五行は廻る
なんと言うべきか、あまりに印象的な自己紹介が終わった後にキュウは呆れ返ったような欠伸を一つしてからアキラの肩から飛び降り、部屋の隅にある座布団に恭しく腰を下ろした。そこでようやっとキュウに意識を見せたツクヨは、何かに気が付いたように右眉を上げ、アキラに問う。
「アキラくんは妖怪を使役しているのでしたね。化け狐、ですか」
「はい。幼い頃から一緒で」
「へぇ……幼い頃、というと五十年ほどの付き合いでしょうか?」
「えっ」
思ったよりも大きな数字を言われて、アキラの口から思わず素っ頓狂な声が漏れ出る。アキラの反応に、自分が間違ったことを言ったのを気付いたツクヨが、こほんと咳をして取り直す。
「あぁいえ、すみません。陰陽師になってからどうにも年数感覚が狂ってしまいまして」
「陰陽師の人たちって、本当に長い間生きてるんですね……」
「ふふ、私たちからするとそれほど長い感覚ではないんですけれどね」
くすりと笑うツクヨからは、嘘を吐いている様子は見受けられない。陰陽師として完全に才能が開花した者にとって、百年が短いという感覚は常識と化しているのだろう。
「さて、話を戻しますが。妖怪を使役するのが推奨されていないのは知っていますか?」
「……はい」
「咎めようとしているわけではありませんよ。君に問いたいことは一つ、何故推奨されていないのかということです」
アキラは考え込むようにして黙り込んだ。脳裏には、ミツに告げられた言葉がふわりと思い浮かぶ。
『妖怪ってもんはどこまでいっても妖怪なんだ。それ以上でも、それ以下でもねェ』
その言葉の真意がまだアキラには分からない。妖怪そのものの存在が悪なのかどうか、アキラには分からないのだ。人に害を為す存在ではあるけれど、妖怪はそもそも人間から生み出されたものなのだ。それを否応もなしに祓うのは、どうも人間のエゴのように思えて仕方がない。妖怪からしたら、生まれたかと思えば親に殺されるということと同意なのではないか。
難しく考えて、ごちゃごちゃになりそうな思考を何とか振り下ろして、アキラはなんとか答えを捻り出す。
「使役しても、いつ反抗されるか分からないから、ですか?」
「そう。妖怪はどこまで行っても妖怪なんです。彼らと私たちが本当の意味で分かり合えることは、ないでしょう」
聞き覚えのある言葉に思わず目を見開くと、ツクヨは少し照れたように長い髪を耳にかける。
「これは、ミツ様の言葉なんですよ。恐らく、沈丁随一の妖怪嫌いですよ、あの御方は」
「妖怪、嫌い?」
全くそうは見えなかった。その言葉を飲み込んで、ツクヨの言葉をおうむ返しにする。
「そうは見えないでしょう? 私も、初めてその話を聞いた時は驚きました。常より明るく、頼り甲斐のあるミツ様の奥底に憎悪の気持ちがあるとは思えなかったんです。しかし、ミツ様の特性は火。納得できないことではないのですよね」
「……この国って、妖怪を嫌っている人が多いんですか?」
「どうでしょう。人の心というものは奥深くまで見ることはできないので、一概に是とも否とも言えないのですが……確かに言えることは、沈丁にいる陰陽師の過半数は魔力持ちに嘲られていたという事実です」
アキラは思わず息を詰まらせる。アキラにそれほど酷い扱いをされた覚えというものはない。しかし、けれども。魔力なしという存在が元来魔力持ちにとって嘲りの対象であることは嫌という程に知っていた。アキラの周りに魔力なしはいない。故に、魔法界の闇というものに触れることは少なかった。同級生からの僻みも、キュウがいることで精神面は緩和されていたのだ。少しでも気が紛れるように、少しでも僻みが減るように、勉強に明け暮れていたのも功と成していたのかもしれない。
「よく分からないのが一番です」
