命は物に宿りし

「ここが俺の家だ」

「でっか……」


 ハルやミツの前では取り繕っていた口調が崩れてしまうのも仕方のないほどに、ハルの屋敷は規格外だった。ミツの住む家もアキラにとっては規格外のものだったのだが、ハルのはそれ以上である。ミツの屋敷は一見質素の中に豪華絢爛ごうかけんらんさが混じっているような屋敷だったが、ハルの屋敷は一人で住むにはあまりにも広すぎる、あちらこちらに金がかかっていることがわかる、所謂貴族の屋敷であると一目でわかるものだった。あまりに大きな屋敷に、アキラが門の前で呆然としているとどこかバツの悪そうにハルが告げる。


「初めは俺もミツと同じような屋敷を望んでいた。だが、それでは下に示しが付かないと建てさせられてな」

「……もしかして、沈丁にも政府みたいな機関があるんですか?」


 俺の金なのだから、好きに使わせて欲しいものだと珍しくぼやきの色を見せるハルに問う。恐らく、ハルがアキラの陰陽寮への入学書を手に入れたのもその機関からなのだろう。


「嗚呼。随分と頭の堅い連中だがな。当初は俺もお前をミツに預ける気だったが、上が例外を頑なに認めず、入学書を押し付けられたのだ」

「沈丁に来た人は、みんな陰陽寮に入るんですか?」

「数千年前からできたものだが、ずっとしきたりが続いている。……まぁ、最近はあまりに進化しない方針に飽き飽きして、十年ほどで出ていってしまう者の方が多い」

「十年……」


 十年も学校に通うなんて、とげんなりとした顔を見せるアキラに、ハルは薄く笑う。アキラにとって学校とは、最大でも六年間しか通わないものだ。それを、急に十年以上通う可能性がある、と言われてしまえば学校であまり良い経験をしたことのないアキラが、驚き以前に嫌な感情が上回るのも仕方のないことだろう。


「陰陽道というのは元の素質がものを言う。そこは、魔法と同じだな。魔法と違うのは、式神に力さえ込めてあれば、少ない霊力でも満足に扱える、といったところだが、式神を失った瞬間に隙だらけになってしまう」

「式神に頼らないで自分を守るほどの能力がないと実地に出るのは危ない、ってことですか?」

「正に。ミツがお前を今回外に出したのも、自分の力を信用しているのもあるが、お前に自分を守るだけの霊力があると判断したからだろう、九尾もいることだしな」


 説明と質問を繰り返しながらも、ハルはずんずんと自身の屋敷の中を進んでいく。あまり物が置かれていない内装をきょろきょろとアキラが見渡していると、だだっ広い木の床でできた客間のような場所に通された。ハルが羽織を脱いで、片付けに行く。外に通じている障子は開かれており、そこからまた広い庭がアキラの目に飛び込んでくる。庭の手入れをしていないのか、酷く乱雑に伸びた草と、大きく育った桜の樹が咲き誇っており、矛盾の権化のような光景に思わず目が奪われてしまった。


「霊力の保有差故に、陰陽寮に変わる年数も変わってくる。短い者は三年、長いと……そうだな、二百年程か」

「二百……」

「マ、陰陽師にとって二百年なんざ、人間の十八年程の感覚だ。寧ろ、三年で陰陽寮を出る方がおかしいと言われている」


 まだアキラの理解できる領域にある話ではないが、どうやら陰陽師の大抵は時間感覚がズレているらしい。霊力の扱い方にも芽生え、式神を利用し、キュウの妖力を浴びたアキラも同じように体質が変化しているようだが、当のアキラには一切の自覚がない。


「三年で出た人がいるんですか?」

「俺だな」

「……なるほど」

「しかし、三年と言わずとも。それなりの才能素質があれば、十年ほどで出てこられる筈なのだが」

「ハルさんが規格外なだけじゃないですか、それ……」


 無自覚的な天才というのは、兼ねてより人の嫉妬心を煽るというものだ。それでいてハルが恨み辛みを背負っていないのは、本人のきっぱりと物を言う性格のせいか、はたまた本当にそこいらの陰陽師では敵わない能力を有しているからだろうか。アキラの言葉に、ハルが首を傾げる。落ち着かないまま、アキラは畳の上にぺたりと座る。何をすれば良いのか、とキョロキョロしていると客間の扉がガラリと開いて、見たことのない女性が中に入ってきた。


