ああ、久しぶりに大声で歌ったからすっきりしたわ。」
「それにしても、あたしとは対極的に、
あんたって本当に惨めで低能な生き物よね。」
「はい、お嬢様の奴隷として生きていくしかない、ただの底辺のゴミクズです。」
「そうよ、わかっているじゃない。」
「喉が渇いたわ、最上級のローズティーを煎れて頂戴、
温度は60度以下でブランデーの隠し味も忘れないでよ!
底辺ゴミクズアンポンタン!!」
お嬢様もアカペラを熱唱したのは久々のことだったようで
興奮を隠しきれず、凶悪に勃起した男性器の先から我慢汁を光らせつつも、
腋の下からは彼女特有のほんのりと甘酸っぱい汗の香りを漂わせていた。
僕はお嬢様に言われた通りに最高級のローズティーに
最上級のコニャックを少量加えたものを、
彼女の好みの温度である60度以下に冷まして提供した。
「はい、どうぞ、お嬢様。」
「うん、まあまあね。ゴミクズにしては…だけど。」
一息ついて突如、お嬢様が切り出した。
「そうそう、今朝は機嫌が悪くて言い忘れてたんだけど、
今夜合衆国の大物がお忍びで我が屋敷を訪問するから。」
「ついでにあたしのアカペラをご披露するつもりだったのよ。
それで『プリって』を練習してみたのよ。」
え?合衆国の大物がお嬢様のお屋敷をお忍びで訪問するのか!
急な展開に僕は吃驚仰天だ。
その大物とは、一体誰なんだ!?
僕はついつい、下級国民の分際でお嬢様に不躾な質問を浴びせてしまった。
「お嬢様、その合衆国の大物って一体!?」
「ふふん、知りたいの?」
お嬢様はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべつつ、 僕の耳元で囁いた。
「今度のお客様は、合衆国の経済界を牛耳る超VIP。
元大統領にして、大投資家のロナウド・ジョーカー氏よ。」
「えっ、あの伝説の大富豪のジョーカー氏がお嬢様の屋敷にっ!?」
「ええ、そうよ。あんたのような下級国民が、ジョーカー氏の
ご尊顔を拝めるなんて幸運この上ないことよ。」
「そして彼の奥方は、かの有名な大女優、
エリザベス・マリリン・マンソンよ!」
「現在は夫婦関係も冷え切って、別居中らしいんだけどね。」
お嬢様はまるで自分のことのように自慢げに話している。
ジョーカー氏は言わずと知れた、アメリカの大実業家で、
かつて、金融界の風雲児と呼ばれた伝説的な人物だ。
「そんな大物が、この屋敷にお忍び訪問だなんて一体!?」
金融経済に疎い僕ですら、想像を絶する大物の来賓に胸が高鳴った。
お嬢様が僕を揶揄するように言った。
「あんたみたいな下級国民には一生縁のない、 アメリカ支配者層の
頂点に君臨するセレブ中のセレブ、そのジョーカー氏が
何と、あたしに気があるっていうんだから、驚きよね~☆彡」
お嬢様は得意満面の笑みで、凶悪なペニスと陰嚢をさらに膨張させた。
「はぁ……、やっぱりそうなんですか……。」
僕はすっかり脱力し、肩を落とした。
お嬢様が、あの性悪お嬢様が、
合衆国の元大統領で大資産家の大物、ジョーカー氏と結ばれるだとぉ?
冗談じゃない! 僕はお嬢様が好きなんだ!いや、
正確に表現すれば、嫌いだったんだが好きになってしまったんだ!
実験動物として、お嬢様に解剖されて
冷蔵庫に眠る消費期限の過ぎたイカの塩辛のように廃棄されてもいい。
サイボーグ化して、お嬢様専用の乗り物兼ボディーガードの
バイク変形型ロボコップとして酷使されてもいい。
しかし、ジョーカー氏がお嬢様の恋人になることだけは駄目だ。
巨大な権力を身に纏う、元米国大統領の金融セレブでも僕は絶対に許せない。
僕とお嬢様は、ただの主従関係で、それだけの関係でいいのだ。
それ以上の関係など望んでいない。
僕はお嬢様の奴隷で、お嬢様は僕にとって、
ただただ主人でいてくれれば、それで良いのだ。
それなのに、どうしてお嬢様の奴隷身分の僕が、
さらに惨めな気持ちになるのだろう?
(ジョーカー氏の来賓が、ひょっとして
僕とお嬢様の主従関係を分断するのではないか…。)
ヒゲダンスを踊り疲れたせいもあるだろうが、
僕の杞憂と被害妄想は際限なく肥大化する一方だった。
つづく
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