「ツクヨ先生は、」
「君の特性は木。憎悪や恨みという感情を知ってしまえば、矛盾が生じてしまいますよ」
「矛盾?」
「木は穏やかな者のみに宿る特性。正に、数百年と生まれてこなかった存在なんです。私は、君に恨みの感情を知って欲しくない」
ツクヨは誤魔化すようにくすり、と笑った後にハル様の為でもありますがと付け加える。
「私の特性は土。万物を育成、保護することを得意としているんです」
「土……」
「ハル様は水、ミツ様は火、アキラ君は木。全ての特性が揃うのは、何年振りでしょうか」
「全て、ですか?」
「えぇ。フジ先生は金の特性を持っているんです。ですから、全てですね」
水、金、土、火、木。これら五行の特性は一度の時代に揃い難いのだという。それは、木が数百年、数千年に一人しか生まれない故か、それとも人為的なものか。
「金、ってどんな人に宿りやすいんですか?」
「そうですね、一度全ておさらいしましょうか」
そう言ってツクヨは、部屋の隅から紙を取り寄せて文字を書きつくる。水は冬の象徴とも呼ばれ、冷静さをその身に持つ人間に宿りやすい。金は秋の象徴とも呼ばれ、頑固で堅実な人間に多い。土は季節の変わり目の象徴であり、先ツクヨの告げた通り育成才能に富んだ人間に宿りやすいらしい。火は夏の象徴で、まるで火のような灼熱の性質を持つ者に宿る。最後に、アキラの持つ木は春の象徴とも呼ばれ、穏やかな人間に宿りやすい、らしい。それらの情報を一気に叩き込んだアキラはなるほど、と頷く。確かに今まで会った人たちの特徴と一致するのだ。フジだけがあまり一致しないのだが、例外的に有り得るのです、とはツクヨの言葉だ。
「どうでしょう、少し早めに説明しましたが、分かりましたか?」
「はい、とても分かりやすかったです」
「ふふ、それはそれは。教師冥利に尽きますね」
口元に袖を寄せて笑うツクヨは、ちらりと時計を見遣る。
「少し、長い間話し過ぎましたね。今日はレクリエーションとして、これで終わりにしましょうか」
「終わりですか?」
「えぇ。陰陽寮は少し変わっていまして、陰陽師としての学を得ながら、実戦でも経験を積んでもらっているのです」
「実際に妖怪退治行くんですか?」
「えぇ。付き添いは必要になりますがね」
アキラが実戦に行くのなら、付き添いはミツか、上からの依頼が入っていないハルになるらしい。これもツクヨが大変羨ましがっていた。
「学ぶのは日が昇っている間で、実戦に出るのは日が地へと傾き始める正午後からになります」
アキラも時計を見ると、既に正午を回りかけていた。ツクヨが衣服を整えながら立ち上がると同時に、障子が静かに開く。
「アキラ」
「ハルさん!」
「え、」
障子の開いた先には、早々に上からの依頼を終えていたハルが立っていた。アキラが少しだけ嬉しそうな声を上げると、ツクヨが引き攣った声を出す。
「お前は……ツクヨだったか」
「は、い。お会いでき光栄にございます」
「そう固くなるな。なるほど、お前がアキラの教師になるのだな? お前ならば心配はないな」
「恐悦至極」
綺麗な直角になりそうな程のお辞儀をツクヨは見せる。変わらないその様子にハルはくすりと笑った後に、アキラをちょいと手招いた。
「これからミツの元に向かう。聞いただろうか、これから再び実地に向かってもらうぞ」
「分かりました」
ハルの言葉に頷いて、ちらとツクヨの方を見遣る。お辞儀をしたまま動かなくなってしまったが、大丈夫なのだろうか。
「それではツクヨ、これから頼んだぞ」
最後にツクヨにトドメをさし、ハルはアキラを連れて昨日のようにミツの元へ向かうのであった。
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