「ハル様、お茶にございます」

「あぁ」


 ハルとアキラ以外に人の気配だなんて全くしなかった筈だ。それなのに、突然現れた人の形をした存在にアキラは肩を跳ねさせてまで驚きを表現する。ハルは、なんともないように桜色の着物を身に纏った女性からお茶を受け取る。女性は、ハルがお茶を二つ受け取ったのを確認して、足音を立てずに再び屋敷の奥へと戻って行った。


「い、まのは……?」


 妖怪かとも一瞬思ったが、一反木綿や座敷童子のようなどこかおどろおどろしい雰囲気は一切感じられない。むしろ、夏にふと感じる川のせせらぎのような静けささえ感じられた。


「式神だが」

「……式神、って紙なんじゃ」

「そうだな、彼奴も昔は紙だった」


 目をぱちぱちと瞬かせて、いかにも訳がわかりません、という反応を見せるアキラに説明するために、ハルはスーツと呼ばれるきっちりとした服からアキラの見たことのある式神を取り出して、それにふぅ、と息を吹きかける。すると、たちどころに式神に命が吹き込まれてまるで龍のように高い天井に向かって上へ、上へと昇っていく。それに見惚れていると、ハルが口を開いた。


「物を大切にしていれば、やがて命が芽生える。百年、百年物を己の物として大切にすれば、九十九神という存在が物に宿る」

「つくもがみ?」

「九十九に、神と書いて九十九神だ。先のは俺が最初に作った式神、討伐に使える程の精度ではなくてな。日常生活に使っていたら、いつの間にかヒトの形を取っていた」

「そんなことがあるんですね……」


 アキラは人の形を取った式神の去っていった方を見つめる。本当に人のようだったが、人ではないというのだ。


「沈丁ではよくあることだ。此処はこの世のどこよりも霊力に満ち満ちている上に、陰陽師というのは人のようで、人ではない。神というのもきやすいのだろう」

「人のようで、人ではない……」


 まるで、アキラが先程の式神に抱いた感情のようなものだ。確かに、見目が変わらず数千の時を生きる存在は、純粋な人とは言えないのだろう。勇者でさえ寿命を迎えれば死んでしまうし、大賢者も二百を過ぎる前に大体がその命を枯らしてしまう。だからこそ、陰陽師とはこの世から隔離されている異質な存在なのだ。まるで、妖怪のように。


「実地に向かったのもあって、疲れただろう。お前の部屋に案内する」

「えっ、俺の部屋があるんですか?」

「生憎、いくつも部屋を持て余していてな」


 そう言ってハルに案内されたのは、魔法界にあるアキラの部屋の数倍も広い部屋だった。奥の方にぽつりと敷き布団と、脚の低い勉強机が置かれている。二つ用意されてある座布団のうちの一つに、真っ先にキュウは走っていって身を休めるように丸くなった。


「今日は遅い。明日の朝は居間で食事を摂ることにするが、夕飯は桜……先の式神に届けさせる。お前にとって馴染みのない食事だろうが、此処で過ごしていく内に好き嫌いをみつけると良い」

「はい、部屋と食事までありがとうございます」

「当然のことだ」


 さらりと言い退けて、ハルは引き戸の扉を閉めて遠ざかって行く。自分の部屋を得て安堵したのか、一気に疲れが襲ってきてアキラは一つ、欠伸をした。


「なんだ、眠いのか」

「ううん、疲れただけ……キュウ、此処に来てからあんま喋らないな」

「好き好んで彼奴と話す理由が無い故な」

「はは、苦手なんだ。ハルさんのこと」

「当たり前であろ、吾は昔彼奴に封印されたのだぞ」

「そうだった。また、その話も聞かせてね」

「気は乗らぬが……アキラの頼みだ。またな」


 ゆるりと機嫌の良さそうに揺れるキュウの尻尾が、アキラの頰に当たる。桜という式神が夕飯を運んでくるのを、アキラはキュウの毛並みを整えて待つのだった。

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