瞳に浮かぶ小さな憧れ
「沈丁には人が少なくてね。昔は数年に一人は来ていたのだけれど、今は数百年に一人しか来なくなってしまったんだ」
ハルは上から妖怪の討伐任務が入ったとアキラをフジに任せて去ってしまった。そのために。フジがアキラの教室となる部屋へと案内する。部屋の外に控えていた女性が、自分が案内すると名乗り出たのを
「ハルが連れて来た子なんだから、僕が案内したくてね」
と言ってやんわりと制したのだ。フジがアキラを横に招いたために、アキラはフジの横に立って陰陽寮の中を歩く。部屋が多いが、人の気配は少ない。もしかしたら、一人一人に部屋が与えられているのかもしれないと当たりをつけ、フジの言葉に耳を傾けていた。
「この陰陽寮で学ぶ者も随分と減ってしまって、今学んでいるのは君を含んで十人しかいないんだ」
「そんなに少ないんですね……」
「会う機会ば少ないかもしれないし歳も大分離れているとは思うけれど、仲良くしてあげて欲しいな」
こくり、とアキラは頷いたが心底心配でしかなかった。それもそのはずで、魔法界ではアキラの友達なんてものはおらず、魔法学校で優秀な生徒たちに良いように扱われていたアキラに近寄ろうとする者もいなかった。だからこそ、いくら少し似通ったような環境にいたとしても良い関係を築けるかどうかすら不安なのだ。
「ほら、着いたよ」
フジがとある部屋の障子を指し示す。ここが、これからアキラが陰陽道について学ぶ教室となるらしい。アキラを教室の中に送る前に、フジがアキラを引き留める。何か注意事項でもあるのだろうか、とフジの顔をじぃと見遣ると、同じようにアキラの顔を見ていたフジがふ、と表情を和らげてアキラの頭に手を乗せる。
「君に……いや、君達の道に幸多からんことを」
小さく
「それじゃあよろしくね、ツクヨ」
「はい」
中から聞こえたのは中性的だが、確かに男性の響きが含まれている声だった。フジを見ると頷いていたものだから、アキラは一礼をして部屋の中に入る。顔を上げ、部屋の中を見渡して、ようやっとアキラはツクヨと呼ばれた陰陽師の姿を視認することができた。アキラやハル、フジと同じ濡羽色の髪は細かく編み込まれており、纏められていないためか一見女性のような雰囲気を醸し出している。一等不思議なのは、その瞳であった。まるで、闇夜の空に浮かぶ金色の月のような輝きがその瞳にはしまわれていたのだ。その瞳をじっと身言ってしまうと、机の上に置かれた巻物に何やらを描きつくっていたツクヨが立ち上がり、恭しく頭を下げる。
「ツクヨと申します。これから、貴方に陰陽道の一から百までを全て叩き込むつもりですので、どうぞよろしくお願いしますね」
にっこり、と柔和に見える笑みの裏には明らかな含みが見えた。まるで歓迎しているとは思えないソレに、アキラは思わず顔を引き攣らせながらもツクヨに倣って頭を下げた。
「アキラ、です。こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたアキラを、ツクヨは遠慮もなしに上から下まで舐め回すように見つめる。まるで、品定めしているような雰囲気にアキラは頭を上げても、言葉を紡ぐことはできなかった。
「霊力は極上、妖力侵食耐性も高い、性質は木。なるほど、千年に一人の逸材と言われても納得できるほどの素材ですね。流石ハル様、あの御方の目はやはり一級品……」
「ツクヨ先生、はハルさんと知り合いなんですか?」
「さん? もしや……ハル様をそう呼んでいるんです?」
「ぇ、はい。なにも、言われてないので……」
そう告げると、ツクヨはまるでこの世のものではないモノを見るような目でアキラのことを見る。
「私とハル様が知り合いだなんて烏滸がましい。ハル様はこの国の宝ですよ? そんな御方とお話しできることすら羨ましいのに、まさかハル様に連れられてこの国にやってくるだなんて……」
よく分からないが、どうやらツクヨはハルの所謂ファン、というやつらしい。もしここでアキラがハルと共に住んでいると言ったとしたならば、ツクヨはその場で気絶して、動かなくなってしまうだろう。
「羨ましすぎて、死んでしまいそうです」
ツクヨの勢いに圧倒されて、何も言うことができないアキラは黙ってツクヨのことを見守る。怖い人かもしれない、と思ったが随分と愉快な人のようだ。
「貴方に素質があって、私に無かっただけなので貴方を恨むのはお門違いなのはわかっています。ですから、貴方をこれまでにない陰陽師に育て上げることで、私はハル様に認知されたいのです。ウィンウィンな関係を築いていきましょうね、アキラくん」
「は、はぁ……」
一人で悶々として、一人でスッキリと解決したツクヨにアキラは呆けたような返事しかすることができない。ツクヨは、自分と向かい合わせになるように座布団を設置して、そこにアキラを座らせる。
「さて、気を取り直して質問しましょう。君は、陰陽道についてどれだけのことを知っているのです?」
「五行についてと、式神について少し……あと、妖怪についても」
「妖怪について、とは?」
「昨日、実際に連れて行ってもらったんです。そこで、妖怪討伐を見せて頂いて」
「妖怪討伐、というと昨日ミツ様が一反木綿を討伐したと聞きましたが……まさか」
「あ、それに連れて行ってもらいました」
なんてことないように告げると、ツクヨはぱちくり、と一つ瞬きをしたのちに机に思い切り頭を打ちつける。
「わ、」
「ほんっっとうに頑張りましょうね、アキラ君。私のために、君のために!」
「は、はい。頑張ります……」
どうやら、ハルだけでなくミツのファンでもあるツクヨは、羨ましさと嫉妬を打ち消すために頭をぶつけたようだった。ツクヨはアキラが今まで会ったことのないタイプの人のため、上手くやっていけるか少しだけ不安になったのだが、それよりも面白そうだという感情の方が上回ったのだった。
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