街灯はかく明かりけり
ミツの後ろを着いて歩いていくと、沈丁の入り口とはまた違った小振りな鳥居の前に辿り着く。昨日は荒れ果てた屋敷から魔法界に降りた筈なのに、また別の出口があるのかとアキラが鳥居を眺めていると、その考えを察したのかミツが口を開いた。
「昨日のとは違って、ココは正式な陰陽師達の出入り口だ。依頼を受けた陰陽師な大抵こっから出て行くんだよ。陰陽寮の生徒に課せられた任務も、確かに正式なモンだからな」
今日はこっちだ、そう言ってミツは鳥居の横に立つ狩衣らしき衣服を身に纏った男に話し掛ける。
「緑鈴だ、通るぞ」
「行ってらっしゃいませ」
何やら知らぬ単語をミツが告げたと思えば、恭しい様子で狩衣の男が身を引く。すると、水の湧き上がるような涼しさと共に、鳥居に別の景色が映る。先までは鳥居の向こうの森が映っていたというのに、今は煉瓦造りの地面と、見慣れた建物が映っていた。
「ほら、行くぞ」
「ぁ、はい!」
鳥居をくぐり抜けると、一瞬視界が光に覆われたがすぐにその光はおさまる。恐る恐る目を開くと、アキラとミツは鳥居の向こうに映っていた景色そのままの場所に立っていた。呆気に取られる暇もなくミツが歩き出すため、慌ててアキラはそれに着いて行って問うた。
「ミツさん」
「あ?」
「りょくりん、って何ですか?」
「緑鈴ってのは、陰陽寮の生徒が実戦授業に向かう時の……そうだな、合言葉みたいなモンだ。一々陰陽寮の生徒だ、上からの依頼だ云々を説明すんのは面倒だろ」
なるほど、とアキラは頷く。キョロキョロと辺りを見渡すが、見慣れた景色でしかない。どこか沈丁の名残があったりだとか、石畳の道があったりだとかということはなく、あの一瞬で沈丁から魔法界に移動したことを自覚する、着物のミツと袴のアキラの組み合わせはどうにも目立つが、今回は聞き込みのようなものは一切しないため、気にするまでのことではない。
「今回の妖怪も、一反木綿みたいに名称があるんですか?」
「最近発生した妖怪だからな、妖怪間で広まっていようと、こっちまでそれ程の情報は入ってきてねェ」
「キュウは知ってるか?」
「ふん、口裂けであろうな」
「口裂け?」
アキラの肩に乗っていたキュウがひょい、と降りて地面の匂いを嗅ぐようにして鼻を鳴らす。その姿はまるで犬のようだが、キュウの機嫌を損ねては面倒なためにミツは口を噤む。
「ここ百数年の間に生まれたのだろう、吾は封印されておった故に詳しい情報は知らぬが。まだそこまで力を付けておらん」
だが、とそこで言葉を区切ったキュウは一つになっている尻尾をゆらりと振って、かんら、かんらと笑う。
「ヒトの多し場所を
「夕方によく見られるらしい、少し待つぞ」
「了解です」
いかにも愉快だ、といった表情をするキュウにミツは思い切り眉を顰める。その表情を見せたのはほんの一瞬なだけで、ミツはそこらの塀を伝ってある家の屋根に飛び乗った。流石に着いていけなかったアキラは、何とか少しだけ身体を大きくしたキュウの手を借りながらミツの元へと近付く。
「……上には、お前が九尾と共に居ることに反対的な奴が多い」
「それでも、俺はキュウのそばを離れるつもりはありません」
少しの沈黙が続いていたが、ふとミツが告げた言葉に、アキラはキュウと離れるつもりはない、離れたくはないと答える。幼少期からずっと、ずぅっと隣にいたキュウは、アキラにとって兄弟と言っても過言ではないほどに近い存在なのだから。
「知ってらァ。上は頭の堅ェ奴が多いからな。それこそお前と九尾を何とかして引き離そうとする輩も出てくるかもしれねェ」
アキラとキュウ──というよりも、アキラが上によって傷付くことを心配してミツが言葉を紡ぐ。ミツも、本来ならば反対側にいるであろうに、アキラのを想って行動していることがどうにも嬉しくって、アキラはこくりと頷いた。多く重なる屋根の向こうにある太陽はそろそろ沈みかかっている。ざわりと何処かで揺れる木々が涼しい風の訪れを密かに教えて、ミツの長い髪を揺らした。
「頼れ、私やハルを。絶対に一人で抱え込もうとするんじゃねェ。そうしちまえば、壊れるのはあっという間だ」
「……どうして、俺にそこまでしてくれるんですか?」
気になっていたことを真っ直ぐに問う。小さく目を見開いたミツは、アキラの視線を避けるように太陽の沈む方向を見つめ、自嘲げに笑った。
「さァな」
強く、風が吹く。涼やかな風はいつの間にかその勢いを増して不穏さまで演出している。アキラの問いに答えを出さぬまま、ミツはアキラの背を軽く押して屋根の上から落とした。腰に差してある慣れていない刀のせいでまだ上手くバランスの取りきれていないアキラは、簡単に姿勢を崩して屋根から滑り落ちて地面に尻もちをつく。キュウがどうやら妖力で庇っていてくれたようで、大した痛みを感じることは無かったが、それでも驚きはしたので思わずミツの方を見上げた。ミツは、傍観を決め込むようで屋根の上で足を組んでアキラをじぃと見つめている。
「アキラ、
「ぇ」
ぽつり、とその通路に一本だけ立っている街灯の、柔い明るさを与えるはずの街灯の下には、先までは確実にいなかった筈の髪の長い、赤い服を身に纏った女が顔が見えぬほどに下を向いて立っていた。
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