受け継がれる思念
「昨日ぶりです、ミツさん」
「おぉ、来たか」
ミツの屋敷に着くと、ハルはまだ用事があるからと何処かへ行ってしまった。なまじ有能なために、ハルに休みというものは少ないのだろう。恐らく、アキラと共に過ごすことが難しいまでに。一人でミツの屋敷の扉を叩くと、ミツは喜んでアキラのことを歓迎してくれた。どうやら、アキラの実戦経験を積むための教師をミツにするようにハルが言葉を添えていてくれたらしい。多少複雑だがな、とミツは言って眉を顰めていた。
「ちょっとだけ安心しました」
「何がだ?」
「昨日から知らないことばっかりで、実戦授業も知らない人と一緒に行くことになるのかな、ってちょっと不安だったんです。だから、ミツさんにちゃんと教えてもらえることになって、嬉しくって」
途中から恥ずかしくなったのか、頰を掻きながらアキラが答える。並大抵の陰陽師らしからぬ素直さにミツはくすりと笑って、アキラの頭を搔き撫ぜた。
「ふん、ようやっと声を出すことができる」
「キュウ」
朝、ハルの家を出てからいまの今までずっと口を閉じていたキュウが、ぴょんとアキラの肩から飛び降りる。喋られなくなっていたわけではないのだから、ツクヨの話は聞いていたはずなのにそんなこと露知らず、といった様子でミツの屋敷の中で寛ぐように身体を伸ばした。
「天下の九尾が化け狐のフリたあ、とんだ茶番だな」
「陰陽師に化けるよりはマシであるがな」
「あ?」
ミツのキュウやハルに対しての喧嘩腰は変わらない。しかし、だからこそ。ミツが沈丁一の妖怪嫌いだということに、どうしても実感が湧かなかった。何か過去あったのだろうが、それを今聞くにはデリカシーというものが無さすぎる。浮かんだ問いを振り払って、キュウを嗜めるように抱き上げた。
「こら、キュウ」
「ふん」
鼻を鳴らすキュウは、暫くの間話すことのできなかった鬱憤を晴らそうとでも思っていたのだろう。満足したのか大人しくアキラの肩に落ち着いた。
「実戦、って今日はどこに行くんですか?」
「そうだな、昨日は上直属の依頼じゃなくて座敷童子からの依頼だったが、今日は上から与えられた依頼だ」
「上から……ですか?」
「あァ、魔法界で言うところの……そうだな、魔法省みたいなもんだ」
「なるほど」
ハルも言っていたが、本当に政府のようなものが存在するらしい。どんな組織なのかアキラは全くもって知り得ないが、ハルもミツも面倒な奴らであると告げている。
「一反木綿レベルはお前にはまだ難しいだろうからな、発生したばかりの妖怪相手だとよ」
「どんな妖怪なんですか?」
「綺麗だ、美しい、って思われてェ人間の欲求から発生した妖怪らしい。今から向かうが、お前にはこれを渡しておく」
投げるように渡された物をアキラはなんとかキャッチする。両手で掴まねば落としていたところだった棒状の物を見ると、どうやら鞘に収まった、刀剣のようだった。
「刀……?」
「一概に刀と言っても、それは身を斬れねェ刀だ」
「じゃあ、何を?」
「それは一刺しすると、身体の中に沈み込んで妖力や霊力を奪う。霊力も奪っちまうのが難点だが、自分の腕斬らねェようにな。霊力吸いに対抗できる術をお前はまだ持ってねェから随分な量持っていかれちまう」
「き、気を付けます」
鞘から刀を引き抜こうとしていたのを慌てて戻す。そんな怖い刀をどうして与えてくれたのか、とアキラはまじまじと刀を見つめた。
「私は専ら式神で妖怪に対抗するが、中には弓矢だったり笛だったりで戦う奴も居るんだよ」
「笛でも戦えるんですか?」
「まァな。笛の音に霊力を乗せりゃァ、それは対抗手段に成り得る」
「あ、昨日やった……式神に霊力を流す、みたいな?」
「基本がそれだからな。その通りだ」
刀身を鞘の中に収めたままのアキラの手を引っ張り、鈍色に光る刀身をしかと光の下に露わにする。上帯と刀身を繋げておく用途の朱色の下緒はぶらりと垂れ下がり、鴉色の鞘によく映えていた。刃の方をミツに向けさせ、アキラの手を反りの方に導く。
「昨日の感覚を思い出せ、刀にお前の霊力を回してみろ」
ミツの言葉に小さく頷き、アキラは瞳を瞑って身体の中を血液のように廻る霊力に意識を集中させる。昨日のミツの荒治療の甲斐もあってか、霊力の扱いは確と陰陽師並みになっていた。柄を持つ右手を伝って反りに手を添えている左手にまで霊力が通う。ぐるり、と霊力が身体全体を含めて一周した瞬間、ぴたりと元よりアキラ本人の物だったかのように手に馴染んだ。まるで、自分の身体の一部のようになった刀に、アキラは思わず目を開いてぱちくりと瞬く。
「お、懐いたな」
「懐いた?」
まるで動物に対するかのような物言いに、アキラはこてりと首を傾げる。確かに、手に馴染んだという多少無機質な感覚よりもどこか温もりのような感覚がしたものだから、その表現が間違ったものではないということは理解できた。
「陰陽師一人一人に性質があるように、霊力を持つ道具にもまた、性質があるんだよ。だかふらこそ、陰陽師と道具の間にも相性が存在する」
「じゃあ、俺はこの刀と相性が良かった、ってことですか?」
「まァ、そうだな。コイツと相性の良い陰陽師が中々見つからねェから、木の奴が生まれたら渡してみようと思ってたんだ。まさか、本当に相性が良いとはな」
感心するような、懐かしむような表情を向けてミツはアキラの持つ刀を撫ぜる。途端、バチと光の散るような音を立ててミツの手が弾かれた。
「ッ、大丈夫ですか!?」
「心配すんな、いつものことだ。コイツ、どうしても私のことが気に入らねェらしくてな。刀抜く度いっつも弾きやがる」
やれやれ、と肩を竦めるミツは弾かれた左手をグーパーと動かす。アキラの肩の上で毛繕いをしていたキュウがくぁ、と大きく欠伸をしてアキラの持つ刀をを眺めた。
「古い刀のようだが、どこで手に入れおった? 封印されておってもおかしくない逸物であろ」
「……私の師匠の刀だ。四千年前に受け継いだモンだからな。そりゃ古いだろうよ」
「師匠の、って……そんな大切な物使ってもいいんですか?」
「鈍みてェに蔵に仕舞われるよりも、使われた方がコイツの為になるだろ。私じゃコイツを扱えねェしな」
使ってやってくれ、と頼まれれば困惑しながらもアキラは刀を受け取ることしかできない。
「私の師匠も木だった。強い人だったよ、すごくな。お前も、いつか師匠までに強くしてやる」
「頑張ります……」
沈丁でトップレベルのミツの師匠なんて、そりゃあもう強い人に違いない。訪れるであろう厳しい特訓にアキラは困ったように顔を顰めて返事をした。ミツの言葉の節にこそりと含まれた、後悔と怨嗟の念に気付かないフリをして。
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