宿るは小さき覚悟

 陰陽寮へ向かう道すがら、ふわりと緩い向かい風にはためく羽織に少しだけ気を取られながら、アキラはハルの後ろを着いて歩いていた。


「昨日から思っていたが」

「はい?」

「何故俺の後ろを歩く?」


 ハルがピタリと足を止めて振り返る。カルガモの子のようにアキラだが、どうやら無意識下の行動だったようで目をぱちくりと瞬かせていた。


「歩くのが速いか?」

「あ、いえ。そういうわけじゃなくて……」


 言い難そうにアキラは視線を彷徨わせ、頬を掻く。アキラより少し高い視線から見下ろしているハルは。表情の薄い顔の上に不思議そうな色を浮かべていた。


「俺みたいなのが、ハルさんみたいな凄い人の隣を歩くの申し訳ないなって思っちゃって」


 表に出ることは少ないが、幼少期より魔力無しであることを嘲られることが多かったアキラは、己に対しての自信というものが低い部分が見えることがある。陰陽師としては羨まれるような素質を持っているアキラだが、それを今までの環境で曇りかけていたことが不憫でしかない。ハルは二、三歩後ろに立つアキラの腕を引っ張って己の横に立たせた。


「ハルさん?」

「お前は俺が選んだ。そのお前が自信がないようでは、俺の判断が間違っていたと言っているようなものだ」


 随分な物言いだが、ハルなりの鼓舞の言葉なのだろうか。アキラにその意図がしっかりと伝わったかは分からないが、アキラがハルの言葉によって多少は変わったのは確かであった。


「まだ初日も初日だが、俺の隣に自信を持って立てるようになることだ」

「……はい」


 こくり、と小さく頷いたアキラは、もうハルの後ろに立って歩くことはなくなった。キュウですら治すことのできなかった自信の無さが、会ったばかりの人間に矯正されていることに不満なのだろう。キュウは、低く唸りながら尻尾を動かしてアキラの頰にばしばしと当てる。沈丁に知られている化け狐は、ヒトの言葉を放つことができないため、キュウはいつも通りアキラに声を掛けることができないのだ。今までアキラを支えてきたのはキュウであったというのに、唐突に現れた己の因縁でもある人間がアキラを支えるような動きをするのが気に入らないのだ。所謂、嫉妬というものなのだろう。


「痛いよ、キュウ」


 アキラがそう訴えても、唸りしか返ってこない。何を言いたいのかは分からずとも、十数年の付き合いなのだ。キュウがアキラに構われたいのだと察したアキラは、肩の上に乗っていたキュウを腕の中に抱いて柔らかな毛を撫ぜる。ハルはその様子を横目で見た後、アキラの歩きに合わせるようにして陰陽寮への道を進んでいった。



 道中、どうしてかチラチラと他の人間の視線がハルとアキラに集まっている。沈丁に初めて来た時も好奇の目を向けられていたが、それとは少し違うように感じるのだ。ちら、とハルの方を見上げてもやはり気にしている様子はない。気にするな、とは言われているがアキラは今までこんなにも注目されることなんてなかったのだ。無関心や嫌悪が殆どで、視線を向けられるのが違和感でしかない。


「俺が沈丁に素質のある人間を連れてきたのは、実に千五百年振りだ」

「あれ、四百年前にも新しい人が来たって言ってませんでしたっけ」

「あぁ、アレを連れて来たのは俺ではない。それなりの力があるやつだったが、慢心が酷くてな。結局、妖怪に霊力を吸われ、未だ目を覚まさない」


 はく、とアキラは小さく息を吐く。四百年前とはいえ、自分より一つ前に来た人間が長い間意識を失っているとなると、恐怖の感情がチラリと覗くのも仕方のないことなのだろう。


「俺が千五百年もの間素質ある者を拾わなかったのは、才能あれども覚悟をその身に宿すことの出来るような者がいなかったからだ」

「覚悟、ですか?」


 嗚呼、と頷いてハルは横で歩くアキラを……否、その腕の中に抱えられているキュウに視線を寄越す。


「対象がどんなモノであろうとも、お前には守るべき存在が居る。守る為の理由がある。千年と少しの間、この沈丁に足を踏み込むのは魔法界の人間に恨みを持った者か、魔法界で与えられる仕事を嫌悪して陰陽師の道を渋々望んだ者ばかりだ」

「守るべき、存在」


 キュウを抱き締める腕に、力がこもる。キュウは何も告げることはなかったが、ゆらりとその尻尾が揺れている。中途半端に目覚めた才能では、己の周囲の人々に危険が迫ると言われてアキラはこの沈丁にやってきた。己を虐げていた魔法界の人間相手に、マイナスなイメージを持っていても恨み辛みというものは持ち合わせていないのだ。それは、アキラのそばにキュウがいたからである。


「俺はお前に期待している。いつか、俺を越すような陰陽師がこの沈丁にて誕生することを、心待ちにしているのだ」

「……はい、頑張ります」


 ずしり、と背中に重くのし掛かる期待だが、どうしてか嫌な感情というものが一切感じられない。すごい人の期待を背に負っているのだと考えると、少し怖いが、それよりも頑張らなければいけないという感情の方が大きくなっているのだ。己を今まで大事に育ててくれた家族、小さな頃から支えてくれたキュウ。そして、暗い世界から拾い上げてくれたハルの期待に応えるために、アキラは数間先にある陰陽寮に向かって、ハルの横に立ち、足を進めるのだった。

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