「反物質」と「バイオテクノロジー」

「ゴミというのは結局、人の生産したものが形を変えているにすぎません」


 案内の女性は、周囲の騒音に負けない声量でそう解説した。

 同じく騒音に負けないよう首を伸ばしながら話を聞くのは、20人ほどの各社取材陣。新聞社、テレビ局、雑誌ライターなど職種は様々だが、一言も聞き漏らすまいと誰もが取材に全力を注いでいる。

 

「この施設には昼夜を問わず、人が生産したものの成れの果てが運び込まれてきます」


 両側がガラス張りの長い廊下で、女性は左側を指し示した。誘導されたように皆一斉に左を向いた先には、武道館くらいある広大なフロアと、それを埋め尽くすほどのゴミがうず高く積まれていた。燃えるゴミや粗大ゴミ、一見して何ゴミか判別できないようなものまですべて一緒くたで、何一つ分別されていないようだった。さらに、床全体が動いているんじゃないかと思えるほど巨大なコンベアーによって、ゴミ全体が僅かずつ動いている。取材陣がいる廊下は厚いガラスで遮られているはずだが、唸るコンベアーの音はかなり廊下にも伝わってきていた。


「一日にどれぐらいの量のゴミが運び込まれるのですか?」

「それはわかりません。なにしろ、あれだけの量ですから」


 取材陣の質問に答えている間にも、天井からは大量のゴミが降っている。宙を舞うゴミが元々の山に降りかかりガラガラと崩れていく様は、食えないかき氷か、さもなければろくでもない砂時計のようだった。


 「それでは、反対側をご覧ください。この施設の心臓部です」


 一斉に右側の窓に近づいた取材陣は、おお、と感嘆の声を漏らした。

 それは巨大な電子レンジのような装置だった。

 ステンレスの鈍色に輝く直方体がフロアギリギリの大きさで据え付けられており、取材陣側の面には半透明の暖簾が大量に垂れ下がっている。ベルトコンベアーに載せられたゴミは、奇妙な電子レンジに向かってゆっくりと進んでいく。向かう先を詳しく見ることはできないが、聳えるゴミ山が暖簾を押し分ける際に少しだけ内部を覗き見ることができた。


 驚くべきことに、取材陣が見ている面とは反対側、コンベアーで運ばれるゴミ山の向かう先には出口がなかった。次々にゴミは内部へと運ばれていくが、垂れ下がる暖簾に視界を遮られた次の瞬間には行方をくらましている。


「不思議でしょう?」目の前で起きていることに取材陣が気づき始めたタイミングで、女性は再び口を開いた。

「企業秘密を多分に含みますので、お答えできる内容は僅かであることをご了承ください」


 どこかの出版社のライターらしい男が手を挙げた。


「ゴミはどこにいくのですか?」

「お答えできません」

「焼却しているわけではないですよね?」

「お答えできません」

「どこかに捨てているのでしょうか?」

「お答えできません」

「……では、ゴミは消滅しているのですか」


「消滅しています」


 矢継ぎ早に質問していた取材陣は、その一言で嘘のように静まった。


「例えばあなた。本日はどのような目的で取材に来られましたか?」女性は報道陣の一人を指さした。

「世界最高と称される新機軸ごみ処理施設の取材、ですけど……」不安げに周りを見回す記者だったが、周りも似たような取材目的だったのか、頷きあっている様子を見て安心したようだった。


「たしかに、一部ではそのように報道されることもありますが」女性はため息をついた。

「勘違いされていらっしゃるようです。ここはごみ処理施設ではありませんよ」

「それでは、ここはどのような施設ですか」

「エネルギー生産施設です」取材陣はどよめいた。

「……火力発電ではないのですよね?」

「対消滅発電です。まぁ、結局は相変わらずタービンを回すだけなのですが」

 突然飛び出してきた聞き慣れない言葉に、誰もが目を瞬かせた。


「最初に申し上げた通り、ここに来るものはすべて人が作ったものです。そうであれば、まったく同じものを作ることができるのは道理でしょう」女性は窓の向こうで稼働し続ける電子レンジもどきを見つめた。

「あの装置では、中に入った対象物の反物質を生成しています。ご覧の通り、対象となるのはただのゴミ。その救いようのないゴミと寸分違わぬ精度で生成された反物質を反応、対消滅させ、産まれたエネルギーを回収している。それがこの施設のすべてです」


 捲し立てられた説明に、取材陣はしばらくあっけにとられていたが、やがて自分たちがやるべき取材を思い出した。

「……つまり、ここはエネルギー生産のついでにゴミの処理をしている、ということですか?」

「結果を見ればそうなるでしょう」

「そんなこと、可能なのですか」

「可能にしたから皆様がここに来られたのでは?」 


 取材陣が二の句を告げないでいると、女性は再び口を開いた。


「すべては作られたもの。わたしも、あなた方も。皆様のスキャンもすでに完了していますよ」

「それはつまり、その、人も消滅させられるということですか」

「そんなことはしませんよ、もちろん」


 ニコリとしながら女性は答えた。出来ないのではなく、しない。それを理解すると、取材陣はそれきり黙ってしまった。




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